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18. 私じゃない。


「これは、私じゃない」

 一目見るなり、彼女は言った。

 平穏な僕の毎日に、いつも緊張感をもたらすのは、彼女だ。

 今日も、彼女の一言で、僕は、問題解決に動き出す。




「私も作るわ」

 彼女が、決意したように言った。

「まさか、あなたまで持ってるなんて、思わなかった……」

 彼女は、ちょっとショックのようだ。


 マイナンバーカードの申請用の書類の入った封筒を前に、彼女が言った。

「あなたまで、いつのまに……」

 彼女は、恨めしそうに僕を見る。

「いや、この前、ちょっとついでがあったから……」

 なんかごめん。っていう気持ちになる。


「しょうがないな……。でも、証明写真撮るの、いややな」

 彼女がつぶやく。

「私、証明写真とかって、まともに写ったためしがないねん。原付の免許取ったときも、自動車の免許取ったときも、そう。さかのぼって受験票の写真も、卒業アルバムの写真も、学生証の写真も」

 彼女がつぶやく。


 僕も心から同意する。さっき彼女に見せた、僕のカードには、どことなく怪しく恨めしい目つきをした顔色の悪い男が写っていたからだ。その写真を見ながら、彼女が悲しそうに言う。

「あなたでさえ、証明写真ではこのクオリティ。となると、私も到底まともに写れる自信がないわ」

「う~ん。写真って改まって撮ると、なんか上手くいかへんよね。何の気なしに写ってる、スナップの方がマシかもしれへんね」

 そう言いながらも、彼女をちょっと励ましてみる。

「大丈夫やって。いつ撮ってもどうやって撮っても……絶対可愛いもんは可愛いって」

「そんなテキトーなこと言うて……」

 彼女はちょっと疑いの眼差しをしながらも、少し勇気が湧いたようだ。


「これ、スマホで申請できるんよね?」

「うん」

「じゃあ、あなたが写真撮ってくれる? 何気なくスナップ写真撮ってるくらいに自然な表情になるように」

「……やってみる」


 僕は、彼女からスマホを受け取り、試しに1枚撮る。

 部屋の中の明るさが、イマイチのせいか、写りも……イマイチだ。

「どう?」

 彼女がのぞきこんでくる。

「え。あ。うん。こんな感じ」

 恐る恐る、スマホを差し出す。


「これは、私じゃない」

 一目見るなり、彼女は言った。

「う、うん。そやな。……じゃあ、もう1回」

 僕は、2枚目を撮ろうとして、手を止める。

「ちょっと待って。部屋の電気、もうちょっと明るくできる? あ、ムリ? じゃ、ここらへんのちょっとでも明るいとこで」

 2人で、電灯の下に移動する。

「じゃ、いくで。笑って」

「笑ってええの? 証明写真ってどんな顔したらええのかわからへん」

「歯を見せない程度ならいいんちゃう?」

「……そっか。わかった。証明写真って、いつもなんか微妙な顔してるのは、笑ってええやら悪いやら、って迷うからやわ」

「そやな。確かに」

「決めた。私、笑うわ。思い切って、笑って写ってみる」

 彼女は、手鏡で笑い方をあれこれ試し始めた。僕は、ちょっと不安になる。

(ごめん。あと、カメラマンの腕も必要かも……)


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