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01.イカサマ兎

 ねぇサンタさん来ないかしら? それで今の状況を持って行ってもらいましょうよ。毎年毎年もらってばっかりじゃ悪いから、子供からのプレゼントよ。失礼ね、私はまだ十六歳だから子供だわ。

 はあ? 今は四月だからサンタは八ヶ月後? むしろ七夕の方が近いから織姫と彦星に頼め、ですって? あんな川ごときに恋阻まれてるバカップルに何ができるって言うの。サンタはあんだけ図体でかいんだからなんとかしてくれるわよ。メタボ寸前のおじさんは体力はないけど力は強いの、ねぇそうでしょう?


「お前な、いい加減現実見ろよ」

「絶対嫌!」


 叫んで耳を塞ぐと、幼馴染(と書いて腐れ縁と読む)が軽くため息をついているのが見える。この部屋の主である私は床に座っているのに、そいつがベッドを堂々と陣取っているのはいつもの光景。ていうか諦めた。

 いくつものピアス。脱色してある蜂蜜色の髪。少しつり上がった目。人を小馬鹿にしてるみたいな表情。世間に喧嘩売ってるような見た目のそいつは、でも学級委員長をするくらい頭がよかった。そんなの絶対おかしい、って何度友達と言っていたかわからないけど、事実なのがむかつく。

 しかも女の子に人気があるってどういうこと? あんなに性格最悪だっていうのに「霧生(きりゅう)くんと幼馴染なんていいなあ」なんて羨まれた、もとい恨まれたとか意味分からない。


 霧生灯夜(とうや)、通称(きり)。幼稚園のときに(りゅう)君って子がいて、それと霧生を間違えやすかったからって付けられたあだ名だった。


「アオ、ずっとそうやってんなら俺帰るぞ」

「今一人にするっていうの!? あんたの血何色よ」

「赤。レッド。ロッソ。ルージュ」

「いや日本語だけで分かるから」


 もはや条件反射だけで会話していると、霧は呆れたみたいにもう一回ため息をついて、上げかけた腰をベッドへ戻す。もう当然のごとく座ってるけどそこは一応(おんなのこ)のベッドだからね?


「それで? イカサマ兎に選ばれたって?」

「そうなのよ、ちょっとふざけないでって思うでしょっ?」

「いや全然。だって俺イカサマ兎って何か知らねぇし」

「あ」


 そうだった。入学式前で新入生にすらなってない私がイカサマ兎のことを知ってるのは、一重にイカサマ兎に選ばれたからだったんだわ。それじゃあ、霧が知るわけないじゃない。

 仕方ない、面倒だけど一から説明してあげよう。


「なんで上から目線なんだよ。俺に泣きついてきたくせに」

「黙りなさい馬鹿」


*


 学園都市、通称≪スターチス≫に住んでいるのは学生だけだ。それはもう徹底したもので、学園に入るときに家を借り、学園を卒業すると出て行く。

 教師さえ存在しないそこでは、あらかじめコンピューターに設定されたカリキュラムに従い合成音が授業をしている。質問がある場合、コンピューターで指定のメールアドレスへ問題をメールで送ると丁寧な解説が返ってくるという仕組みだ。

 そしてその学園都市には十三の中高大の学園があった。幼稚園児や小学生に一人暮らしは難しいため、この学園都市には幼稚園や小学校は存在しない。


 そこは大人がいない学生の天国であると同時に、全ては機械で管理され、教師や店の店員さえいない機械都市という側面も持ち合わせる。

 無法地帯でもある≪スターチス≫の行政機関は各学園の生徒会であり、一ヶ月に一度各学園の生徒会役員からさらに選ばれた者達が構成する≪裏生徒会≫が会議を行い、その一ヶ月に起こったことで必要があれば会議を行う。裏生徒会は≪スターチス≫内でのみ絶対的な権力を持ち、役員に逆らうことは許されない。それは、極端に言ってしまえば≪裏生徒会≫が≪スターチス≫で起きた犯罪を≪無かった≫と言えばそれは≪無かった≫ことになるということ。

 今年そんな≪裏生徒会≫の最高権力者、つまり生徒会長を務めるのは東雲学園生徒会長、宮城(みやぎ)伊織(いおり)



「あなたが奈雲(なぐも)蒼李(あおい)ちゃんかな?」


 甘い甘いチョコレートみたいなミルキーブラウンの髪を揺らし、冗談みたいに整った顔に笑みをのぞかせながら彼女は開口一番にそう言った。楽しそうな光を宿した闇色の目も、陶器みたいに肌理細やかな白い肌も浮世離れした人形みたいなのに、その紅くて小さな唇から零れた言葉は紛れも無く私の名前。

 浮世離れした雰囲気の人形みたいな少女から自分の名前が出る。それほど滑稽なことなんて、この飽き飽きするくらい詰まらない人生じゃそうそう無いだろう。

 だから、私がぽかーんって口を開け放しちゃったのだって何にも不思議なことじゃない。

 それなのに。


「……あ、あはは……っ! 何その変な顔っ!」


 最悪だ。

 それが私の彼女へ明確に抱いた最初の感情。この人、顔はいいのに性格最悪だ絶対。ていうかそんだけ馬鹿笑いしてるのに可愛いって、神さまはなんて不公平なのかしら。神さまなんて信じてなけど。


「うるさいっ! 貴女誰よ! 初対面の癖になに笑って、」

「あ、そうだった」


 彼女は私の言葉の途中だって言うのに、笑みをさっと頬の下に引っ込めて真面目な表情になった。


「蒼李ちゃん、あなたへ吉報だよ。あなたは東雲学園高等科一年生の《イカサマ兎》に決定したの」


 はあ? 美人には魔が宿るって言うけれど、貴女には頭のおかしい魔がついたわけかしらね。言ってることの意味がまったく持って分からない。


「そうだろうね、分からないだろうね。ねぇ、あなたは今度から≪スターチス≫に住んで東雲学園に通うでしょ? ≪スターチス≫についてどれくらいのことを知ってるの?」


 そんな質問への答えが、前述の通り。


「随分詳しい、ねー?」

「姉さんが一昨年までそこにいたの。今年の最高権力者は友達が調べてただけ。それでそれに何の関係が? ただの不審者なら帰るけど」


 不信感を前面に押し出してみたのに彼女は堪えた様子を見せないどころか、むしろ楽しげな表情だった。人を困らせて楽しむなんて、ドSか何かですか貴女。


「んん、ドSは紗月(さつき)だよ」

「誰それ」

「幼馴染」

「知るわけ無いでしょ、それ!」


 そうだね失礼、だってあなたが酷いことを言うから。そう言いながら彼女は笑った。



「ていうか、そんなのどうでも良いの。貴女誰? イカサマ兎って何?」

「あれ、わたし名前も言ってなかった? ごめんね、わたしは宮城伊織っていうの」


 ――耳を疑った。今の言葉はありえない、と脳が受け取り拒否をしたけどそれは残念なことに押し切られてしまったみたいだ。脳へ無理に情報が送られて、それを私は悲しくも理解してしまう。


 嘘だとは感じなかった。それに理由を求められたって分かりっこないけど、そんなの直感かなんかだ。もちろん今大切なのはそんなことじゃなくて、目の前の人形じみた彼女が私がこれから少なくとも高校生活中の三年間はお世話になる≪スターチス≫で最も権力を持ってる、っていう事実が、大切。

 ありえないありえないありえない。今私の脳裏に駆け巡る言葉は全てそれ。だって、最高責任者なんて遠くて遠くて想像さえ出来ない人のはずなのに、なんで入学式さえまだの私のところに来てるの?


 彼女はその幼い顔を笑みの形に歪めて、だから、あなたがイカサマ兎に選ばれたからだよ、と答える。その笑みはどうしようもなく綺麗で、歪だった。


「イカサマ兎ってなんなのよっ」

「それは入学式の日のお楽しみ。でも気をつけて、イカサマ兎ってことは誰にも言ったらだめだよ」


 そんな言葉を残して、彼女はじゃあね、と去っていく。引き止める間もなく、引き止めることを許さず。


*


「と、いうことよ」

「……つまり、お前もイカサマ兎って何か知らねえんじゃねぇか!」

「だって宮城先輩が教えてくれなかったんだもの!」


 逆切れする霧に怒鳴り返すと、霧は重いため息をつく。ため息つきたいのはこっちよ、ばか霧。

 あの後結局そのまま家に帰ってきて、同じく東雲学園に入学することになってる霧を呼び出して今に至る。あと二人同じ学校へ行く奴の当てがあるけど、絶対に茶化されるから呼ばないことにした。


「でさ、お前は俺に何して欲しいわけ?」

「別に? ただ誰かに話を聞いてもらいたかっただけ」


 がくり、と肩を落とす霧。他に何があるっていうのよ。


「……ああそう、じゃあもう満足しただろ。俺帰る。まだ準備終わってねぇんだよ」

「は? 入学式明日よ? とろいわねあんた」

「るっせ。じゃあまた明日。遅れるなよ遅刻魔」

「分かってるわよ!」



 にやり、と最後に嫌味っぽい笑みを見せて霧は出て行った。――さて、明日の用意をしないと。

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