1# お兄ちゃんは妹になっちゃった?
「お兄ちゃんが……? 嘘でしょう!?」
今お父さんの言葉をあたしはあまり信じたくないので、全力で否定しようとしている。
「柚璃、気持ちはわかる。僕もまだ信じたくないけど、本当だそうだ」
「お父さん、そんな……」
「燈樹はトラックから女の子を守って、そして……」
「いや……!」
嘘、嘘! これは絶対嘘だ! あたしは絶対信じないよ。
あたし、彩河柚璃、13歳で中学1年生。
あたしには彩河燈樹という18歳で高校3年生のお兄ちゃんがいる。彼はちょっとやんちゃで、子供っぽいところもあって、口悪くて、よくご機嫌斜めで、彼女いなくて、勉強も駄目……コホン、欠点だらけだけど……けどね、とにかくとても優しくていいお兄ちゃんだったよ。本当だよ……。多分……。
お母さんはあたしが幼かった頃から亡くなったので、年離れたお兄ちゃんはお母さんの代わりでもある。
あたしは燈樹お兄ちゃんのことが大好き。お兄ちゃんのお嫁さんになりたいくらい。
それなのに……。
10月に入ったある土曜日、朝寝坊していたあたしを珍しくお父さんが起こしに来た。なんかすごく慌てて今まで見たことのないくらい苦しんで泣きそうな顔をしていた。
原因は、ついさっき電話から悪い知らせを聞いた所為のようだ。
その内容は『お兄ちゃんがある女の子を助けて、代わりにトラックに……』、後はもう言いたくない。
「柚璃、とにかく病院に行こう」
「あ、うん……」
あたしは起きたばかりだけど、シャワーも髪の毛を梳かすことも忘れて、肩まで長い黒髪はぼさぼさのままだけど、そんなのどうでもいい。今すぐ慌てて着替えて病院に行く。
今更行ってもどうしようもないとわかっているのにね……。
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「お父さん、あたし今やっぱりお兄ちゃんに会いたくない」
「柚璃……でも……」
病院に着いたが、やっぱりまだ心の準備はできていない。燈樹お兄ちゃんのあんな姿が見えるくらいならあえて見ない方がいい。
「お兄ちゃんに助けられた子供はどこにいるの?」
「どうするつもり?」
「今すぐ会いに行くよ」
だって、あの子を助けた所為でお兄ちゃんは……。でも別にあの子を恨んでいるわけじゃないのよ。悪いのはあの子ではなく、あのトラックの運転手だ。『飲酒運転』だそうだ。
トラックか……。ひょっとして今からお兄ちゃんはチートスキルをもらって異世界転生して幸せに暮らしていくよね……。あたしを置いて一人で行くなんて狡いよ!
お兄ちゃんの馬鹿! あたしだって異世界に行ってみたいのに……。まあ、そんなことは今どうでもいいけど。
「この病室ね」
お父さんは燈樹お兄ちゃんのところに行っている間に、あたしは先に女の子のところに来た。
彼女は大した怪我はなかったが、気絶したそうだ。今も病室の中のベッドでぐっすり眠っている。
「可愛い……」
見た目では多分10歳くらいかな。整った顔、白い肌、サラサラ長い黒髪。『美幼女』って感じだね。お兄ちゃんが命懸けで守りたいという気持ちがわかった気がする。
身分を証明する物は何も持っていないので、この子は誰なのか本人から聞かないとわからないようだ。
とにかく第一印象は『可愛い子だ。うちの妹になって欲しいね』……、って。
でもこの子の所為で、燈樹お兄ちゃんが……。いや、駄目。今この子を怒ってもただの八つ当たりしかない。
でももしこの子が目覚めたらあたしはどんな顔で彼女と接すればいいの? なんでこの子だけ助かったの? やっぱり狡いよね。
「しくしく」
目から涙がどんどん溢れ出た。もう嫌だ。なんでこうなるのよ? あたしはこれからどうしたらいいの?
「……しくしく、……あたしを置いて行かないで、お兄ちゃん……」
「柚璃……」
「……っ!」
あたしの名前を呼んだ声が聞こえた。女の子の可愛らしい声だ。そして今この部屋にいるのはあたしとこの女の子しかいない。つまり……。
「君は……」
やっぱり女の子が起きた。あたしが泣いた所為? さっきあたしを呼んだのはこの子だったね。でもなんであたしの名前を? 初対面のはずなのに。
「柚璃、ここは?」
この子はまたあたしの名前を……。
「病院だけど……」
「病院……あ! あの子はどこ!?」
女の子は何か思い出して、すぐ慌てて誰かを探そうとした。
「あの子って?」
「オレがトラックから救った女の子だよ」
「は?」
この子は何を言っているかわからない。トラックから救われたのはこの子の方なのに。
それに『オレ』って……。女の子なのに。
「あの、君は一体……誰?」
「は? 柚璃、お前何言ってる? オレだよ」
「いや、そう言われてもわからない」
あたしは全然この子と会ったことないはずだし。
「兄の顔を忘れたのか……」
「はっ?」
どういうこと、兄って?
「あれ? オレおかしい。なんか体が……小さい……? 髪が……! 声が……!」
女の子は自分の体を見て驚いて狼狽えてきた。
「オレ、女の子?」
「あの……」
あたしはまだあまり状況を飲み込んでいない。それになんでこの子の喋り方はなんか男の子……いや、もっと厳密にいうと、燈樹お兄ちゃんと似て……。
「まさか……」
そんな突拍子もないこと……あり得るはずがないよ。でも……。
「柚璃……」
この子はまたあたしの名前を呼んだ。
「君の名前、言っていい……?」
「は? オレは、燈樹……だよ?」
「……っ!」
お兄ちゃんの名前……。そんな……。いや、とりあえずもっと質問……。
「誕生日は……」
「なんでそんなことを……」
「いいから答えて!」
「6月29日……」
あたしがつい大きい声を出したら、この子はもじもじしながら答えた。
「お父さんの名前は?」
「彩河夏緒」
全部正解。
「お母さんは……?」
「おい、いい加減に! 質問ばかりしないで! 事情を説明しろよ。柚璃」
「あ、ごめん……」
でもこれだけでも確認できたかも。やっぱり、それは間違いない。
「燈樹お兄ちゃん……なの?」
「え? ……うん、オレだよ」
そう、あまり信じたくないけどこの女の子は燈樹お兄ちゃんだ。つまり、こういうこと? 『お兄ちゃんはこの子を助けて、そしてこの子の体に乗り移ってしまった』って。
なんでこんなことに!?