1章 1【お話の始まり】
初めまして。
箱庭なるかです。
ラブコメが書きたくなったので、書きます。
よろしくお願いします。
「好きよ。好きなの」
花火が上がる中、彼女の唇はそう動いた気がした。
4月6日、午前5時。
由馬の部屋に、スマートフォンのアラームが鳴り響く。
しかし、由馬の妹である四葉兎 鈴音が素早い手つきで、スマートフォンに表示されている停止ボタンをタップする。
そして、そのまま由馬の眠るベッドに入り、由馬の腕に抱きついた。
「……すぅ……すぅ……」
しばらくすると、鈴音の規則正しい寝息が部屋にふわふわと漂っていた。
同日、午前8時15分。
家の向かいにある、児童公園の木にとまった小鳥が奏でる、美しい鳴き声で由馬は目を覚ました。
「......」
変な夢を見た。妙に現実味があって、でもどこかが違う。まぁ、夢なんてそんなものだろう。そう思いながらも、由馬はその夢を、頭に留めてしまった。
「ま、まさかあいつが、俺の事......」
由馬は、夢に少し期待を抱いてしまった自分が恥ずかしくなり、髪を手でくしゃくしゃにして、少し落ち着いた顔を、無理やり作った。
「学校かー......」
棒読みになってしまった。だが、無意識のうちに出たその言葉を頭で理解すると、残念な気持ちになった。
今日からまた、学校が始まるという事実に、大きなため息が出る。ベッドからむくりと起き上がり、カーテンを開けると明るい光が部屋に差し込む。その光に、由馬は少し固まる。
「ん……? え……いや、待てよ」
目の前の明るさに、焦ることなく冷静に一度カーテンを閉める。そして、勢いよくカーテンをもう一度開ける。やはり、この明るさは街頭などの光ではない。空に、堂々と居座っている太陽のありがたい光だ。
咄嗟に由馬はスマートフォンを手に取り、時間を確認する。
8時15分
マズい。そう思った時には、すでに毛布をめくりあげていた。
「鈴音ぇ」
声が沈む。
毛布を引きはがされた鈴音は、不満げな表情を浮かべる。だが、目を開けた途端その瞳を輝かせた。
「おにいちゃーんおっはよー! いい天気だねっ! デート日和だねっ!! てことで、スズとデートしよっデート!」
その言葉は無視し、由馬は鈴音に質問する。
「鈴音、お前またアラーム消しただろ」
鈴音は動じる様子もなく、答えた。
「うん、止めたよ?」
「なにが うん、止めたよ? だよ! 俺はお前と違って、きょう始業式なんだぞ? 高二になって、初登校日に遅刻とかありえないだろ! やばいって! マジで!」
始業式の開始時間は、9時から。登校時間は、8時35分まで。それまでにたどり着かないと、校門で体育教師の片山先生に怒鳴られる。一度、遅刻した男子生徒を怒鳴っている片山先生を、教室から見たことがある。あれは、鬼の形相とかではなく鬼そのものだ。その時遅刻した、男子生徒は翌日から登校時間を絶対破らないようになった。
とりあえず、片山先生に足止めを食らうのはごめんだ。
家から学校までは徒歩で10分、自転車で5分といったところだ。自転車なら、まだ何とか間に合うだろう。
「だってスズは、まだ休みなんだよ? お兄ちゃんいないと、一日中なにもなくてつまんないもんっ!」
頬を少し膨らませ、怒ったような顔をする。
「鈴音。お前には、俺と違ってたくさん友達がいるだろ」
鈴音は、家ではだらしないが学校では学年トップの成績で、生徒会長も務める超優等生だ。それに合わせて、さらっとした長くて清潔感のある黒髪、モデルのような整ったきれいな顔立ち、スタイルの良さ。このほぼ完壁な容姿で、学校中の憧れの存在になっている。だから、自然と友達が増えていくのだ。これは、本当にうらやましい。
「スズは、お兄ちゃんがいいんだもん!」
「いい加減お前は兄離れしろよな。あと、着替えるから部屋から出ていっ」
鈴音に部屋を出ていくようにと言おうとしたところに、父の怒号が家全体に響き渡る。
「由馬ぁ!! また部屋に鈴音を連れ込んだなぁ!!」
由馬の部屋の扉が、見事に宙を舞う。それと同時に、父が部屋に入ってくる。
「いや違うって! 鈴音が勝手に入ってきたんだよ!」
その言葉を無視し、父は由馬に近づいていく。防衛本能で由馬は咄嗟に目を瞑り、腕で顔をガードする。
だが、父は由馬の横を通り過ぎ、鈴音に抱きつく。
「鈴音っ! 大丈夫だったか? パパが来たからもう平気だぞ。 パパが守ってやるからな」
そう言った父の手には、キーパッドが表示されたスマートフォンが握られている。その上には 110 と表示されていた。
「いやいや、冤罪だからね? 電話しないでよ? てか、親父会社は? 遅刻するぞ?」
父の手からスマートフォンが滑り落ちる。父の顔は、ああ、これが顔面蒼白か、というほど真っ青になっていた。しかしすぐに、にこやかになる。怖い。普通に怖いのだが。
「なあ、由馬。お前、高熱出したことにして今日は休んでくれないか」
今、父は何と言っただろうか。高熱を出したことにして学校を休めと言ったのだろうか。
「は?」
父親の、想定外の発言に、思わず間抜けな声が口からもれる。
「なあ、由馬。お前、高熱出したことにして今日は休んでくれないか」
聞こえなかったと思ったのか、父がもう一度ゆっくりと同じ言葉を繰り返す。
「いや、聞こえなかったわけじゃねーよ! てか、初日から仮病なんて使えるか!」
さすがに、新しいクラスになるというのに初日からいないというのは、マズい。高校二年生のリア充どもは、音速にも届く速さで友達を作っていく。初日には、すでに固定グループが作られている。後からそのグループに割り込むのは、そのグループのトップリア充と同等か、あるいはそれよりもリア充でなければ、割り込むことはもちろん、話しかけることすら困難だ。
「おい、由馬。お前まさか俺に遅刻をしろと言っているのか? 親の俺に、恥をかけと言っているのか? 言っておくが、俺はお前よりも社会に貢献してきたし、鈴音のおまけとして生まれてきてしまった、お前の世話も投げ出すことなくやってきたんだぞ? それでもお前は俺に恥をかけというのか?」
果たしてこの親の頭は、大丈夫なんだろうか。ここまで行くと、本気で心配になってくる。
せめて、周りに自慢できなくとも、一緒にいて恥ずかしくない親でいてほしかった。
「いやいや、親父。罪を擦り付けるのはやめようか? 遅刻しそうなのは絶対俺のせいじゃないぞ。100%親父のせいだからな?」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと熱を出せ。お前が熱を出してそれを俺が看病してることにすれば、会社での俺の好感度は上がるし、俺もお前も今日休めるようになるんだぞ。断る理由はないだろうが」
ダメだ。もはや、親としてではなく人としてだめだこの人。
というか、話が脱線しすぎている。もはや何の話だか分からなくなってきている。
由馬は一度、頭の中で話を振り出しに戻した。
「そうだ。着替えようと鈴音を部屋から出そうとして、そしたら親父が入ってきて……あっ!」
「どうした由馬。小便でも漏らしたのか」
父のその声は、由馬には届いていなかった。
「やばいやばいやばいやばいって!」
「どうした。小便が止まらないのか」
「ちげぇよ! 学校だよ学校!」
完全に父のペースに乗ってしまっていた。
時間は、8時25分を回っている。
「着替えるから部屋を出てってくれ!」
焦りと、苛立ちで声が大きくなる。
「なぜだ? お前は高熱を出しているんだぞ?」
「それはもういいから!」
父の腕を引っ張り、強引に部屋から追い出す。
「ん……?」
由馬の頭に疑問が浮かぶ。さっきまでいた鈴音の姿がない。洗面所に顔でも洗いに行ったのだろうか。
「まぁいっか」
そう思い、さっさと着替えようとする。ベッドに座りパジャマを脱ごうとすると
「ぐぇっ」
という声が、毛布の下から聞こえた。
そう。鈴音は二人が話している間に由馬のベッドに入り寝ていたのだ。
「起きろ鈴音」
「……すぅ……すぅ……」
起きない。
「お兄ちゃんとデートするか」
「……! するっ! デートする!」
引っかかった。見事に引っかかった。この後も絡まれると、本気でマズいのでこのまま突き通す。
「じゃあお兄ちゃん着替えるからお前も準備してきてくれ」
「わかった!」
鈴音が部屋を出ていく。鈴音が自室に入った瞬間、由馬は2秒でパンツ一丁になり、3秒でワイシャツの袖に腕を通しボタンを閉めて、5秒でズボンをはきベルトを通す。そして、10秒かけてネクタイを締めブレザーを羽織りボタンを留めた。着替え時間合計20秒。もはや神業だ。
手持ちのカバンに、筆箱、生徒手帳、資料を入れるためのファイル、春休みの宿題を入れ勢いよく部屋から飛び出し階段を駆け下りる。
洗面所で顔を洗い、液体型の口内洗浄液を口に含み歯をコーティングして、洗面器に流す。
リビングと玄関をつなぐドアを開け、玄関脇にある母の写真の前に立つ。
「母さん。おはよう。行ってきます」
母にそう告げ、靴を履き玄関から出た。まだ少し肌寒い空気か肌を撫でる。
玄関の前にある3段程の階段に、妖精のように綺麗な少女が立っている。
「奈帆。おはよう」
「由馬おそい」
穂波 奈帆。由馬の幼馴染で高校一年生の時はクラスメイトだった。
奈帆の美しい金髪が、風でふわりとなびく。その髪に、太陽の光が薄く反射する。それが、由馬には黄金の川のように見えた。
その髪に見とれていると、澄んだ青い色の瞳がこちらをじっと見てくる。
「由馬どうしたの?」
奈帆が尋ねてくる。
「ん? あぁ、いや、なんでもない」
少し恥ずかしくなって、目を逸らしながら由馬は言う。
「そう? なら、いいけど」
「と、とりあえず学校行こうか!」
「うん」
由馬と奈帆は自転車に二人乗りをして、学校へ向かった。
なんかちょっと、まとまりがありませんね……
精進します。