6# お風呂はどうしたらいい?
この6話の展開は『弟になったお姉ちゃんが可愛すぎて、一線を越えてしまいそうです』とは大きく違います。
「一緒にお風呂に入ろうよ。トモちゃん」
この2日間トモちゃんがずっと入院していたから、この体になってからまだ一度もお風呂に入ったことがない。今夜は初めてのお風呂になるね。
トモちゃんの初めてはあたしと一緒でいいよね。一緒に新たな扉を開こう。
「嫌だ……」
お風呂の誘いはあっさりと断られた。
実は『妹と一緒にお風呂に入る』ということも妹ができたらやってみたいことの一つなのに。いや、問題はそれだけじゃない。
「この体の洗い方はわかるの?」
「別に、いつも通りでいいじゃん」
「いつもって男だった時の? それは駄目に決まってるよ! 女の子の体は男と違って色々デリケートだからね」
やっぱりこのまま放っておくわけにはいかないよね。どんな手段を使っても絶対一緒に入る!
「面倒なのは嫌だ」
「もう女の子なんだから、ちゃんと体を大切にしないとね。面倒くさくても我慢して」
「別に女の子になりたくてなったわけじゃないし」
「いや、そう言われても、もうこうなったから仕方ないでしょう」
「嫌なものは嫌。やっぱり女辞める! オレの元の体を返して! もうやだ!」
トモちゃんはわがままお子様キャラになったよ……。別に駄々を捏ねているわけじゃないけど、今のトモちゃんの口調から、駄々っ子になったトモちゃんの姿が勝手にあたしの頭に浮かんできた。
あたし今どうすればいい? どうやらお兄ちゃんにとって女のことは難しいよね。先日トイレでの件だけでももうすごく疲れた。着替えた時もあえて自分の体を見ないようにしていた。そしてお風呂はもっと問題ありそう。
でもお兄ちゃんのため……いや、トモちゃんのためだ。あたしはもうお姉ちゃんだから、ちゃんと正しいことを教えないとね。
「これはトモちゃんのこれからのためだよ」
「お前はどうせただ楽しんでオレの体を触り放題したいだけだろう」
「そ、そんなこと……」
違うよ。あたしなんでそう思われるの? 別に幼女の体が触り心地いいからお風呂で濡れ濡れしながら気持ちよく触りたいとか、そんなことじゃないよ。本当だよ……。
「今の顔……、お前やっぱりよくないことが頭の中に」
「へぇ!?」
想像したらつい顔に出たの? 今あたしはどんな顔をしていたの? トモちゃん、こんな目であたしを見るな!
「やっぱりお父さんに頼む」
「無茶言うな! なんでお父さんがいいのにあたしが駄目なの?」
なんかとんでもないこと言ってるね。女同士の方がいいに決まってるよ。
「お父さんよりお前と一緒の方がやばい気がする」
「そんなわけないだろう! お父さんは男だから駄目に決まってる」
「やっぱり男同士の方が……」
「今はもう女でしょう!」
トモちゃん、いい加減自覚しろよ。
「あのね、あたしたち今もう同性だから、恥ずかしがらなくて、見せたり触らせたりしてもいいのに」
「いいわけないだろう! この馬鹿姉貴!」
「そんなに拒否しなくても……」
『馬鹿』だなんて心外だよね。まあ、燈樹お兄ちゃんだった頃から口悪いからあたしもよく『馬鹿』とか罵倒の言葉に慣れているからいいけど。
それと、やっぱりあたしに対する呼び方は『姉貴』で定着してるね。『お姉ちゃん』って呼んでくれないのはちょっと残念だけど。
「ね、トモちゃん……」
あたしは背中からトモちゃんにそっと抱き締めた。
「何? いきなり」
「どうしても駄目なの?」
「……」
「あたしのこと信用できないの?」
「……お前、なんか突然しおらしくなったのはむしろ怖いよ」
「そんなことないよ」
「まさか色仕掛けか?」
「違うよ!」
そもそも同性だから『色仕掛け』と呼べるのか?
「お兄ちゃんはいきなり女の子になって、慣れない体で色々大変でしょう。だからあたしは力になりたいの」
「柚璃……」
トモちゃんは少しずつ落ち着いてきたようだ。
「……わかったよ。そこまで言うなら」
「やっとわかってくれたね。よかった」
やったね! トモちゃん、ちょろい。
「よし、それじゃ、お姉ちゃんは女の子の体について色々教えてあげるね〜」
「な、何をするつもり? やっぱり嫌だ」
あ……、しまった。せっかくいい調子になったのに、台詞の選択を間違えたら台無しだよね。
「嫌なのは最初だけよ。安心して。いいことばかりだよ」
「いや、絶対よくない!」
更に悪化してる! なぜ!?
「あのね、トモちゃん……。お願い、落ち着いて……」
こんな調子で、ぎくしゃくはまだこのまましばらく続いていたけど、何とかしてようやく一歩譲ってくれた。
結局一緒にお風呂に入るために説得することだけですごく疲れた。
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「トモちゃん、さっさと脱いでよ!」
お風呂の前の脱衣所で、トモちゃんが姿見に映っている自分の姿を見つめてもじもじしてしばらく動いていない。
「ちょっと待って」
「このワンピースがすごく気に入ってずっと脱ぎたくないのね?」
今トモちゃんが着ているのはさっき葬式に参加した時に着ていた黒いワンピースだ。
「そんなわけないだろう。こんな服は……」
『こんな服』だなんて……。可愛いのに。それにこの服はあたしのお下がりだし。
「じゃ、早く脱げ」
「お前、さっきから『脱げ、脱げ』ばっかり言って。なんか嫌らしいぞ……」
誰の所為だよ!
「やっぱりあたしが脱がしてあげようか」
どうやらあたしが促さないといつまで経ってもトモちゃんがうじうじしていて何も始まらないようだ。
「わかった。すぐ自分で脱ぐから!」
やっと脱衣完了。トモちゃんが全裸になった自分の体を見てまた暗い顔になって、憮然として溜息をついた。
トイレに入った時や、さっき病院で黒いワンピースに着替えた時もこんな様子だ。トモちゃんが今の自分の体で悩んでいるようだ。
「まだしょんぼりしているの?」
「まあ、やっぱりこれが自分だと信じがたいよ」
「そうね。元お兄ちゃんだと信じられないくらい可愛くなった」
「か、可愛いって……」
トモちゃんはなんか『可愛い』という言葉がまだ納得できていないようだ。
「可愛いと思わないの?」
「そ、そんなこと……今自分で自分を褒めたらどうかと」
「じゃ、燈樹お兄ちゃんとしてこの子の容姿を評価したら?」
「まあ、確かに可愛い……」
「あら、お兄ちゃん、ロリコン?」
「なんでこうなるんだよ?」
別にお兄ちゃんがロリコンでもあたしは構わないけどね。でももしお兄ちゃんが本当にロリコンだったら今の状況で自分の体に何をするかな?
「ロリコンが自分でロリっ子になって今どんな気分?」
「お前、今オレがロリコンだという前提で訊いたの!? 勝手に勘違いするな!」
そこまで否定しなくても……。別にあたしはロリコンが悪いって思っていないよ。
むしろ今のトモちゃんを見てあたしもなんかロリコンに目覚めてしまう。
「じゃ、あたしも脱ごう……」
「おい、ちょっと……」
あたしが自分の服を脱ごうとしたら、トモちゃんに呼び止められた。
「一緒に入るのだからあたしも脱ぐに決まってる」
「あ、そうだね。今のはなんか反射的に」
「あたしの裸を見るのが嫌なの?」
「そ、そんな言い方は……」
「まさか、あたしが幼女じゃないから見る価値がない?」
やっぱり、幼女の方がいいんだよね。お兄ちゃん……。
「お前、すでにオレがロリコンだと決めつけたね!」
「さっきから『お前』とか『オレ』とか、もうロリっ子にはこういう言葉使いが似合わないよ」
「うるさい! オレは先に入るよ」
あたしが服を脱いでいるところを見たくないようで、トモちゃんが先にお風呂に入った。
まあいいか。どうせお風呂の中では裸の付き合いだから〜。
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「やっと湯船に入ったね。極楽極楽〜」
「……」
体を洗ってから、今2人で湯船に入った。狭い湯船だから2人の体が密接している。トモちゃんの濡れ濡れつやつやの柔肌に触れて気持ちいい。
さっき大変だったね。一緒にお風呂に入るようにトモちゃんを籠絡して、脱衣所で服を脱ぐように唆して、そしてトモちゃんに女の子の体の洗い方を授けて……、本当に色々あって疲れた。
やっと湯船に入ってこられた。今はトモちゃんの体でいっぱい満喫しておこう。
でも問題は……。
「ね、トモちゃん」
「……」
さっきからトモちゃんは全然返事無し。
「元気を出して」
「……」
トモちゃん、もう駄目になっちゃった。
仕方ないよね。さっきから体のあっちこっちの洗い方とか、長い髪の毛の配慮とか、今疲れ切ったようだ。あたしも疲れたけど、あたしよりトモちゃんの方が大変だったね。
それだけでなく、こんなことを毎日やらなければならないと悟ったら、トモちゃん更に気が滅入ったようだ。
「……やっぱり髪を切る」
トモちゃんのこんな投げ遣りな放言を聞いて、あたしは慄然とした。
「そんな……、駄目だよ。こんな短絡的な行動!」
こんな可愛い髪の毛、絶対切っては駄目だ! 髪は女の子の命だよ。命を粗末にするな!
「肌の木目とかもどうでもいい。適当で」
「それもいけない!」
こんなすべすべな餅肌はすごく妖艶で触り心地がいいよ。絶対絶対、守ってあげたい!
その後ゆっくりと一緒に湯船に浸かりながら、トモちゃんが元気に戻るまでしばらく慰めていた。