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ダンジョンものまたは国造り

1話


 カタカタというパソコンを叩く音が響く。先ほどまで居た人もほとんどが既に帰宅した。 


 そこには、会社に残りただひたすら目の前の図面を作成することに集中している青年が一人いるだけだ。


 その時、ガチャリとオフィスの扉が開かれる音が聞こえた。


「ん? 電気が付いてるから何事かと思いきや……大橋くんか」


 ちらりと声がした方を見ると、一人の男性がオフィスの中に入ってきたところだった。


「あ、部長でしたか。お疲れ様です。今帰りですか?」


「いやいや、一回家に着いてから鍵を忘れてきたことに気がついてね。わざわざ戻って取りにきただけだよ。そうじゃないとこんな時間に会社に来たりしないさ」


 部長はあったあった、と言いながら机の中から一本の鍵を取り出す。見つかってホッとした様子を見せる。


 パソコンの右下を見てみると、もうすぐ日付が変わるかどうかの時間が表示されていた。


 大橋は、いつの間にこんな時間になっていたのかと思いながらも、まだ作業は続行する気のようだ。


「確かにそうですね。もう会社には俺しか残っていないと思いますし」


「それはそうと、大橋くんはなぜこんな時間まで会社に残っているんだい? 残業は長くても三時間までという注意が出ているはずだよ?」


 そういえば先週そんな注意が出されたばかりだった気がする。

 だが、大橋は問題ありませんと答えた。


「タイムカードはとっくに切ってあるので今は労働時間に含まれてませんから注意は来ないですよ」


 その答えを聞き、部長はため息をつく。


「はぁ……。どこの世界に進んでサービス残業をする人がいるのか……」


「良いじゃないですか。それに、もうすぐ完成するんですよ、全体像が」


「そうか……。まぁ、ほどほどにしておきなさいね」


 そう言って部長はオフィスから出て行く。先ほどと同じ状況へと戻っただけなのに、何故だか急にとても静かに感じるオフィス。

 大橋はもうひと頑張りと、気合を入れ直した。


「よし、頑張るか!」


 大橋こと大橋堅助(おおはしけんすけ)は、今年で入社三年目となる社会人だ。


 一流大学でマーケティング戦略や都市計画を専攻し、就職したのはこれまた一流企業。そして超ホワイトだった。


 完全週休二日ではないものの、週休二日の残業代全支給。無理な仕事は社長がキッパリと断り、年齢役職に関係なく正当な評価を受けることができる。


 上司が行う強制的な飲み会は存在せず、無駄なセミナーも意識改革を宣う新人研修も一切ない。


 そして、セクハラパワハラは報告すれば即対処されるらしい。

 ここでらしいという言い方をしているのは、堅助が就職してからそのような出来事を見たことがないからだ。


 最初はそんな方法でやっていけるのかと思っていたが、社長は定期的に大きな仕事を取ってくる。


『自分が持つ宝の状態を気にかけないものの財産は増えることはない』


 社長曰く、社員が万全の状態でこそベストな結果を出すことができる。そこで得た評価こそが次の仕事につながる、と。


 堅助の会社は主に国から仕事を受け、設計から施工まで全てを行う大企業だ。


 国からの仕事は、基本的にいくつかの大企業が集まり、国から出された予算をどれだけ削ることができるかという施工計画を提出して、その金額が最も少ない企業に回される。


 社長はそこで無理して予算を削ることで仕事を取ったりせず、正当な報酬でしか仕事を受けない。


 社長は削った予算をサービス残業などで使い潰す企業をブラックと揶揄い、自社の社員を宝と呼ぶ。


 社長は様々な名言を残している。


『ブラックが宝を潰すのならば、私は宝を磨く』


 ブラック企業が社員に無理をさせるなら、私は社員を育て上げる。


『宝を宝だと気がつかない者はただの愚者だ。変革を認めぬ者は滅びを待つのみ』


 容姿、性別、髪型、前職に勤めた期間、それらはいらない情報。閉じ込められた個性で判断をするな。必要なのはその者の能力とやる気があるのかどうかだ。


『磨かれた宝を買っても意味がない。原石を見つけることこそ必要な技術』


 安全策を失敗を恐れるな。失敗させろ、だが叱るな。失敗を経験した若者が次代を継ぐのだから。


 様々な名言の中でも、これらが今の堅助を形作っていると言ってもいいほどにいい影響を与えていた。


 それは、会社に入るまで、誰に何を言われようと辞めることのなかったオタク趣味をキッパリと辞めて仕事一筋になるほどに。


 そして彼は有り余る時間とお金を全て資格の習得に使った。大学でも一切習っていない建築や土木などですら、自分が少しでも関わる分野なら手を出した。


 その結果、堅助は入社三年目にしてプロジェクトリーダーを任されることになった。


 プロジェクトの内容は大規模都市開発。コンセプトは災害に負けない多目的都市。その図面が今完成した。


「よしっ! 完成だ!」


 図面を計画書と纏めてPDFにして保存する。時計を見るとすでに完全に深夜になっており、終電もとっくに過ぎている。


 始発までどうやって時間を潰そうか考えていたその時、メールの受信音がなった。


 こんな時間に届くのだからどうせ広告などだろう。どうせやることもないと思い、とりあえず開いてみることにした。


『パンパカパーン! 適性診断テストを始めます! 問題は全部で百問! どんどん質問に答えてね!』


「……は?」


 メールを開いて現れたのはデフォルメされたケモ耳をつけた女の子。

 クラッカーを打ち鳴らすような動きをしてから吹き出しに文字が現れた。


 そしてそこにはズラーっと質問が並べられていた。


「まぁ、暇つぶしにはなりそうだし良いか。えっと、第一問。街を作る時は何から作るか? こんなもん聞いて何の適性を診断するんだよ……」


 もしも詐欺のような文章が出たらブラウザバックすれば良いと考え、堅助は次々と質問に答えて行く。


 時々現実離れした変な質問も混ざっているが、どうせ暇つぶしだからとあり得ない質問にも真面目に答えておいた。


「えっと、もしも異世界に行ったら人を殺すことができるか? 悪人なら殺せるで良いのか?」


「んで、次が魔法があったら使いたいか? か。いやまぁそりゃ使えるなら使ってみたいだろ……」


「好きな種族? ん? 空想上でも可か……。なら獣人かな? 一番好きなのは猫人族っと」


「……最後はパソコンっと、よし! 終わったああ!」


 百問というのは意外と短く感じられ、一時間ほどで全てを記入し終えることができた。


 すると、パソコンの画面に変化が起こり、デフォルメされた女の子が太鼓を叩き始める。正直、音がないせいでとてもシュールだ。


 そして、太鼓を叩き終わると一枚のプレートを上に掲げた。


『貴方の職業適性は王です! その中でも【賢王】、国を発展させた賢き王としてその名を残すでしょう!』


「はっ、馬鹿らしい。もう王が存在してる国の方が少ないし、予算の問題もある。まぁ、暇つぶしにもなったし……ん? まだ続きがあるのか?」


 閉じようとしたところ、デフォルメされた女の子が焦ったような様子を見せてから下にスクロールするようなジェスチャーをした。


 堅助は、その動きに合わせてスクロールをしてみる。すると、案の定と言っていいのか、まだ下に文字が続いていた。


『王様、どうか私たちの国を作ってください!』


 その文章とともに、貼り付けられた複数の画像があった。その一枚を開いてみる。


「……なんだこれ……。ゲームか……? 最近のゲームはここまでグラフィックが上がっているのか……?」


 そこには、写真のように精巧に作られた森とそこにひっそりと暮らしているように見える獣人の姿が写っている画像や、同じく写真のように精巧な街と、馬車に乗る貴族らしき姿や物を売る普通の服を着た人々が写っている画像などがあった。


 精巧な画像を見て堅助が創作と判断した理由は、獣人が存在するはずがないということと、人々が住む街並みが中世のような造りのものばかりだったからだろう。


『王様の力で私たちを救ってください!』


「ここ二、三年でゲームはこんなに凄いことになってたのか……。でも、なんなんだ? この選択肢は一体……」


 画面にある選択肢は二つ、『王になる』か『王にならない』か。はっきり言って謎である。


 馬鹿らしくなり閉じようと思ったが、やはりそのグラフィックの高さが気になった。

 設計アプリでもここまで精巧には作れないし、あまりにもリアルな光景。

 堅助の夢は安心して暮らすことができる理想の国を作ることだったが、夢はただの夢で目標として理想の街、すなわちこの図面を完成させた。

 だがもしも、ゲームの中だけでも理想の国を作り上げることができたら? そんな思考が生まれたことによって閉じようとしていた手が止まった。

 ゲームならば予算も資材も関係ない、そして時間も関係ないだろう。


「ま、期待外れだったら辞めれば良いだろ!」


 『王になる』というボタンを押した瞬間、パソコンが直視できないほどに光り輝く。

 光が収まったと思い目を開くと、そこにはデフォルメされてパソコン画面に存在していたキャラクターのモデルになったであろう獣耳の少女が真っ白な部屋の中に立っていた。


「ご決断くださりありがとうございます! 堅助さん!」


「……は?」

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