2.兄妹ものまたは条件無双、脇役もの
剣と剣が打ち合う音が響く。歓声は一切なく、時が止まったかのようにそれを見守る。響くのは実況の声だけだ。
「東ブロックにいるのは我らがストライド王国が騎士団長! ヘルベルト=フリッチ! 相対するは謎のローブの男! 細身の体躯から繰り出される剣はなんとヘルベルト選手と拮抗する威力! 身軽な体を自在に使いこなし、ヘルベルト選手と互角に打ち合う! 一体誰だ! 誰なんだ! 彼の正体は誰なんだああああ!?」
どうせどこかの国の騎士団長が優勝する、例年通りの展開になると、誰もが思っていた。
騎士団長は第一シード、相対するローブの男はノーシード。どうせ第一シードと第二シードが戦うことになる、そう考えられていた。……第二シードがローブの男に負けるまでは。
フロティアと呼ばれるこの大陸では年に一度、戦争中の国も内乱中の国も関係なく行われる武術大会がある。
参加資格はなし、知能さえあればヒトも竜人も獣人も誰でも参加することができる。例え奴隷でも参加したいと願えば参加を認められる、それがこの降神戦だ。
はるか昔、悪神とヒト種との戦いである人神大戦が起きた。栄えていたヒト種は、突如現れた想像上の生物であった魔物や魔族などの悪神の眷属に為す術なく敗れた。
文明は破壊され、文化を消されたヒト種は魔物から隠れて生きるしかなかった。しかし、そのヒト種を憐れんだ大神と呼ばれる神がその力を賭してヒト種に能力を与えた。
反撃を開始したヒト種が悪神を消滅させることに成功した日こそ降神戦が行われる日であり、この大会は、神をその座から引きずりおろすこと即ち、降神させた男女二人組から取って男女それぞれのヒト種最強を決める大会である。
「随分と身のこなしがうまいな。それに力も強い。お前、ただの人か?」
「……」
「例えその力が禁呪でもドラッグでもなんでも構わない。この大会は勝ちが全てなんだから……なァ!」
ヘルベルトの鋭い剣がローブの男に迫る。
だが、ローブの男はいとも簡単に剣を受け流す。まるでヘルベルトの剣が柔らかい布を叩いているかのようにローブの男は回避した。
まるで舞うように、ローブの男が回転しながらカウンターを仕掛ける。
バク転と同時に繰り出した横薙ぎの剣はいとも簡単に弾かれる。
だが、それでは終わらずにその勢いのまま一回転をしながら再度剣を放つが、その攻撃すらもヘルベルトはたやすく対応してみせた。
ここまで、ヘルベルトは自身の速度を活かした鋭い一撃で勝ち進み、ローブの男は舞うような剣術で敵を翻弄しながら勝ち進んできた。
だからこそ互いに分かる。眼前にいる相手こそが、この大会において自分以外で一番強いと。
ローブで顔を隠しているのには何か理由があるのだろう。見せられない事情があるのかもしれないし、聞くこと自体良くないかもしれない。
だがしかし、ヘルベルトは問いかけられずにはいられなかった。
「お前は一体、何者だ?」
「……」
ヘルベルトの問いに対してローブの男が返したのはただの沈黙だった。分かっていたことだが、答えは分からない。
ならば、自分でその正体を暴くのみだ。
この大会においては卑怯ですら褒め言葉となる。だから、ローブの男が隠している素顔を暴いたとしてもなんの問題もない。
「答えない……か。ならばそのローブを破壊するのみだ! 悪いが俺が使えるのは剣だけではない! 『風よ! 我が意志に従って 敵を切り裂きたまえ! 【ウィンドカッター】!』」
「……!?」
ヘルベルトの詠唱が終わると同時に風の刃がローブの男に襲い掛かった。わずかに反応が間に合わず、ローブの端がはらりと切れて、白銀に染まった髪が露出した。
ローブが脱げないように再度フードを深く被り直してから、ローブの男も魔力を集中させ始めた。魔法を使うつもりなのだ。
「両者一歩も譲らない戦い! 最初に傷を負ったのはローブの男だああああ! ヘルベルト選手の魔法によってついに攻撃が通りローブが切れた! このまま為す術なく負けてしまうのか!? はたまたまだ手は残っているのか!」
「『…… …… …… 【……】』」
ローブの男がぶつぶつと呟きながら手を上に掲げ、空中に火の鞭のようなものが現れる。そして手を振り下ろすと同時に火の鞭がヘルベルトに向かい、右腕に巻き付いた。
「……ガッ……! ……くっ……! わざと手を狙った……かぁ! 面白い! どっちの方が持つか勝負と行こうじゃないか!」
「……」
その沈黙を肯定と受け取ったのか、ヘルベルトは再び詠唱を開始する。それに合わせてローブの男もぼそぼそと詠唱をし始めた。
「魔法を打ち合うヘルベルト選手とローブの男! 未だ破れないこの男は一体何者なんだああああ!?」
次々と繰り出される魔法。しかしその刃は両者に届くことは無い。両者のほぼ中央で相殺されている魔法の数々、まさに互角、一歩も譲らない。
五分、十分と経過していき、永遠に続くかと思われた魔法の撃ちあいは、突然終わりを迎えた。
ヘルベルトが魔力を衝撃として飛ばし、ローブの男から距離を取ったのだ。
「このままでは決着が着きそうにない……か」
「……」
そう。この戦いはまさに一進一退、実力は互角。どちらかが押せばもう一方が押し戻す。
決着がつく事はないだろう。そう、このままでは。
この戦いにルールはなく、生死も関係ない。ただ、勝った方が正義。
なぜなら、ヒト種が神に勝つためには正攻法など選べるはずがなかったから。
だから毒も罠も搦め手だってなんだって使っていい。ブーイングも一切起こらない。だから、防ぐことができない一撃を使ったって一切問題はない。
「まさか、今年もこれを使うとは思っていなかった。お前は今年の出場者の中で最も強い。だが、残念ながらこれで終わりだ。はあぁぁぁぁぁあ!」
ヘルベルトはその魔力を解放し、制御する。吹き荒れる魔力の奔流、会場にいた全てのヒト種がヘルベルトが何をしようとしているのかを理解した。
静かだった会場に一気に歓声が湧く。流れは完全にヘルベルトの勝利へと傾いていた。
だが、ローブの男は動じない。ただ剣を正面に構えて受ける姿勢をとる。
「おおっと!? なんとここでヘルベルト選手は剣に魔法を纏わせた! そして……出たああああ! 英雄グランブルクが使ったとされる魔法剣! その一撃を防いだものは未だおらず! これは決まったかああああ!?」
ヒト種に与えられた能力は三つ。
魔力、精神力、神聖力。
かの英雄グランブルクは魔力を剣に纏わせて全てを切り裂いたという。魔力によって強化された剣は魔法すら切り裂き、鉄すらバターのように両断する。
だが、剣に魔力を纏わせるという方法は誰にも伝えられることなく、英雄グランブルク以外に魔法剣を使えるものは今まで存在しなかった。
それをヘルベルトはわずか13歳の時に再現してみせた。まさに天才、才能溢れる武に愛された男。
だが、彼はその才能を過信することなく努力を続けた。その結果去年、25という若さで降神戦で優勝してみせた。まさに人類最強、だが、その成長はまだまだ限界を迎えていなかった。
最強の名を手にしたにもかかわらず、彼は努力を続け更に強くなった。だが、眼前にいるローブの男は強かった。
去年のままならばもっと苦戦していたかもしれない。だが、負けることはなかっただろう。
なぜなら、魔法剣があるから。
ヘルベルトから解放された魔力が剣へと浸透していき、手元の方から剣が紅に染まっていく。
供給された魔力が解放しろと言わんばかりに、剣がカタカタと震え始める。
そして繰り出された最強の一撃、騎士団長の優勝で終わると誰もが思った。
だが、会場にはガキンッ! という人を切り裂いたとは思えない音が響き渡った。
「なっ……!? まさかっ!?」
「止めたああああ!? 一体どういうことだ!? いや、あれは! まさか! まさかまさか!? ローブの男の剣が纏っているのは魔力なのか!? あれはまさか魔法剣なのかああああ!?」
剣と魔法剣ならば魔法剣が勝つ。だが、魔法剣同士だとどうなるか。答えは武器の方が先に壊れることになる。
両者の剣が同時に砕け、柄を投げ捨てる。その衝撃で会場に衝撃が走り、砂埃が立ち込める。
二人の姿が観客から見えなくなった時、次に動いたのはローブの男だった。ヘルベルトはその時初めてその男の声を聞いた。
「『心武創造』!」
予想していたよりもずっと幼く聞こえるその声、だが、そんなものが気にならないほど目の前の光景に衝撃を受けていた。
「なん……だ……それ……は……!」
その言葉とともに突如ローブの男の手に現れた一本の剣。信じられないほどのオーラを纏っているその剣は白銀に輝いていた。
そこから先はヒルベルトの目で辛うじて追えただけだった。
踏み込む足。
眼前に迫る剣。
そして切られた感触。
血は出てこない。だが、自分の中の何か大切なものを切られた、それだけを理解して意識を失った。
ヒルベルトがあっさりと負けた。土煙の中、その光景を目にすることができた人物は一体何人いただろうか。
ある少女は立ち上がり、姿も見えぬ誰かに尊敬と羨望の眼差しを送った。
ある青年は驚愕に目を見開き、希望を抱いた。
「おおっとおおおお!? なんとなんと! ヒルベルト選手が倒れローブの男が立っている!? ヒルベルト選手が起きる気配はない!」
審判が近くに駆け寄り、カウントを取る。10カウント、ローブの男の優勝が決まった。
「一体誰が予想した! いや! 一体誰が予想できた!? 今年の降神戦の優勝者はローブの男だー! 砂埃の中何があったのか一切わかりません! だけど、立っていたものが勝者! 勝者が正義! 格好つきませんが彼が最強だああああ!」
「「「……うおおおおおおおお!」」」
静かだった観客も一気に沸き上がり、ローブの男の優勝を祝福する。
ローブの男は優勝商品であるマジックバッグとその中に詰められている大会参加国から募った宝を持って会場から走り出した。
「おおっと!? 優勝インタビューが終わる前に走り出した! 地位も名誉も捨てて走り出す! 全てが前代未聞のイレギュラーだああああ!」
優勝者に景品を進呈するはずだったストライド王国の国王と、インタビューをするはずだった各国の広報はまさかの放置で呆然とする。
実況してる場合かよ! という声が響き、警備員らしき人物が追いかけるが、この大会の優勝者に追いつけるはずもなくすぐに引き離されてしまった。
「……行っちゃい……ましたね……」
「ああ……戻ろうか……」
手持ち無沙汰になった王はこそっと自席まで戻る。
「まさに破天荒! 前代未聞のイレギュラー! 彼の優勝で今年の降神戦は幕を閉じます! あとローブの男じゃ言いにくいので誰か呼称を考えておいてください!」
そんな声が響く中、街から高速で離れて行く黒い人影が存在した。
その人影は、山を一つ超えて森に入りしばらくしたところにあった一つの小屋の前で止まった。
「はぁ……はぁ……。あのデカブツ、ボクの大切な一張羅を……」
人影から出てきた声は幼い。まるでまだ声変わりを迎えていないかのような声。
フラフラとした足取りのまま小屋の中に入り、ベッドまで近く。
「でも、手に……入れたぞ……。エリクサー……」
降神戦の優勝商品の中に含まれている、エルフの国から出された宝であるエリクサーをマジックバックから取り出す。
「これで……アリスは……治る……はずだよね……」
そう言いながらベッドに眠る何かにエリクサーを振りかけた。
それは、手も足もなく顔まで包帯で巻かれている、辛うじて胸が上下に動いていることがわかるくらいの人。
エリクサーは死していなければ全てを治す。彼はそれを救うために降神戦に出場したのだ。
それの身体が光り出して再生し始めたことを確認して、彼は意識を失った。
「契約……完了……。もう……大丈夫……だね」