9# 泣いている時くらい胸を貸してもらっていい?
「ごめん、姉貴の寝間着を濡らしてしまって」
さっきまであたしの胸で泣いていたトモちゃんはしばらく経ったらようやく落ち着いてきた。そして顔はあたしの胸から離れたら、その時自分の涙で濡らされたあたしの服を見てすぐ謝った。
「別にいいよ」
「でも……」
そんなに気になるのか。ちょっと濡れたくらいで。
「見えてるぞ」
そう言ってトモちゃんは顔が赤くなってそっぽを向いた。
「ふん? 何のこと?」
「わからないのならそれでいい」
「何? まさか……」
今濡れているのは胸の部分だから。よく見たら少し透けている。
「あっ!」
あたしは反射的に両腕でその部分を庇った。
「まったく、お前って本当に無防備すぎるよ」
まだ顔が赤くなっていながらも、トモちゃんは呆れそうな顔であたしに忠告した。
「だって、トモちゃんはさっきいきなり泣いたから」
濡れたのはトモちゃんの涙なんだからね。
「悪かったよ」
「まあいいか。今は女の子同士だから」
「でもね、一応オレは元男だから、お前もっと警戒した方がいいよ」
「は? まさかトモちゃん……興奮したの?」
「そ、それは……」
トモちゃんはあたしの質問に答えずに、またそっぽを向いた。
「そうか。元男の子だもんね」
「……」
「で、でもね、トモちゃんなら別にあたしは構わないよ」
そうだよ。姉妹だし。それにトモちゃんは元お兄ちゃんだけど、今はもう女の子だから、問題ないはずだよ……。
「もしトモちゃんが望むのなら、あたし今すぐ脱いで見せてあげても……」
「巫山戯るな! 馬鹿かお前!」
「ご、ごめん」
今は冗談のつもりだけど、怒らせちゃった?
「自分のことを大切にしてよ」
「そ、そうよね」
「お前はもう中学生だぞ。もう子供じゃない。自覚あるのか? こんな冗談を男に言うのはどれくらい危険かわかっておかないと駄目だ」
「いや、今もう男じゃないでしょう」
そんな姿でそんなこと言っても説得力ないよ。
「うるさい! こんな姿になっても心は男だよ」
え? そうなの?
「今のお前を見てやっぱり心配だ」
「お兄ちゃん……」
結局トモちゃんはお兄ちゃんとしてあたしを説教することになった。
「あたしって、心配ばかりかけたよね」
やっぱりあたしは今でもお兄ちゃんがいないと駄目かもね。自分が姉であるつもりだけど、これは傲慢だよね。
「でも、とにかくありがとう。柚璃……いや、姉貴、オレ……わたしが泣いてる時いつも慰めてくれて」
「トモちゃん……」
「さっきも抱き締めてくれて……気持ちいいよ」
トモちゃんはちょっと恥ずかしがりながらそう言った。よかった。あたしはちゃんといい姉をやっているのね。『泣いている妹を慰めて安心させる』ということも妹ができたらやりたいことの一つ。
「よかった。やっぱり抱いてもらって嬉しいよね」
「まあ……ちょっと物足りないけど」
「……なんか失礼なこと言ってる!」
さっきまで感動していたのに、なんか台無し。あ、でもこれはきっとただの照れ隠しだよね。
「少なくとも、トモちゃんより……あるからね」
「子供の体と比較して意味あるのか?」
「うっ……」
そう言われると、返す言葉がない。むしろ自分で言ってなんか虚しいと感じる。
「で、でも、しょうがないよ。まだ中1だから。高校生になったらきっともっともっと!」
「お、大きくなってどうするのよ?」
「その時もっと気持ちよく抱き締めてあげる」
また物足りないとか言われたら困るのよ。
「そんなの、要らないよ!」
「トモちゃんだって、数年後きっと大きくなる」
「そんなの要らないよ。むしろ困る」
「そうか。トモちゃんが……お兄ちゃんがロリコンだもんね」
「だーかーらー、違うって! と、とにかく、今日学校に行くんじゃなかったの? 早く支度しないと遅刻してしまうぞ」
「そうね。……ではまずシャワーね」
そう言いながらあたしは自分の寝間着の濡れた胸の部分を手で擦ったり、つまんで引っ張ったりした。
「うん……」
そんなあたしの行動を見てトモちゃんはまた黙ってそっぽを向いた。
「まだ変なこと考えているの? もうトモちゃんが女の子なのに」
さっき物足りないとか言ったくせに、実はやっぱり……。
「うるさい! 心がまだ男だってば! 馬鹿姉貴! さっさと出ていけ!」
トモちゃんやっぱりまだ自分が男だと思っているの? そんな乱暴な言葉は全然今の姿には似合わないよ。
とりあえずなんかトモちゃんからいっぱいエネルギーをもらって今充電完了だ。きっと今日あたしは元気が出て学校で上手くやっていける。
こうやってあたしたちの新しい朝が始まる。