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スマホになりたかったかまぼこ板

作者: 北緒りお

 まっすぐスマホを見つめると、率直な疑問としてかまぼこ板は問いかけた。

 どうやったらそんなふうに光ったり振るえたりできるんだい? 君みたいな、ずっしりとした肉体やテラテラした表面のなめらかさはどうにか手に入れられたけど、そんなふうに光ったり振るえたりというのはどうやっているのか皆目見当がつかないんだ。

 訊かれたスマホは、その質問に答えようとするが、正直なところわからないとしか返事のしようがなかった。

 深夜、明かりがほとんどないキッチンの片隅で、スマホとかまぼこ板は偶然の再会を果たした。しかし、旧交を温めるというよりは、どうやって肉体改造をしたら良いのかという質問に対して、一方的に訊かれ、そして、返事に困りながらもようやく返答するのを繰り返していた。

 スマホは少し困ったように言う、うっすら光るのだって時々震えるのだって、自分でやろうとしてやってるのではないし、自分でもどうやったらできるのかわからないんだ。

 かまぼこ板は一緒に考えるようにして投げかける、だって君の体はしょっちゅう光ったり振るえたりと忙しいじゃないか、それが自分のでやっているのでなければ誰がそんなことを仕組んでいるって言うんだい?

 かまぼこ板の言うことを聞いていながらも、スマホはうっすらと画面が明るくなり、何かの通知が届いたとだれもいない台所で一人振るえた。

 ほら、そうやって君は光るんだ、かまぼこ板は何かが立証されたような言いぐさでスマホの方をみた。

 うっすらと明るくなっている画面に照らされか、まぼこ板の姿が淡く見えた。

 元が白木の板と思えないほど、黒くそしてつるつるに磨き上げられた板面は、言われない限りはかまぼこ板だとは誰にも思われないだろう。

 かまぼこ板はその肉体改造を厳しい修行のたまものと言う。しかし、スマホにはなぜ自分のようになりたがっているのかがわからなかった。

 かまぼこ板は食い下がる。なにもなくても振るえるなんてことはあるかい? 虫だって鳴こうと思って鳴いてるし、カビだって居心地がよいところに行くために風に乗って運ばれたりするのに、君みたいな最新鋭のかたまりが、理由はわからないけど振るえるなんてことはないだろう?

 言われて困ったのはスマホだ。自分でもどうしてかわからないものを説明することはできない。反論されたところでどうとも返事ができない。困り半分で口を開くと、それでもわからないものはわからないんだ、君の求めてる答えは出せそうにないよ。とつぶやいた。

 それを聞いて、ねたむわけでも問いつめるわけでもなく、ただ心の声としてかまぼこ板は言う。どんなにがんばってもそんな風になれないものいれば、自分でもわからないけど自然とできているというのは釈然としないよ。

 さらに困ってしまった。スマホだって釈然としていない。不満への不満として応える。振るえるのだって光るのだってすごく疲れるんだ。

 そういいながらも、スマホはうっすらと画面が光り、バイブレーションの音がする。

 疲れるってどういうことだい? かまぼこ板にはわからない感覚であった。かまぼこ板に課せられたそもそもの役割がかまぼこを支える為の土台だ。必要相応に頑丈にできているのが前提である。そして、その屈強な肉体をさらに鍛えているのだから疲れなんて言葉とは縁遠い。未知な感覚を持ち出されても疑問が増える一方だった。

 薄くあかりのついている画面にはオレンジ色になった電池のマークがあり、その残量はほぼゼロになっているがかまぼこ板にはそんなことはわかるはずもなかった。

 かまぼこ板はせっかくスマホと話すことができたこの機を逃すものかと質問を重ねる。疲れるとどうなるって言うんだい?

 口が重くなったかのように、言葉を少しずつ刻んでスマホは返事をする。疲れるというのは、だんだんと、動けなくなるってことだよ。

 その言い方を聞いたかまぼこ板はスマホが疲れているのかと思ったが、わからないが故の悲しさで、トーンを変えることもなく言葉を返した。動けなくなって、光らなくなったら僕と一緒じゃないか。

 それもそうだねとスマホが返事をすると、かまぼこ板は新たな疑問が浮かび質問を重ねる。光ったり振るえたりで疲れるたって、君は一日中やってるじゃないか、どうやって元に戻るんだい?

 ああ、それね。と、返事をするとスマホに通知が届き画面がうっすらと光る。充電っていうのができるんだけど、それをすると元に戻れるんだ。

 充電ってなんだい? かまぼこ板はまた新しい言葉に出会い、質問を重ねる。

 しかし、スマホにはそれに応えられるだけの力はなかった。うっすらと光っている画面の中には、電池がカラになっているイラストが表示され、スマホが意図しようとしまいと、強制的に電源が切られる準備が進められていた。返事をしようかと迷ったが、なにも言わないのもよくないと思い、一言だけでも発しようとした。けどね、と言い掛けたところで、画面が光り、ひと震えすると動かなくなってしまった。

 かまぼこ板はその一連の終わり方を見ると、なにやら言いようのない恐怖を覚えた。かまぼこ板にとっては時間に区切りはなく、疲れで動けなくなり、そのまま固まってしまうと言うことはなかった。さっきもいまもこれからも続いて行くもので、どこかでとぎれるということはなかった。

 スマホに声をかけてみる。

 おい。

 君。

 これが疲れるってことなのかい?

 もちろん、返事はない。

 深夜の台所で、動かなくなったスマホの隣で、かまぼこ板ただ一人になった。

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