7# 大きくなったら妹を嫁にしていい?
お風呂が終わった後、トモちゃんの部屋……つまり、燈樹お兄ちゃんの元の部屋に入ってきた。
「もう寝る」
「駄目だよ。髪の毛を乾かさないと」
疲れてもう寝たいというトモちゃんの気持ちはわかっているけど、そういうわけにはいかないよ。お風呂の後の髪の毛の手入れも大事だから。
「面倒くさい……」
「あたしがドライヤーで髪を乾かすね」
トモちゃんは今自分でやる気なさそう。
「勝手にしろ」
「トモちゃん……」
このままではこの子が駄目になりそう。
「やっぱりトモちゃんはまだ燈樹お兄ちゃんに戻りたい?」
ドライヤーで髪を吹いていながら会話を続けた。
「そんなの当たり前だよ」
「でも、今更そんなこと考えても、もう……」
気持ちはわからなくはない。でも仕方ないことだ。お兄ちゃんの元の体はもう……。このまま女の子として生きていくしかない。
「わかってるよ」
現状を受け入れるためにはまだ時間が必要のようね。
「悪かったね」
「え?」
いきなりトモちゃんがあたしに謝った。
「自分だけでも十分大変だよね。なのに今日まだオレを手伝ってそこまで付き合ってくれて」
「トモちゃん……」
「お前が……いや、姉貴がいてよかった。ありがとう」
まだ疲れた顔だけど、トモちゃんが微笑んであたしに感謝を言った。幼女らしく可愛くて魅力的な笑顔だ。
「トモちゃんにそう言われるとなんか面映いね。あはは」
さっきまでの態度とは違いすぎる。そうか、トモちゃんやっとわかってくれたね。さっきまであたしの努力は無駄じゃなかったんだね。本当によかった。
「ところでこの部屋も、何とかしないとね」
あたしがこの部屋をぐるっと見回した。やっぱり男の部屋だ。今まで燈樹お兄ちゃんの部屋だから当たり前だよね。
「別にこのままでいいじゃん」
「もしかして燈樹お兄ちゃんの荷持はこのままにしておきたいのか?」
もしそう考えているのなら、やっぱりしばらくこのままでいいかも。だっていきなり荷物を持ち出すなんて昔の自分の存在を否定するみたいで、納得いかないのも当然。
「そんなことない……と思う。女の子には必要なアイテムがたくさんあるよね。だから……」
案外あっさりと受け入れたね。
「そう? 本当にいいのね?」
「お前が手伝ってくれたらね……」
あ、なるほど。つまり、自分の部屋が片付けられるのが嫌ってわけではなく、ただ自分でやるのは面倒くさいと思っているだけね。やっぱり面倒くさがり屋の燈樹お兄ちゃんのままだ。
ちなみに、そもそもお兄ちゃんの部屋はもっと散らかっているはずだったけど、お兄ちゃんがいなかったこの2日間あたしがちょっと片付けてあげたからよくなってきた。
「わかった。ちゃんと女の子の部屋にしてあげるね〜」
「お前、なんか楽しそうだね」
「トモちゃんだって自分でやるのが嫌だからあたしに手伝って欲しいと思っているくせに」
「それは……まあね」
否定はしないんだ。やっぱり思った通りね。トモちゃんわかりやすい。
「つまり、ウィンウィンね」
「じゃ、任せるよ」
「うん、任せて〜」
というわけで、もう子供になったトモちゃんの代わりに、部屋の片付けなど色々な面倒事はあたしがやってあげないといけないようだ。
別に押しつけられて悪いとは思わないよ。むしろ頼られるのが嬉しい。これはお兄ちゃんへの恩返しでもあるんだから。
これからも色々大変になると思うけど、やっぱりトモちゃんの方があたしより大変だよね。だからあたしもその苦労を分かち合うために、精いっぱい手伝うよ。
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明日はまた学校ね……。
今日はトモちゃんの退院や燈樹お兄ちゃんの葬式のこともあって結局学校は休んだけど、今のあたしはトモちゃんからいっぱいエネルギーもらったから、明日元気に戻れるよ!
とは言ってもやっぱりお兄ちゃんは……。燈樹お兄ちゃんはもう……、どう足掻いても元に戻れないよね。
今はトモちゃんになってまだあたしのそばに残っているからつい忘れていたけど。今あたしはもう兄がいない。
もうあたしを構って抱き締めてくれるお兄ちゃんはいない……。本当に寂しいよ。
でも駄目だ。あたしだってもう子供じゃないんだから。小学校卒業したし。今は妹がいて、自分はお姉ちゃんになったし。しっかりしないとね。今度あたしがお姉ちゃんとしてトモちゃんのお世話してあげるからね!
とはいえ、トモちゃんの中身はお兄ちゃんそのままだし。結局あたしがいなくても自分で色々できちゃいそうだよね……。あたしはトモちゃんに何をしてあげられるのかな? ううん、弱気は駄目だ。トモちゃんのお世話はあたしが必ずちゃんとやるからね!
実はあたし、この前からずっと妹が欲しかったんだよね。でもお母さんはあたしが物心がついた頃からすでに亡くなってお父さんしか残っていないのだから、弟や妹なんてどうしても叶わない夢だった。
お父さんは再婚したりしないの? ……とかあたしが訊いたこともあるけど、やっぱりそんな気はないみたい。まあ、それはそれでいいかも。別に新しいお母さんなんて必要ないよ。あたしには燈樹お兄ちゃんがいるから……。
いや、『いた』ね。でもそんなことは今もういいから。
まさか、こんな形で妹ゲットだとは。血が繋がっていないけど、そんなのどうでもいいと思う。だって中身は他の誰でもない、大好きな燈樹お兄ちゃんだし。
昔からあたしはいつもお兄ちゃんにくっついてたよね。『大きくなったらお兄ちゃんの嫁になる』とか言ったこともある。
あの時お兄ちゃんはあたしがただ冗談で言ったと思ったようだけど、実は本気だったよ。
あたしはお兄ちゃんのことが大好き。だからお兄ちゃんが女の人と一緒にいるところを見るたびにあたしが焼き餅を焼いてきょろきょろ落ち着かなかった。
だっていつかお兄ちゃんが誰かに奪われて、遥々遠いところに去っていってしまうかもしれないと、不安に思っていたから。
「お兄ちゃん……」
あたしと燈樹お兄ちゃんは所詮血が繋がった兄妹だ。どうせこれ以上の関係にはなれないのよね。だからそんなあたしの思惑はずっとただの夢でしかなかった。
あれ……、待って……。
今のお兄ちゃんはトモちゃんだよね。そしてトモちゃんは妹だけど血は繋がっていない。つまり義理の姉妹。
もしかしてこれいける! これっていけるじゃん! むしろ本当の姉妹じゃないから都合がいい!
でも同性になったよね? いいの? ううん、そんな細かいことは気にしなくていいよね。大切なのは愛だ!
よし、あたしはトモちゃんの嫁に……あ、でも今トモちゃんはもう女の子だからトモちゃんの方が嫁だということになるかな? それともどっちも嫁? まあどうでもいいか。
うふふ、あたしはトモちゃんと……って、いやいや、待って……。あたしは今いけないこと考えちゃってるよね。
あれ……、『いける』のに『いけない』? どういうこと? 結局どっち?
何を馬鹿なこと考えてるのよ、あたし。駄目だよね。なんか変になってしまった。もう……寝よう。寝るよ。
そのつもりだったけど、結局頭の中はどうしてもまだ変な想像ばかりで、全然眠れない。
だって、やっぱり燈樹お兄ちゃんのことが好き。もちろん、今トモちゃんのことも好き。大好きよ。
今自分の中の何かが突然覚醒してきた気がする……。
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一時間経ってもやっぱり眠れないので、とにかく自分の寝室から出てきた。
出てきて何をする気なの? それは、ちょっと夜這ィ……じゃなく、トモちゃんの様子を見に行くだけ。
あたしはトモちゃんの部屋に入ってきた。もう寝ているようだね。いつものお兄ちゃんならあたしより夜遅く寝るけど、今トモちゃんは子供だから寝る時間は早くなるよね。しかもさっきすごく疲れたようだし。
トモちゃんはちゃんとぐっすりとベッドで寝ている。気づかれないようにあたしが静かに近づいていく。
いい寝顔だ。あふふ、無防備だよね。今あたしが何かしたらどうなるの? まあ、別に何もするつもりはないよ……?
トモちゃんの体は小さいので、ベッドが広く見えるね。もう一人一緒に添い寝しても余裕よ。
そう考えてあたしはついベッドに上がってトモちゃんのそばに横になってしまった。
これっていわゆる『妹と添い寝』……これも妹ができたらやりたいことの一つね。なんかいいよね。
昔あたしが眠れなかった夜も、よくお兄ちゃんの部屋に入り込んで添い寝してたね。
だから別に今は普通に昔と同じだよ。兄妹一緒に寝る……。あ、今は姉妹になっているけど。
あたし、なんか……幸……せ……。
そう考えたらなんか眠気が……。やっぱりトモちゃんの隣は一番居心地よくて落ち着けるね。
そのままいつの間にかあたしは寝落ちしてしまった。