【燈璃】 14# 妹は姉になっちゃったが
今回は燈璃の視点で最初から再び語ることになります。台詞は大分省略しますが、追加される部分もあります。
オレの名前は彩河燈樹。18歳の男子高校生。
いや、今はもう違うよね。
改めて、わたしの名前は彩河燈璃。今は女の子。年齢は多分10歳くらい? 実はよくわからない。
あまり信じがたい話だけど、自分がいきなり男から女の子になってしまったようだ。突然のことだから今でもまだ心の整理はちゃんとできていない。
元々オレは普通の男子高校生……そのはずだったけど、ある日ある女の子をトラックから助けて、その時気を失って、次に気がついたらオレは病院の中で目が覚めた。オレは病院のベッドの上に寝ていたようだ。そして妹の彩河柚璃はそばで泣いていた。
どうやらオレがトラックに轢かれて病院に運ばれてきたようだ。
「あたしを置いて行かないで、お兄ちゃん……」
と、柚璃は嗚咽しながら呟いた。
いや、別にオレはまだ死んでいないし。でも本当にオレは無茶なことをしたよね。トラックの前に飛び込むなんて、普通なら今更異世界へ行ってしまったかも。柚璃に心配かけてしまったね。
「柚璃……」
「……っ!」
目覚めたばかりのオレが妹の名前を呼んでみたけど、彼女の反応がなんかおかしい。
「あの、君は一体……誰?」
どうやら妹はオレのことを忘れてしまったようだ。なんで?
「あれ? オレおかしい」
その時オレは自分の体の異変に気づいた。
「なんか体が……小さい……?」
これがいつものオレの体じゃないみたい。
「髪が……!」
髪の毛が肩に当たるくらい長い。いつものオレなら短い髪なのに。男のオレがこんなに髪を伸ばしたことがないはずだ。
「声が……!」
さっきから自分が発していた声に違和感を感じている。オレの声はこんなに甲高い? まるで女の声だ。まさか……。
「オレ、女の子?」
まだ鏡を見ていないから確認はできないけど、どうやら今オレの身体は女の子になっているようだ。
「まさか……燈樹お兄ちゃん……なの?」
こんなオレの様子を見て柚璃もこれがオレだとわかったようだ。
「え? ……うん、オレだよ」
どうしてこうなったのかはまだよくわからないけど、柚璃から聞けば、これは『オレがトラックから救った女の子の体』のようだ。そしてオレの体はもうすでに……。
この子の体にオレの意識が乗っ取ったから、この子は元々誰なのか確認する術がなくなった。身寄りのない子供になったから、お父さんの養子に引き取られることになった。
体はここにいるけど、この子の意識はどこに行ってしまったのか全然わからない。この子には悪いとは思っているけど、オレだってまだ死にたくないよ。まだ長く生き続けたい。だから今から君の体で生きていくしかない。
初めて病院でトイレに入った時は大変だったけど、柚璃が手伝ってくれて助かった。
こんな体になったけど、とりあえずオレが元の家に戻れるようでよかった。
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2日後、オレは退院して葬式に参加した。誰の? あまり信じたくないけど、これはオレ自身の葬式だった。
「まさか自分の葬式に参加することになるとは……」
確かにオレの意識はまだこの子の体に残っているけど、これがオレだと主張してもややこしくなるだけだろう。だからこの子が記憶喪失だということにしておいて、オレの体も火葬されることになった。
つまり周りの人から見れば、オレはもうこの世にはいないということになっている。今オレの正体を知っているのはお父さんと柚璃だけだ。親戚や友達にも伝えていない。
葬式でオレの友達も数人参加したけど、今のオレはただ知らない子供だから、話しかけることもできなかった。
実は『オレがまだここにいるよ』と伝えたいのに。
「よしよし、もう泣かないで」
自分の葬式を見て泣いているオレを柚璃が慰めてくれた。オレは元々こんな簡単に泣くわけではないのに、今体は子供になった所為で精神も子供みたいになって泣きやすくなったようだ。
妹の前で泣き噦るなんて見苦しいとは思っているけど、本当に涙を止めることがけできなかった。
そして葬式から家への帰り道で、柚璃はずっとあたしの手を繋いで歩いていた。暖かくて安らぎを感じたけど、なんか恥ずかしい。
「いつまで手を繋いでるの?」
「いいんじゃないか」
「これじゃまるで子供みたい」
確かに今体は子供になったけど、中身は18歳だよ。しかもお前の兄だよ!
「こんな体ではもう強がらなくてもいいよ」
「でも……」
実際にさっきオレが子供みたいに泣いていたから、ぐうの音も出ない状態だ。
「今までずっとお兄ちゃんがあたしのお世話をしてくれていた。だからこれからもうあたしの番だよ」
「オレは兄だったのに」
「今あたしの方が姉だからあたしに甘えてもいいよ」
柚璃は姉か……。不思議な感じ。これじゃまるで立場逆転みたい。妹が姉になるなんて。
でも何というか、今の柚璃は本当に『姉』って感じのようだ。
オレは元々長男だったから兄も姉もいなかった。時々姉がいたらどんな感じかなって想像したこともある。
お母さんはオレが小さい頃から他界した。だから年上の女性の温もりは長い間感じていなかった。ずっと忘れていた。
でも今はまるで子供の時にお母さんがオレの手を繋いで一緒に歩いていた頃みたいな感じだ。
柚璃がお母さんのことを覚えていないので自覚していないかもしれないけど、実は彼女はお母さんとそっくりだ。
彼女はお母さんの代わりになんてなれるとは思わないけど、少なくても姉になってくれればオレは安心できるかもしれない。
もしかしたら、今の状況も悪くないかもしれない。今のオレはついそう思ってしまった。
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そしてやっと家に着いた。
「やっぱり、何もかも大きいよ……。まあ、オレは小さくなった所為だよね……」
いつもの家なのに、いつもとは違う。まるで自分が子供の頃に戻ったみたい。本当に不思議な体験だ。
「あの、ところでお兄ちゃんのそんな口調や一人称はなんとかしないとね」
口調? あ、今は女の子になったから、こんな喋り方は確かに変だよね。でもいきなり変えるなんて面倒くさそう。
「オレはもうこんな喋り方慣れてるから、いいじゃん」
オレは面倒なことが嫌いだ。
「よくないよ! やっぱり『オレ』ではなく、『あたし』」
「え……なんか面倒だ。嫌だよ」
一人称まで変えないといけないの? でも確かに女の子は『オレ』って変だよね。
「もう、お兄ちゃんったら……。あ、今はもうお兄ちゃんと呼ぶのもやっぱり変だよね」
「そうだね……」
今のオレはもう『お兄ちゃん』と呼ばれる資格はないよね。今柚璃の方が年上だから。悔しくて悲しいけど今は兄(姉)という立場を譲ってあげる。もう柚璃の方が姉だ。
結局柚璃のことを『姉貴』と呼ぶようになった。本人は『お姉ちゃん』って呼ばれたいようだけど、やっぱり恥ずかしいから却下だ。
そして一人称は『わたし』にした。柚璃は自分と同じ『あたし』を使って欲しいようだけど、そんな女っぽい一人称はやっぱりまっぴらごめんだ。『わたし』の方が中性的で納得できやすい。
名前も『燈樹』から『燈璃』に変えた。実は『燈利』の方が書きやすくていいと思っていたけど、柚璃は同じ字にしたいので結局『璃』にした。でもこれも悪くない。何よりこれは柚璃に付けてもらった名前だからやっぱり気に入ってる。お揃いも悪くない。だからすぐ受け入れられた。
今からわたしは燈璃、姉貴の妹だ。
でも問題は……。
「一緒にお風呂に入ろうよ。トモちゃん」
「嫌だ……」
そう、お風呂のことだ。女の子の体は男の時とは色々違うので大変だった。
柚璃が一緒にお風呂に入って手伝うのは助かるけど、何というか……あいつの手と視線がなんか嫌らしい気がする。だから警戒心を持って断ろうとした。自分が手伝ってもらう立場なのにね。
「あたしたち今もう同性だから、恥ずかしがらなくて、見せたり触らせたりしてもいいのに」
「いいわけないだろう!」
まだあまり認めたくない。体は女の子になったけど、やっぱりわたし……オレは心がまだ男だよ。女の子と一緒にお風呂に入るなんて絶対無理。
「この馬鹿姉貴!」
忘れてはいけない。柚璃は元々から馬鹿だった。姉になってもただ『馬鹿妹』から『馬鹿姉貴』にバージョンアップしただけ。
「どうしても駄目なの? あたしのこと信用できないの?」
柚璃がオレの体をそっと抱き締めながら泣きそうな声で訊いた。こんな色仕掛けは狡いぞ!
確かにあいつが馬鹿妹だし、それにオレはシスコンなんかじゃないけど、一応オレは兄だった。だから妹を泣かせるわけにはいなかいという常識くらいは持っているよ。
「……わかったよ。そこまで言うなら」
「やっとわかってくれたね。よかった。よし、それじゃ、お姉ちゃんは女の子の体について色々教えてあげるね〜」
「な、何をするつもり? やっぱり嫌だ」
オレが承諾したら柚璃はすぐ燥いでまた隠さずに変なことを口に出した。
まさかオレは甘すぎる? ちょっと後悔してしまったけど、今強がって自分でお風呂に入ろうとしてもどうすればいいかわからないしね。だから仕方なく……。
その後体と髪の毛の洗い方など色々教えてもらった。こんなに面倒くさいとは思っていなかった。女の子って大変だなと実感した。やっぱり柚璃に手伝ってもらって正解だ(色々変なこともされたけど!)。自分なら全然わからないのだからね。
でもこれからこんな面倒くさいことを毎日しなければならない……と思ったら絶望感が湧いてきた。
だから体と髪を全部洗い終わって湯船に入った時に、オレは随分落ち込んでいた。
「……やっぱり髪を切る」
髪が短くなったら少なくとも面倒事が減るだろう。
「そんな……、駄目だよ。こんな短絡的な行動!」
こんな言い方……。別にオレが自殺するわけじゃないし。
結局髪を切ることは柚璃に頑なに反対された。まあ、女の子ならやっぱり長い髪の方がいいって、オレだって思っている。だから我慢してもいい。これから毎日大変になると思うけど。
でももしオレが何もわからずに自分でやったらどうなるかな? もっと大変だろうね。そう考えたら柚璃がいてよかったかも。
「お前が……いや、姉貴がいてよかった。ありがとう」
「トモちゃんにそう言われるとなんか面映いね。あはは」
確かに不純な動機がいっぱい混ざってるってのはバレバレだけど……、お前も疲れたはずなのに、それでもオレのためにこんなに気を遣って手取り足取り面倒を見てくれた。
だから本当に助かったよ。お前が姉貴になってくれて嬉しかった。
とりあえず、これでオレにも姉ができた。ただし実は元妹だけどね。
オレは女の子としてまだ未熟だ。だからこれからもよろしくね、柚璃……ううん、姉貴。