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5. 彼女が遠くに引っ越した理由。


 結局、一晩中、眠れなかった僕は、意を決して、ゼミ旅行に出かけることにした。

 ほんとは、行かんといてや、そう言って、彼女が引っ越し作業をしているところに、飛び込んでいきたいところやけど。そんなことをすると、きっと困った彼女に、その場で、ジ・エンドを申し渡されそうな気がして。

 

 ゼミ旅行の行き先は金沢で、『いつか、一緒に行きたいね』と彼女とも話していた金沢21世紀美術館にも立ち寄った。2人で行くはずだった場所に、1人で(同じゼミの子たちや先生たちはいるけど)来てしまった。そのことが、なんだか予兆のようにも思えて、またまた僕は、しょんぼりする。


 1泊2日の旅を終えて、夕方やっと自分のマンションに戻ってきた僕は、ぐったりと疲れていた。旅の間、僕は、結構がんばって、元気なふりをしていたからだ。きっと、周りの人は、僕が、いつになくゴキゲンではしゃいでいると思ったかもしれない。

 

 やっと1人になった僕は、盛大にため息をついて部屋の鍵を取り出しながら、考える。

 (ああ。彼女は、きっと今頃、新居で、楽しく過ごしているんやろうな。新しい生活にワクワクして、)

 「おかえり~」 彼女の声がした。

 「晩ごはんできてるよ~」 彼女の声がした。

 僕は、自分の部屋のドアを開けようとする手を止めて、振り向いた。隣の部屋のドアから顔を出している彼女がいた。

 「なんで?」

 「引っ越すって言うたやん」

 「遠くに引っ越すって」

 「うん。“自分の住んでたマンションからは遠く”に、引っ越すって。」

 「遠くに、ってそういうこと?」

 「そう。あなたには近く。……これで、いつでもゆっくり会えるね。今まで遠くて不便だったから」

 僕は、思わず、カバンを廊下に放りだして、彼女を抱きしめる。

 「え? え? どうしたん? 泣いてるん?」

 彼女がびっくりしている。……かまわへん。 今、僕は、めちゃくちゃ、幸せなんやから。

 きっと世界中の誰よりも。決勝戦で、1対1の同点で、9回裏ツーアウト、ランナーなしで、サヨナラホームラン打った選手よりも、たぶんもっと幸せだ。……野球はあんまり知らんけど。

  


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