31 勇者と協力要請
委員総会から数日が経った。
放課後になり、下校する生徒が目立つ中、ローランはいつもの如く温室の椅子に座っていた。
ここ数日は水やりや草抜きの他に収穫時期を迎えた薬草を摘み取る作業も加わっている。
これは、夏祭りに使われるポーションのための材料だ。
今はルナが慣れた手つきで次々と薬草を摘んでいる。
ルーガルーの収穫基準は面白く、その種族の特徴である嗅覚も利用していく。
やはり、未熟な薬草と収穫に適した薬草では匂いが違うらしい。
「こんなものかな」
ルナの手には四株ほどの薬草が乗せられていた。
ローランには違いが分からないが、どれも間違いない品質なのだろう。
「やっぱ、ルーガルーの鼻は凄いな」
自然と感心の言葉が出た。
しかし、ルナはその言葉に固まってしまい、じーっとローランをいぶしかしむように見ていた。
「どうした?」
「いや、急にそんなこと言うから。どうしたの?頭でも打った?」
「打ってない」
ルナは雑に手に持つ薬草を渡そうとして来る。
ローランはノーサンキューとジェスチャーで返す。
ルナは呪いの解けた状態に当初は戸惑っていたが、最近では慣れたようでローランには毒を吐くことがある。
ローランも分かっているので適当にあしらっている。
「ルーガルーの特徴だから。でも弱点にもなるの」
「弱点?」
「そう、知りたくもない事を知るのよ」
「例えばどんな」
ルナの深妙な表紙な息を呑む。余程の弱点なのだろう。
「自分で慰めた男の子って独特な臭いがするの」
ローランは震えた。そして、帰ってからの水浴びはもっと念入りにしようと決意する。
「これは、ルーガルーの女性が使う悪い冗談よ。私、その臭い知らないから判断つかないし」
「そ、そうなんだー」
「ローラン君、動揺してるね。ははーん、良い良い」
ルナは揶揄うようにローランの背中を叩く。
その無邪気な顔を見るとやはり、呪いが解けて良かったと思う。
そんな下世話な話をしていると一人の少女が温室に入ってきた。
丸い眼鏡を掛けた夏祭り実行委員総責任者ライラであった。
「こんにちは、薬草の回収に来ました」
今日はライラ直々に薬草の回収に来る日であった。
ルナは先程収穫した薬草をライラに手渡す。
ライラも薬草には詳しくないため、念入りな確認は無いまま受け取りを済ませる。
「それにしても大変だな。実行委員は」
「……そうですね。中々スケジュールが合わないんです」
ライラは大きくため息をついた。
あの後も小さな会議などもあったようだが、話が進む気配がないらしい。
「私、口下手ですし、要領が悪いから学校の外での仕事が上手く行かないのです」
学校の外とは、国や商工会への許可申請やお客を引き寄せる広報活動のことだ。
国や商工会への接触はしているようだが、相手は多忙であり、子供相手ということで中々真剣に話を聞いてくれない。
「因みに許可が取らなかったら?」
「中止か、最小限の規模になります」
まぁ、そうなるだろう。
寮に住んでおり帰省していない人たちだけで中庭を小さく使って楽しむ。
バーベキューのような感じか。
お祭りとはいえないな。
「それに、そうなってしまえば学校側も今後の開催は納得されません」
学校もただ学生のわがままに付き合うわけではない。
学生の工夫や努力も評価しようとしているのだ。
その中でわかりやすいのは数字である。
それは、参加者の数だけではなく屋台などの売上。
学生の中には商人の子供もいるため、経験を育むのに良い機会であるのだ。
「アイリス様は誰よりもこの学校の生徒の事を考えてくださっています。この夏祭りも何人かの生徒から来た相談だったんです」
三年生の最後の夏休み。
その学校での思い出づくりとしてアイリスは考えた。
思い出とは生きる糧であり、同級生との繋がりである。
今後、世界中に旅立つ生徒たちにその繋がりを無くしてもらいたくないとアイリスは思ったそうだ。
後は、屋台での料理を食べたことがないから食べてみたいとか、魔法学校に来てから花火を見ていないから久々に見たいとか、ほんのひと握りのわがままを配合しているらしい。
「皇女さまがそんな事を言うなんてね」
ルナは意外そうに言った。
皇女故のカリスマ性は過去のルナとはまた違った意味で人を遠ざけるオーラを感じる時がある。
生徒総会の時の目を閉じた姿など、話しかけられる者など極少数である。
「アイリス様は見た目以上にお茶目な方ですよ。私も最初戸惑いましたが、ジャンクフードが大好物だったり、寮部屋ではいつも下着で生活したり」
ローランはガタッと席を立った。
するとルナに強めに叩かれた。
「そういう情報はいらないかなー」
「すいません、アイリス様の良さを知ってもらいたくて」
随分と心酔しているようだ。
しかし、それでもプライベートのことをペラペラと言ってはいかん。
あの可憐な皇女の部屋着が下着のみなど、なんと羨ま……けしからん事だ!
とローランは思っていたら、またルナに叩かれた。
ルナはジェスチャーで鼻を指す。「臭ってるぞ」というサインだ。
こいつ、さっき知らない言ってたのに嘘ついたな。
「それで、そこまで売り込んでくるってことは、何か言いたいことがあるんでしょ?」
ルナは少し聞き飽きたような態度でライラに問いかけた。
そうなのだ。薬草を取りに来ただけにしては、ライラの面構えがやけに良かったのだ。
実際、ライラにとっては薬草の回収はついでであった。
実際のところは、
「私を手伝ってもらえませんか」
協力要請であった。
ルナは気づいていた。
委員総会ではあれ程ボロボロで、この数日で改善の情報は入ってこなかった。
予想するにかなり大変な事になっている。
手伝うとなると、手伝う側もかなりの負担を強いられる。
正直ごめんだ。今の温室でローランと放課後を過ごす事はとても楽しい。充実している。
それを夏祭りまで諦めなければならない。
協力という選択肢は乙女としてノーだった。
こういうのは、一握りの希望も残さず断らなければいけない。
そう、拒絶は得意だ。こんな気弱な子なら瞬殺だ。
今の私は『拒絶のルナ』だ
ルナは拒否の意思を示そうとした。
「いいぞ!」
出来なかった。というか、横の男が先に答えていた。
ルナは頭を抱える。
そうだ、こいつはそんな奴だった。
私の時もそうだ、困っているなら躊躇なく助ける。
「ルナも大丈夫だよな!」
(そんな目で見るなぁ〜)
拒絶のルナは瞬殺された。
ルナはコクコクと頷くとローランは満足そうな顔をする。
ルナはその顔がたまらなくキュンと来てしまったもので、手伝うのもいいのかなって思ってしまった。
己の単純さを戒めつつ、ライラを見ると、彼女は驚いた顔をしていた。
恐らく、多くの委員から断られていたのだろう。
それだけ大変な状況なのだ。
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
彼女は嬉し涙を浮かべつつ、なんども感謝の言葉を並べた。
あぁ、またローラン君はこうやって女の子を助けてしまうのだなと複雑な思いをルナは抱えた。
栗の花の匂い




