8＃ 妹はお兄ちゃんに戻っちゃっていい？
「柚璃……」
「あれ？」
目覚めたら寝ているあたしの頭を誰かが撫で撫でしている。
「燈樹お兄ちゃん……」
お兄ちゃんだ。いつもの燈樹お兄ちゃんの姿。なんで？
そうか、お兄ちゃんが妹になったってのはただの突拍子もない夢ね。やっぱりお兄ちゃんはいつものお兄ちゃんだ。
「柚璃、なんで泣いてるの？」
あれ……、あたし今泣いているのか？ いつの間にか？
「あたし、もうお兄ちゃんに会えないかと思ったら……」
「柚璃、安心して。オレはどこにも行かないよ。ずっとお前のそばにいる。これからもね」
「お兄ちゃん！」
あたしは嬉しくてお兄ちゃんに抱きついた。やっぱり暖かい。柔らかい。気持ちいい〜〜。
「って、痛っ、痛い！」
いきなり誰かがあたしの頬を摘んでいるような感覚が……。
「放せ！ 馬鹿姉貴！」
「トモちゃん……？」
さっきお兄ちゃんに戻ったのでは？ なんで気がついたらまたトモちゃんの姿に……？
そして今よく見たらどうやらあたしは今トモちゃんの体を強く抱き締めているようだ。
あ、そうか。そういうことか。つまりさっきのお兄ちゃんの姿はただの夢だったね。やっぱり現実ではお兄ちゃんはもうトモちゃんになっている。
でも結局夢の中と同じように本当にあたしはお兄ちゃんと抱き合っていたね。姿は違うけど。
「ね、もう目覚めたのならさっさと放してくれない？ 苦しいよ」
「あ、ごめん……」
さっきまでずっと抱いたままだった。まだ抱き続けたいけど、今もう解放しないと怒られそう。
「まったく、またこっそり添い寝しに来たの？ もう子供じゃないんだからね」
「そうね。でも今トモちゃんの方が子供だし……」
「また子供扱いか。中身は大人だから余計なお世話だよ」
「いいじゃん。トモちゃんはあたしが一緒じゃ嫌なの？」
「そうじゃないけど、今のお前……、姉貴は体が大きくて、いつものように抱かれると苦しい」
「ごめん。ついいつものように」
今トモちゃんの方がちっちゃいからあたしは昔みたいに全力で体に寄り添うわけにはいかないよね。
「それより、姉貴泣いてたの？」
「は？」
あたしの目は濡れている。これは涙なの？ 欠伸の所為じゃないみたい。さっきの夢であたしは本当に泣いていたのか？
「さっき夢を見たからかな」
「夢？ それって悪夢？」
「えーと、そうじゃないよ。いい夢だよ。また燈樹お兄ちゃんと会える夢」
「そうか……」
「そしてお兄ちゃんは『ずっとお前のそばにいる』って」
例えただの夢だけでも、そんな言葉を聞いてあたしがとても嬉しかった。
「そうか。うん、その通りだ。こんな姿になってもオレはお前のそばにいるよ……」
やっぱり現実でもお兄ちゃんはそんな台詞を言ってくれたね。
「お兄ちゃん……」
「柚璃……」
「って、また『オレ』とか『お前』とか言っちゃったよね！ もう……」
「痛いっ！」
今回あたしは燈樹お兄ちゃん……じゃなく、トモちゃんの頬を摘んだ。
「だってお前は『お兄ちゃん』って言った。だからこっちも勢いで」
「あ、そうね」
こういう時くらい喋り方だけでもお兄ちゃんに戻ってもいいかも。
「ごめんね。お兄ちゃん、なんかあたし調子に乗りすぎちゃったよね」
「自覚あるんだな。馬鹿妹」
「うっ……」
お兄ちゃん、相変わらず言葉使いは容赦ないね。
「あはは、だってあたしはずっと前から妹が欲しかったんだもん。お兄ちゃんにも言ったことがあるでしょう？ 結局まさかお兄ちゃんは妹になってくれるとは。まだ信じられないよね。なんかあたし、とても嬉しかったよ」
「柚璃……」
「やっぱり、お兄ちゃんはもういないという事実は辛いよ。でもその代わりに妹……トモちゃんがいるから、それでいいの」
「兄より、妹の方がいいの？」
燈樹お兄ちゃんはちょっと拗ねた顔をしながらこんな質問をした。これって自分で自分のことを嫉妬している？
「いや、違うよ。どっちもあたしにとって大切だよ」
「そうか……」
「例え兄でも妹でも、あたしのそばにいてくれるだけでとても嬉しい。だからあたしを置いてどこかへ行かないでね」
「うん、わかったよ。オレ……わたしはずっとここにいるよ。心配かけちゃってごめん」
「大好きよ〜。お兄ちゃんも、トモちゃんも」
そう言ってあたしはそっとトモちゃんを抱き締めた。今回は力が入りすぎないように優しく気配っている。
「……しくしく……」
「トモちゃん、泣いてる？」
「ごめん、この体になってから涙が……」
「子供の精神だからだよね。こういう時はあたしに甘えていいよ」
やっぱりトモちゃんはあたしが守らないとね。
「しばらくこのままでいい？ 姉貴……」
「もちろんよ」
そしてしばらくトモちゃんは泣いて、あたしの寝間着の胸の部分は濡れてしまった。でもこれくらい何てことないよ。どうせすぐシャワーを浴びて学校制服に着替えるのだから。
