22:18に着信があった。
22:18に着信があった。
こんな時間に掛けてくるのは炎上した仕事のチームメンバーかカヨコだ。
現在所属しているプロジェクトはない。
スワイプして電話に出、耳に当てて「なによ」とあたしは言った。
『あのねー、あいつに騙されたの!』
思わず耳から離す音量の声が響いた。
またか。
『今回だけはぜったいって言ってたのに!だからわたしも信じたのに!』
大体月一で聞く泥酔者の言葉を流しながら、「ああ、そう」とあたしは呟いた。
『土曜日の二時に会う約束だったの。
そしたらね、一時四十分、一時四十分よ?!信じられなくない?!もっと早くなんで言えないのよ?!』
大トラは泣いたり怒ったり忙しかった。
あたしは眠たかった。
「うん、うん」と相槌を打つ。
『ねえ、ねえ、ナオミ、聞いてる?!』
大トラは大抵耳が遠い。
「聞いてるよ」
だから大きめの返事をする。
『わたし、もう、あいつのこと信じないから!』
あー、何度目かな。
『だって、この前、あんたとヒロトが言ってたでしょう』
あれ、これは初めてのパターン。
『何回目だよって、あんたとヒロトが言ってたの。
憶えてる。
何回目だよって、あんたとヒロトが言ったの』
うん、そうだね。
『わたし、わかったの。
あいつは信用できないって。
何回目なのって、あいつ何回目なのって、思ったの!』
あたしたちはあんたについて言ったんだけどね。
『もう信じない!もうあいつなんてどうでもいい!何回目なのよ!バカにして!』
あんたもおんなじだよ。
『何回目だよってあんたとヒロトが言ったの!』
大トラが本格的に泣き出した。
『何回目だよってあんたとヒロトが言ったの!』
そうだね、それしか言わなかった。
『ねえ、ねえ、3日、憶えてる?』
甘えた声で大トラが言う。
「憶えてるよ」
少し大きな声であたしは答える。
『ねえ、ねえ、3日、どうすればいい?』
「変わらないよ。
18時半にヒロシ前。
それとも他の場所がいい?」
うふふ、と大トラが笑った。
嬉しそうに笑った。
『んーん、18時半にヒロシ前、行くから!わたし行くね!』
「じゃあまた3日にね」
『3日いつ?』
「あさってだよ」
『んふふ、あさって。
またね?』
「うん、またね。
お疲れさま」
『え、なに?』
「お疲れさまって言ったの」
『うん、そう、うん、わかった。
あさって3日ね?またね?』
「うん、またね。
おやすみ、今日はゆっくり休んでね!」
『うん、おやすみ!ありがと、あさってね!』
「うん、切るね。
おやすみ!」
不通になったのを確認してから、スマートフォンをベッドの上に投げる。
明日の昼にでもまた電話が来るだろう。
「ねえ、履歴があったんだけど。
わたし、あんたに電話した?」と。
ガラガラの冷蔵庫を開ける。
冷えたグラスとギネス缶を取り出して、注いだ。
ヒロトに連絡しとこうか。
カヨコがちょっとは理解したかもよ、って。
ひとくち飲んでからやめようと思った。
あさって会ってから。
それからでも遅くない。
守られない約束も、果たされない言葉も、要らないの。
失望なんてしていない。
失う望みももうないから。
これは友情なのだろうか。
ただの惰性で結ぶ約束。
カヨコが必要としているのは、あたしじゃなくて守られる約束。
あたしは約束という役職で、カヨコの中に登録されてる。
ただの惰性で守る約束。
それでもカヨコにとってはかけがえのないものなんだろう。
無邪気になんでも信じてしまえる人間には、約束なんて重荷だから。
何も言う必要はない。
あたしは黒い液体を飲み干した。
2缶目を冷蔵庫から取り出してから、スマートフォンを拾い上げた。
守られない約束も、果たされない言葉も、要らないの。
ヒロトにメッセを送る。
『月末どっか開いてる?カヨコと3人で飲まない?』
あたしもどうせなら、果たされる言葉が欲しい。