一話 夢と現実
ーーー「ママー!!あけてよー!!!あついよー!!」ーーー
小さな子供、2歳くらいだろうか
車の後部座席から必死にドアを叩いている。
扉にはロックがかかっている、まだ小さい彼女は開け方すら知らないのだろう。
「あついよー・・ママー・・・パパー・・・」
泣きながら助けを求める声も暑さと喉の渇きからだろうか、女の子の声は徐々に小さくなっていく。
さっきまで勢いよく叩いていたドアも、今では力なく揺する程度で触っているだけだ。
「ま・・ま・・・のどか・・・わ・いた・・よ・・」
女の子はドアを叩くのを諦めシートの上にぐったりと寝そっべってしまった。
涙すら乾き、雫の一滴さえ出す事ができていない彼女は生きることを諦めてしまったのだろうか・・・
いや。もう助けを呼ぶ力も叩く力も残っていないのだろう。
焼けるようなシートの上でうずくまり
か細い声で最後まで彼女は両親を呼んでいた。
ーーーそして彼女はそのまま泣きはらした顔で眠りについた。ーーー
「また・・・嫌な夢だ・・・」
汗でベタベタになったパジャマが体に張り付く。
夏の朝、暑くよく晴れた晴天の青空、窓からは生ぬるい風が入ってくる。
私はベッドから起き上がり下着までベタベタになってしまったパジャマ姿のまま洗面台へ向い服を脱ぎ捨て浴槽へと向かった。
「・・・」
シャワーで全身の汗を流し、浴槽内で歯磨きをする。
最近、私の朝はいつも汗を流すことから始まる。
嫌な夢を近頃見るようになってから寝汗がひどいのだ。
鏡に映った私の顔は実年齢よりも5歳ほど老けて見える・・・
「今日も頑張らないとダメだよね」
鏡に映る私に問いかける。
もう十分頑張っているよ。と言ってくれる人はいない。
シャワーを浴びた私は髪を乾かしながら今日も『あの子たち』に謝る言葉を考える。
心からの言葉を選び、髪も乾かし終え
着替えを済ました私は和室に向かい仏壇の前で手を拝んだ。
「えりちゃん、おはよう。ママ今日も頑張ってくるね。」
娘の絵理香は三年前の夏に死んでしまった。
いや、死んでしまったではないか・・・
正確には私が殺してしまったのだ。
少しだけなら数時間だけなら大丈夫と思っていた私は娘を殺してしまった。
今考えてもどうかしていた、私はママ失格だった。
買い物に出かけ車で寝てしまっていた絵理香を起こさず
少しだけならと、私は絵理香を車内に放置し買い物をした。
夏の炎天下の車内に子供を放置し私はショッピングを楽しんだのだ。
早く戻ってあげないととは思いつつも、時間の経過は自分が思っている以上に進んでいた。
そして戻った時にはもう手遅れだった。
クーラーをつけておけばよかった。どうして連れて行かなかったのか。
無理やり起こせばよかった。私が死ねばよかったのだ。
色々と考え後悔しても後の祭りだ、1日中泣きはらし懺悔したが殺してしまったのは私だ。これは事実だ。
もう娘はかえってこない。この現実を受け止めるしかなかった。
生きていたなら今年で5歳になる娘。
三年前の出来事だが私は一生後悔を続けるだろう。
「じゃあママもういってくるね。」
そう私は娘に言って仏壇から離れた。
急いで支度をしないと会社に間に合わない。
パパッと用意をしつつ朝食もとる。
今日は少し思いふけりゆっくりし過ぎてしまった。
「今日も一日頑張ろう」
そう自分を鼓舞し、私は支度をすませ家を出た。
いつもと変わらない日常、子供達が通学路を歩きながら毎日登校している。
隣のおじいさんも相変わらず毎朝挨拶してくれる。
何気ない日常、ポッカリあいた心の隙間を埋める術は、残酷に流れ行く時間の経過とともに忘れてしまった。
変わってゆくのは死に慣れ過ぎてしまった私の心だけだった。