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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

人外少女シリーズ

人外を憎む女剣士が仇討ちをしたら運命の歯車が動き出す話【人外少女シリーズ】

掲載日:2020/01/19

 ここはとあるダンジョンの中。点々と続く赤い血。そして、切り落とされた毒針のある尻尾。人外の尻尾だ。


「ぐ……くう……」


 とある人外娘が追い詰められていた。


「おいおい、このアタシ、人外殺しのファリッサ様から逃げられるとでも?」


 数多の人外娘から剥ぎ取った革で作ったブーツが、這って逃げる人外娘の体を踏みつける。


「ぎゃあ!」


「ハハハ……いい気味だな。オイ。まだ死ぬなよ。質問に答えろ。誰を食い殺したか覚えているか?」


 大きな体も虚しく、歴戦の女剣士ファリッサに踏みつけられてなす術もない人外娘は、息も絶え絶えに言った。


「お、覚えてない……食べてしまった相手なんて……忘れたいくらいなのに……」


「ッケ! どいつもこいつも似たようなこと言いやがる……」


 ファリッサは人外娘の切れた尻尾の傷口を踏みにじる。


「ぎゃああああああ!!」


 そしてこう問いかける。


「じゃあよお、この剣に、見覚えはあるか?」


 人外娘は痛みに耐えながら身をよじってファリッサを見上げた。


「あ! その剣は……っ!」


 ファリッサはニヤーっと笑った。


「ほう、見覚えがあるか。じゃあ、お前が『アタリ』だな。百匹目にしてめでたいことだよ」


 人外娘は恐れ慄いた中に驚愕を混ぜ込んだ表情で、


「ま、待って、あなたは……」


 と言いかけたが、


「死ね!」


 すぐにファリッサの剣に、その脆い人間部分の顔を貫かれた。


 ※※※※※


 仲間の集まる酒場でファリッサは拳を高く掲げた。


「ついに仇の人外を討ち取ったぞ!!」


 歓声が上がる。口々に囃し立てられるのは、人外を殺せ、だの、根絶やしにしろ、だの、そういうセリフばかり。そう、ここは人外に恨みを抱く者の集まる酒場。みな、肉親や思い人を人外娘に食われた者たち。


「これがその証拠だ! あの人外め、こんな上等なペンダントを持ってやがった!」


 ファリッサは戦利品を掲げる。あの仇と判断した人外娘の持ち物だった。


 祝いの宴は深夜まで続く。


「ファリッサ。まずはおめでとう。ついにやり遂げたんじゃな」


「ジジイ……」


 酒も眠気を誘うのみになった頃、育ての親であるゴルデル爺が話しかける。


「ついに、ついに、じゃな。本当に。さっきお前が言ったその人外の特徴を聞いて確信したぞ。間違いなくワシが見たのはそいつじゃ。お前の父を食らっている最中の地獄の光景を今でも思い出す」


「おう、そーかい」


 ファリッサは記憶にないはずの光景を思い浮かべる。彼女はゴルデル爺に拾われたのだ。通りすがりに彼女の父らしき人物が食われているところに出くわし、泣き喚く赤子の身であったファリッサと、傍に落ちていた剣を拾って逃げてきたのだという。


 以来、剣はファリッサにとって守り刀であり、形見であり、いい訓練の道具であった。彼女はそれを振って卓越した剣士になったのだ。


「いやあ、ここまで本当に世話になったよ、ジジイ」


「なに、お前はこのないワシにとって実の子同然じゃ。本懐を遂げられて嬉しく思うぞ。どうじゃ。そろそろ夫を見つけて剣を置くのは」


「んー、どうしよっかなあ」


 ファリッサは杯を弄びながら考える。これからの人生、か。


 寝ぐらへの帰り道、不埒な夜盗を軽くいなしつつ隠れ家の戸を開ける。


「ああ、師匠。お帰りなさい」


「なんだ、まだ起きてたのか」


 アナン。いい子だ。いい弟子だ。ファリッサはそう思った。拾い上げた孤児である彼が身の周りの世話もしてくれる。稽古をつけてみると、なかなか筋が良かった。


「師匠、当たり前じゃないですか。今日はめでたい日ですよ」


「フッ、ありがとよ。まあ、これから色々考えないとな」


「何をです?」


「馬鹿野郎、人生だよ。もう目的は果たしたんだ。このまま生涯現役の人外狩りって道も悪くないが、少し気が抜けた。おめーもあんまりアタシにばかりかまってるんじゃないよ」


「……そういうことですか。それなら、僕も考えがあるんです。紹介したい人がいます。恋人、なんです」


「オメーが? アナン。恋人? おいおい、大人になったなあ」


 アナンは照れ臭そうに笑った。なんでも、その恋人と身を固めて剣のマイスターになるのだという。


「ケッ、アタシだけ一人ぼっちかよ」


 数日後、アナンが出て行った家で、だらだらと過ごしていたファリッサ。ふと、体の異常に気付く。今まで気を張っていたのが、急に緊張がほぐれたせいだろうか。


 手のひらをみる。


 なに?


「…………え?」


 それは、虫のような甲殻に覆われていた。


「うわああああああああ!!」


 これはなんだ!? 今まで百匹の人外を狩ってきた呪いか!? いや、そんなのは聞いたこともない。だが知識としては知っている。人外の血を引くものは、遅かれ早かれ、やがて人外に変身できるようになり、そして……人を食うようになる。


「まさか、まさかまさかまさか」


 しかし、二十五歳にして初めて自分の体の秘密に気付くというのは、なかなか珍しいケースだ。普通は思春期にはもうそうなるのだ。


 ※※※※※


 それからファリッサの自意識は変化せざるを得なかった。自身の中にある炎を自覚する。それは人を目にするたびに燃え盛った。


(食べたい……)


 そういう感情である。まさに、人外に宿る感情であった。


(間違いなく、自分は人外になるのだな)


 今まで憎んできた対象に、自分がなる。絶望以外の何物でもないが、不思議と穏やかだった。ファリッサはもう人生に目標を失っていたのだ。このまま、誰かを食い殺してしまう前に、自殺でもするか。


 そう思っていた。


「師匠、連れてきたよ」


 いつもの酒場で、アナンはファリッサに恋人を引き合わせることにしていた。


 テーブルで待っているファリッサの下に、アナンが女性を連れてくる。二十歳になるかならないかとといった妙齢の女性だった。


(あれ? こいつ……)


 一眼で分かった。ファリッサにしかわからない感覚である。ニオイ、とでもいうのだろうか。もちろん実際に嗅いでわかるものではない。一挙手一投足、目線の投げかけ方、とりわけ周りの人間への視線。そういうものに、あるシグナルが現れていた。


(こいつ、人外娘だ)


 アナンが連れてきた、メーベルと名乗る女性を、ファリッサは間違いなく百パーセントの確信でもって人外娘の人間モードだと判断した。


(まさか、弟のように大切に思う弟子の結婚相手が人外だとはな)


 極めて微妙な感覚ゆえ、この場では歴戦の彼女しかそれに気づかなかっただろう。しかし、もうファリッサには関係のないことだった。もう、どうでもいい……。


 話は弾んだ。


「ああ、ファリッサさんって、そんなにすごい人なんだ」


「そうだよ! 人外を何体も、百体も倒してるんだ!」


 メーベルは少しだけ顔を引きつらせたのをファリッサは見逃さない。こいつ、なにを考えているんだ、と、警戒する。よくアナンと結婚する気になったな。人外の女性が偽装のため人間の男と結婚し、都市に潜伏するケースもある。いや、単純に接近して食う気か? もしそうなら……。


「そうだ、師匠! あの仇の人外のペンダント、もう売っちゃいました? いい商人が知り合いにいるんです! そいつならきっと高値で……」


「ペンダント?」


 メーベルが反応する。そこに妙なものを感じるファリッサ。


「なあ、ペンダントが気になるのかい? お嬢さん」


「いや、あの……」


 それっきり黙り込んでいるメーベル。ファリッサがポケットから例のペンダントを出して見せる。見る見るうちにメーベルの顔は青ざめていくが、それに気づいたのはファリッサだけだ。


「なるほど! これならほんと、高く売れますよ。きっと人外が盗んだ物に違いありません、師匠が売っても……」


「違う」


 メーベルだった。アナンは不思議そうに、


「なにが違うの?」


 と言った。ハッとしてまずいことを言ったと気付くメーベル。


「なあ、お嬢ちゃん」


 グイと身を乗り出すファリッサに、少しだけ怯えた様子を見せるメーベル。ファリッサはニコッとした。


「ちょっと秘密の話しよーぜ。なに、心配はいらねーよ。弟同然のアナンを預ける相手なんだ。ちょっと腹を割って話したいのさ……」


 ※※※※※


「お前、人外だろ」


「………………はい」


 誰もいない路地を歩きつつ、ひそひそ声で話し合う。メーベルは死刑台の死刑囚のような顔で答えた。


「やっぱりな」


 ファリッサはそんなメーベルの様子を見てため息をつく。


「いいんだ。ほら。この腕を見ろ」


 ファリッサは素肌を見せると、少しだけ気を緩ませた。途端に、腕から虫の甲殻が現れ、右腕全体が覆われる。メーベルは驚いて口を覆った。


「笑えるだろ? 自分を人間だと信じて、百匹、人外を殺した後で、自分がその血を引いていることを知るなんてな。……アタシはあんたの仲間だよ。メーベル。人を食いたい気持ちも大いにわかる」


「そんな……」


「だから、なあ、一つだけ約束してくれ。アナンだけは、アナンだけは食わないでくれると約束してくれるか?」


 メーベルは身を翻らせてファリッサの前に立ち塞がり、そしてひざまづいた。面食らうファリッサ。


「もちろん約束します! 私はかなり自分の衝動を抑制できる個体ですから……、でもそんなことより!」


「ん? どうした?」


 メーベルもまた、手を見せ、甲殻を出して見せた。驚いたことに、その色も、ツヤも、ファリッサのものと瓜二つだった。


「なっ……!?」


 ファリッサは驚いた。このことが意味するのは……。


「あなたは、私の妹です。ファリッサ……」


「なんだって……?」


 ※※※※※


 人外は、一度人外になると、その年齢の見た目でしか人間形態になれなくなる。つまり二十歳に見えても、二十五歳のファリッサよりメーベルは年上なのだ。そして甲殻などの身体的特徴は、同世代の同じ血を引く間柄であることを示した。


「ま、待てよ。ちょっと待て。もしかして、そうすると、お前がさっきペンダントの話に反応してたのを合わせて考えると……もしか、もしかして……」


「その剣を、よく見せてください」


 剣を渡すファリッサ。メーベルはまじまじとそれを検分する。ふと、つかのくぼみが気になるようだった。


「お母さんから聞いていた通りだ……。ペンダントを貸してください」


「貸す、なんてんじゃない。返すよ」


 ファリッサは大体どういう事情かもう察している。


「……ありがとうございます」


 礼を言うメーベル。彼女はペンダントを受け取ると、それを剣の柄のくぼみに合わせる。それはぴったりと合った。


「まさか……これは私の父の剣なんだぞ?」


 ファリッサは驚く。このことが指し示すのは……。


「はい。知っていることを、悲しい事実を確認しなければならないようですね。我が妹ファリッサよ……」


 ※※※※※


 二十五年前、ファリッサの父はある人外娘に食われた。それは人外娘がついに衝動を抑えきれなくなったためで……事故のようなものだった。幸福が彼女にとってのトリガーだった。二人の子供が生まれて、なに不自由ない幸福な生活。それが彼女を狂わせたのだった。理不尽なことである。


 そして愛する夫を食べている間に、通りがかりの中年男性が夫の剣と愛する乳飲み子の娘を連れ去った。彼女に残されたのは家に残してきた七歳の女の子だけである。


 彼女は残されたたった一人の娘にこう言った。


「お前には七歳歳の離れた妹がいるんだよ。お前には早くに人外化の兆候が現れたけど、きっと今度の娘は父親似だから、もっと遅いかもしれないね。まあ、もう確かめようがないけど……。もし、もしあの剣を見つけたなら、きっとこのペンダントが合うはずなんだ。そうだ、今度このペンダントを、メーベル、あなたに譲るわ。でももう少し母さんに持たせておくれ。愛するあの人の剣の柄から切り離した、大事なペンダントだからね……」


 路地に座り込んで、大体このような話を、メーベルはファリッサに語った。


「そ、そんな、やっぱりアタシは……仇と思い込んで実の母親を……殺してしまったのか」


 メーベルはわななき頭を抱えるファリッサを抱きしめた。


「……そのことはもういいんです、愛する妹よ。こうしてもう会えたんだから。それより、心配するべきは、最初の一回目の変身です」


 人外が人生最初の変身をするとき、必ず暴走するのだと言う。そして、愛する人を確実に食い殺してしまうのだという。


「そんな……いや、でも、アタシに愛する人なんて。あのアナン少年は大切だけどよお……」


「肉親が一番危ないんです。多分、ファリッサは大丈夫だと思うけど」


「そ、そうだよな」


 しかし将来、好きな男ができたなら、トリガーが入り、暴走しないとも限らない。


 とにかく今は、それに備え、ファリッサとメーベルは毎週会って連絡を取り合うことにした。


 ※※※※※


 数週間後、ゴルデル爺の六十五歳の誕生会があった。この地域でその年齢の誕生会は、特別なものだ。家族だけでの祝い。古希の祝いのようなものだ。この公衆衛生の観念のない世界において、そうそう達成できない長生きを讃えるのである。ファリッサとゴルデル爺は、血が繋がっていないとはいえ、仲睦まじく親子で祝いの酒を飲んでいた。


「ジジイ! おめでとさん!」


 最近の憂いをすっかり忘れて、ファリッサは杯を高く掲げた。


「ワッハッハ。やっと人生折り返し地点かのう」


「長生きしろよ!」


「……なあ、ファリッサ。本当にありがとう」


 いつもは厳しいゴルデル爺からの意外な言葉に、肩透かしを喰らったような気分になって、ファリッサは、


「な、なんだよ気持ちわりーな」


 と言った。ゴルデル爺は真剣な顔で、


「いや、戦いしか知らんワシの下にやってきてくれた、お前は天使じゃ」


「おいおいおいおいやめてくれよー」


「あの夜の話、本当のところを言おうか」


「ん?」


「あの夜、お前を拾った夜、ワシは本当のところ、お前の仇を斬ってなおかつお前を助けることはできた。父親は無理でもな」


「……ああ」


 ファリッサは複雑な気持ちで返事をした。ゴルデル爺の話は続く。


「しかしな、万一でもお前を救えなかったらと思うと、戦闘の余波でお前に危害が加わると思うと、できなかった。ワシはお前を最優先に考えたのじゃ。あまりに、あまりに可愛くてのう……」


 ファリッサは顔が熱くなるくらい照れた。


「お、おう」


 ゴルデル爺はファリッサを見つめて微笑んだ。


「ありがとう。お前はワシの自慢の娘じゃ」


 酒を浴びるほど飲んで、酔い潰れた頃、ファリッサはゴルデル爺が、愛する彼女の父親が寝入ったのを確認すると、雪降る外に出て、夜空を見上げ、こう思った。


(ああ、幸せだなあ)


 その瞬間、彼女の体が大きく変化した。


 ※※※※※


 ゴルデル爺は外の大きな物音で目が覚める。目の前に愛する娘はいない。何事か、と思い、娘が置いて行った形見の剣を手にし、外を伺う。そこには……。


(ぐ、ぐう、身体の自由がきかない、声も出せない、顔も……完全に甲殻で覆われている!? どうしよう!?)


 初めて完全な人外の姿になって、混乱するファリッサの姿があった。


 ゴルデル爺は信じられないものを見たと思い、娘の剣を抜いた。


「その見た目!! まさしくあの時のファリッサの父親を食っていた人外の姿! ファリッサ自身が討ち取ったのではなかったか! 傷を癒して復讐に来たのだな!? 覚悟するんじゃ!」


 そう言うと、老体に鞭打ち、怯まずに斬りかかった。ファリッサもファリッサで、人外の体は制御が効かず、ハサミのようになった腕を振り回す。


(ち、違う! う、うわあああああああ!!)


 この悲惨な戦いの結果を記す必要はないだろう。


 ファリッサは、これは母を殺した罰なのだと思った。

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