3# トイレはどうしよう?
1~2話はほとんど『弟になったお姉ちゃんが可愛すぎて、一線を越えてしまいそうです』と同じような内容ですが、3話では大きく違います。
「お兄ちゃん、お父さん、やっぱりこの子は誰なのかなんてもうどうでもいいよ」
お兄ちゃんの意識が宿っているこの女の子の身分はわかりようがないと悟って、あたしはそう思うようになった。
「柚璃……何を言ってる?」
「見ての通り今これは燈樹お兄ちゃんだから」
元々誰の体なのかわからないけど、どうせ今は完全に意識がお兄ちゃんになったんだから、それでいいんじゃないか。もうこの子はお兄ちゃんでいいよ。
「いや、そう言われてもね……。この子には両親がいるはず」
お父さんはあたしの意見に賛成できないみたい。わかってるよ。自分が酷いこと言ってるって。でも……。
「それはあたしたちには関係ないよ! それよりお兄ちゃんはここにいるのよ。これでいいでしょう!」
「でもそういうわけには……」
「例え親を見つけても、今はこの子本人じゃないのよ。これはお兄ちゃんだよ。あたし絶対にお兄ちゃん渡さない!」
「でもこれはただ僕たちの都合だよ。あっちの気持ちも考えないと……」
確かにお父さんの言った通り、これはただあたしのわがままに過ぎない。だけど……。
「せっかくお兄ちゃんがまだ生きているって知っているのに、また離れ離れだなんて嫌!」
「柚璃……」
お兄ちゃんはあたしの名前を呼んだだけで、これ以上言わない。でも多分……ううん、きっとあたしと同じ考えだよ。お兄ちゃんだって家族から離れるのはきっと嫌なのよ。
「とにかく、僕たちだけで決めることじゃないよ。まずはお医者さんに相談しないとね」
「……そうね。わかった」
それはそうだよね。まずはこの子が目覚めたことを報告しないと。
「ところで、その……」
お兄ちゃんは何か言いたいようだけど、上手く口に出せなくて躊躇っているみたい。
「トイレ、行きたいんだが……」
やっと言い出した。
「こっちだよ」
あたしは病室の中のトイレの方に指差した。
「それは見ればわかるよ。でも……」
「でも何?」
「……」
お兄ちゃんは答えずにじっと黙って難しそうな顔をしている。
「この体は……」
「あ、もしかして……」
今はトイレの話だから。トイレのことだと、男と女は色々違うと聞いたことがある。今お兄ちゃんがこの体でどうやって用を足せばいいかわからなくて困っているようだ。
「どうしよう?」
お兄ちゃん、すごく動揺しているようだ。そんなお兄ちゃんの様子を見てあたしも落ち着かなくなってきた。でもどうしたらいいかあたしだってよくわからないよね。
「お父さん……」
「いや、僕に訊かれてもね。女のことなら柚璃の方が詳しいと思う」
困っているお兄ちゃんがお父さんに声をかけたが、お父さんは『自分が部外者だから柚璃に任せる』っていう態度だ。
それはまあ……、確かにあたしならわかるかもしれないけど、でもあたしだって……お兄ちゃんがどこをわからないのかすらわからない……、それが問題だよね。
「そうだけど……」
お兄ちゃんがもじもじと何か迷っていながら少しずつあたしに視線を向けてきた。
「柚璃、その……」
「お兄ちゃん? えーと」
お兄ちゃんは泣きそうな顔であたしを見つめていながら震えた声で言った。何これ? お兄ちゃんってこんな表情をするの? なんか可愛い。反則だよ。
「やっぱりいいよ。そんなこと妹に頼めるかよ! オレ一人で……」
そう言い残してお兄ちゃんがすぐこの病室の中のトイレへ走り込んだ。なんか諦めが早いね。
「待ってよ。お兄ちゃん」
走ったとはいっても、こんな小さな体で、しかもまだ慣れていないから、やっぱり足が遅くてあたしがすぐ追いついた。
「なんで一緒に入ってきたの!?」
結局あたしもお兄ちゃんと一緒にトイレの中に入ってきた。
「だって、今のお兄ちゃんは放っておけないよ」
「でも……」
慣れない体できっとすごく不安だよね。お兄ちゃんはまだ童貞だし、誰かと付き合ったこともない。女の子についてほとんど何もわからないはずだ。だからこういう時あたしがそばにいて支えてあげないとね。
あたしなんかどれだけ役に立てるかわからないけど、とりあえずお兄ちゃんのために頑張るよ。
「お兄ちゃん、あたしと一緒じゃ嫌なの?」
「そうじゃないけど、なんか……やっぱり恥ずかしい」
今お兄ちゃんの顔は真っ赤だ。本当にすごく恥ずかしがっているようだね。あたしがここにいる所為だよね。
それでもやっぱり今更手を引くわけにはいかないよね。
「落ち着いてね。お兄ちゃん」
あたしは背中の方から兄ちゃんの小さな体に抱きついた。今二人共立っているから身長差がよく実感した。この体はあたしより一回りくらい背が低い。この子のサラサラ肩まで長い黒髪はあたしの顎に当たっている。体が柔らかくて、触り心地がいい。
「柚璃……」
あたしに抱かれたらお兄ちゃんはちょっと落ち着いてきたようだ。このままいけるかも。
「よし……、とりあえず、脱いで……」
「な、何を!?」
せっかく落ち着いてきたのに、なぜかお兄ちゃんが突然あたしの体から離れてしまった。その体の柔らかい感覚はすぐあたしから消えてしまった。
「なんで逃げたのよ!?」
今のあたし、どこが間違いなの?
「今柚璃の声はなんか嫌らしい」
「そんなことないよ!」
さっきのあたしってどんな声なの? 別に嫌らしいことなんて考えていないのに。
「それにズボンを脱がないと何もできないじゃないか」
「そうだけど、なんかこれはオレなんかが踏み込んではいけない領域だよね? これを脱ぐのは新たな何かの扉を開くような気がする」
「何それ?」
お兄ちゃん、まさかいけないこと考えている? 幼女の体で?
「じゃ、このまま漏らす?」
お兄ちゃんがこうしてもじもじしている間に尿意がどんどん迫ってくるはずだ。何とかしないと最早限界かもしれない。
「いや、それは……」
「まだこうやってうじうじしているのなら、あたしが脱がしてあげようか?」
「や、やめて。自分で脱ぐから」
「じゃ、早く!」
「は、はい」
お兄ちゃんがおずおずと自分の両手でズボンの腰の部分を掴んだ……けど、これ以上の動きはない。
「手、止まってるよ」
「ちょっと心の準備が……」
うじうじ面倒くさい!
「さっさと脱がないとあたしが今すぐ脱がせてあげるよ!」
もうむらむら……じゃなく、いらいらする!
「わ、わかった。その嫌らしそうな手はこっちに来るな」
誰が嫌らしいって……!? いじめられた女の子みたいな顔するな! なんか今の場面はまるであたしが子供に悪いことをしているように見えるじゃないか。今幼女になったお兄ちゃんから見ればあたしはただの不審者っぽいお姉さんなの?
ちょっと無理矢理って感じだけど、とりあえずこうやってようやくお兄ちゃんはズボンを脱いだ。
しかし脱いだ後、お兄ちゃんがあそこへ視線を向けて視界に入れたら……、『何か大切なものを無くした』みたいな泣き顔をした。そしてなぜか激しく精神的にショックを受けて、しくしくと泣き始めた。
この子は本当にあたしのお兄ちゃんなの!? もうあまり信じられなくなってきた。今どう見ても本物の幼女みたいだ。
その後の展開はもうどうでもいいよ。とりあえず何とかなって無事に終わったけど、すっごく疲労した! あたしも、お兄ちゃんもね……。
この様子じゃ、お兄ちゃんはこれから先すごく大変になりそうね。不安しかない。
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「2人どうしたの?」
トイレから出たあたしとお兄ちゃんの様子を見て、お父さんは心配そうな顔で訊いてきた。
「色々あったね。でも今はどうでもいいよ……」
「一体中で2人何をしたの!?」
「お父さん、もう訊かないで!」
お父さんには悪いけど、今のことは言いづらい。放っておいて欲しい。
とにかく、トイレの件はもうここまでだ。