21 勇者の嘘
ローランが部屋に戻った時にはもう夕食の準備ができていた。
ただ、思ったよりも早い帰宅だったため、シャロは少し驚いていた。
ローランはシャロに今日の温室であった事を話した。
「たぶん、その人がルナさんだよ」
思ってもみない返答だった。
あの、読書に耽り、ソレイユと名乗り、サボる提案をしてきたルーガルーがルナであった。
つまり彼女は初対面のローランに対して嘘をついていたのだ。
「じゃあなんで正体隠してんだ?俺が委員仕事来なかったから怒ってたのか?」
「それは違うと思うよ。ルナさんは何かね、人付き合いが嫌いみたいなんだ」
「嫌いって、あんな事してたら嫌われて当然だろ。人を馬鹿にしてるとしか思えない」
「そうなんだけどね。なんだか、意図的に嫌われるように動いているみたいで。ハーブの話をしている時はそんな感じなかったんだけどな」
そのシャロの表情はひどく悲しそうだった。
ルナ自身に人を近づけないための嘘のバリアを貼っているとシャロは予想していたのだ。
「お主ら、なに辛気臭い話しとるか。飯が冷めるわ」
夕食前にそんな話をしていたため、魔王が痺れ切らして注意してきた。
シャロは「決して悪い人じゃ無いから」とだけ言って話は終わってしまった。
改めて明日の朝、ローランは温室に行くことを決める。
その様子を見ていた魔王はローランにふと話しかける。
「勇者よ。嘘には人を陥れる悪い嘘と人を救うための良い嘘がある。その人狼はどの嘘を重んじておるかしっかり見抜いてやるべきだぞ」
ローランにはその意味がよく分かった。
それはローランの過去の仲間、騎士と大司教を兼任し、戦場では嘘で兵士に勇気を与え、交渉では嘘で脅しをかけるある老兵が頭をよぎっていた。
杖は人を殴るものとローランに教えた人物であるが。
彼も嘘つきであったなとローランは感慨深く思った。
――――
次の日、改めて温室へと足を運ぶ。
シャロからは「あんまり深く考えないでね」と一言忠告を頂いて別れた。
中に入ると、昨日と同じ場所で彼女は本を読んでいた。
それは誰も話しかけるな言わんばかりの雰囲気であった。
シャロの話を聞いたから分かる。
彼女は読書が好きというわけでない。読書をする事で人を近づけまいとしているのだ。
だから、ローランがすることは話しかける事であった。
「おはよう……ルナ」
その目つきはやはり狼の血が流れているからなのだろうか、酷く殺気を感じたものであった。
その獣のような琥珀色の瞳はしっかりローランの姿を捉えていた。
「おはよう。ローラン君、また間違えているよ、私はソレイ――」
「ルナだろ。どういうつもりか知らないが、下手な嘘はやめてくれ」
「そうやって怒って、私から離れてくれるのを期待したんだけど」
それが彼女の本心だったのだろう。
ルナは何故か人付き合いを嫌う。深い関わりを持とうとしない。
だから、すぐバレるような嘘をつき嫌われようとする。
一匹狼になろうとしているのだろうか。
「君は真面目だね。昨日、来なくていいって言ったのに」
「なんであんな事言った?」
「そのままの意味だよ。来てほしくなかった。私は一人でこの場所に居たいんだ」
ルナは温室を自分の部屋のように見渡す。
花壇に並ぶまだ小さなハーブも、柱に巻き付き天井を目指す蔓も、魔法学校の歴史を語る大きな木も全て彼女の物だと言わんばりであった。
「なんで一人にこだわる?一人でなければいけない理由でもあるのか?」
「それは君には関係ないよ」
「俺はお前と同じ植物委員だ。今は俺とお前は仲間なんだよ!」
ローランの声が温室に響く。
少し熱くなってしまった。
「あのさ、勝手に仲間とか言わないでくれるかな!そんなこと言われても嬉しく無いし、仲良くなりたいとか思わない!私は一人が好きなんだ、一人でいたい。皆に嫌われていたんだよ」
ただ、それに呼応するようにルナも熱くなっていたようだ。
本当は昨日で付き合いを終わらせるつもりだったのだろう。
わざと素っ気ない態度を取り、他人のふりというすぐにバレる嘘をつき、嫌なら来なくて良いと提案する。
全部彼女が何かを守るためについた嘘なのだ。
だから、この熱く話す内容もローランは分かる。
「それ、全部嘘だろ」
図星だったのかもしれない。
徹底した拒絶を見せていた彼女の表情が一瞬曇ったのを感じた。
しかし、その表情はすぐ元へと戻る。
「嘘じゃ無い」
それも嘘。
「私に構わないで欲しい」
それも嘘だ。
「ルナ、お前何か隠してるんじゃ無いか?」
ここまで人と距離を置こうとしているのは異常である。
協調性を磨く学校の根本を否定しているような物だ。
それほどまで彼女をつき動かせる物がある。
単なる植物好きでこの温室を守りたいから?
いや、全学生に開放されているのだからそれは考えにくい。
それでは彼女自身に何かあるのか?
「ごめん、私もう行かないと。えっと……今日日直だったんだ」
ルナが取った行動は逃げるという選択肢だった。
ルナはローランと目を合わせようとせず、その場から立ち去ろうとする。
ルナは温室の奥にいたため、ローランを横切る。
しかし、話は途中である。ローランは行かせまいと彼女の手首を握り、引き止めようとした。
その時に感じた。彼女への違和感。
彼女には無かった。身体の重さというものが。
まるで綿人形のように軽い彼女の身体はローランの少しの力で引き寄せられる程弱々しかった。
バランスを崩してローランに寄りかかるルナ。
顔は伏せており、表情は見えないがいい顔はしていないだろう。
ただ、ルナの身体を支えて改めて分かる。
ルナは身体は『中身の無い空っぽの人狼』であった。
それが何故とは分からない。
しかし、その人狼からは人としての重さは一切感じられ無かった。
一瞬沈黙が流れたが、すぐにルナは弾かれたようにローランから離れ、その場を逃げるように去っていってしまった。
ローランはその手に残る違和感に不気味さを感じながらも、ルナという少女について興味を持ってしまった。
何故、そんな身体になってしまったのか。
ルナはどういう人なのか、少し調べてみようと思ったのだった。




