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幾ら合法でもロリは流石に1



 あぐりと、大口を開けて露店で買ったパンに齧り付く。

 久しぶりに喰うパンは、間に薄切りにした肉と葉物の野菜も挟まっていて、実に美味い。


 ジャージャーニ族との暮らしは楽しかったが、実は食だけは微妙に合わなかったのだ。

 定住せずに獲物を追い求めて移動する彼等の主食は、肉だった。

 近くの森から木の実を採取したりもするけれど、食料を得る基本的な手段はやはり狩りである。

 俺も肉は好きな方だが、流石にそればかりだと少し飽きも来てしまう。


 しかも彼等は、狩ったばかりの新鮮な獲物は、生で食する文化があった。

 恐らくは焼いた肉では得られない滋養を、生で食べる事で得ているのだろう。

 昔、物知りな傭兵に、ずっと同じ物ばかり食べていると、身体に必要な滋養が足りずに病に罹ると教えられたが、ジャージャーニ族も経験的にそれを知っていたのだ。


 だがまぁ理屈はわかっても、獣の肉を生で食べるのは、少しばかり抵抗もある。

 タウーニが出してくれた物だから忌避する事はなかったが、やはり心のどこかに、穀物や野菜を求める気持ちが積もっていたらしい。

 だからパンが、実に美味い。

 瑞々しい野菜を挟んでいるとは言え、パンを喰えば喉が乾くが、そこは隣の露店で果実の絞り汁を買い、ごくりと飲み干す。

 これが溜まらなく美味かった。


 あぁ、しかしそれでも言うが、俺はタウーニとはずっと一緒に居たかったし、叶うならジャージャーニ族の移動にだって付いて行きたかったのだ。

 この気持ちは嘘じゃない。



 さて、多少の危ない橋は渡ったが、首尾よくグヴォード遊撃隊を攪乱し、ジャージャーニ族が移動する時間を稼いだ俺は、そのまま北に逃げて国境を越えた。

 正直二度とやりたくない。

 確保していたクロスボウと、相手の間抜けさが故に何とかなったが、多人数を相手に戦うのはあまりにもリスクが高い行為だ。

 ハイエナばかりのグヴォード遊撃隊だからこそ何とかなったが、もっと練度の高い傭兵団が相手なら、まず間違いなく俺は死んでた。

 ……まぁタウーニやジャージャーニ族が追い詰められていたなら、俺はまた同じ事をするかも知れないが。


 ともあれ、辿り着いた国の名前はゴルドリア王国。

 ゲラルド伯領のあるパラキア公国とは、幾度となく戦火を交えた、敵対国家だ。


 尤も傭兵であった俺は、もとい俺の居た傭兵団は、パラキア公国に与した事もあるし、逆にゴルドリア王国に与した事もある。

 だからゴルドリア王国でもそれなりに土地勘はあるし、また顔見知りの傭兵にでも見付からない限り、ゲラルド伯領に俺の目撃談が伝わる心配もまずない。

 少しばかりの休息や、食料の補充位は許されるだろう。

 金銭的にも、グヴォード遊撃隊の斥候達がそれなりに持っていたから、暫くの間は問題なかった。


 だが人間の町とは言っても、国境を越えたならば文化や人の流行も変わるし、味付けだって少し変わる。

 例えば今食べてるパンはゲラルド伯領で食べた物より、俺は美味いと感じてた。

 あちらのパンは、もっと酸味が強いのだ。

 他にも、歩いてる市民の服装も違うし、あぁ、偶には元傭兵らしい事を言えば、ゴルドリア王国とパラキア公国では兵士の装備が異なる。

 ゴルドリア王国の正規兵は重装の鎧を身に纏い、長い槍を持って戦うが、パラキア公国の兵士は弓が得意だ。


 敵に回して厄介なのは……、まぁ双方違う怖さがあるけれど、俺は重装のゴルドリア正規兵が怖いと思う。

 逃げるだけなら容易いが、隊列を組んだ重装兵を崩す事は容易ではないから。


 でもそんな風に違いがあり、仲の悪い両国でも、一つこれだけは変わらない事がある。

「皆さん、人はこの世界を統べる優れたる種族として、神に創られました」

 そう、ドルドギア聖教を国教としてるのは、パラキア公国だろうとゴルドリア王国だろうと、大陸西部国なら変わらない。



 露店も並ぶ町の中央広場で、僧服を着た男が両手を広げて市民に呼び掛け、説法を始めようとしていた。

「その証として、昔、魔族がこの大陸を支配しようとした時、神の啓示を受けて立ち上がった勇者とその仲間、つまり聖人達は全て人間でした」

 ……まぁ、俺も大陸の西側に生まれた人間だから、今更そんな説法は聞かずともドルドギア聖教の主張は知っている。


 要するに、以前人間と魔族が争った時、他の種族はどちらの手助けもせずにその戦いを見守った。

 故にこの大陸を統べるべきは人間である。

 以前の戦いで人間を助けようとしなかった他種族は、全て劣る存在であり、人間の好きにして良いのだ。


 と言う主張を、神だの勇者だの聖人だの、神に背きし魔王だのって単語を使って、それらしい話に仕立て上げているだけだろう。

 以前の俺なら、別に宗教を信じても信じなくても、殺し合いの中に生きれば死ぬときは死ぬし、かと言って否定的な事を言うと、不信心だの何だのと信者が五月蠅いと位にしか認識してなかった。

 しかし今は、ミスティラの為に戦って、タウーニのくれた安らぎに触れて、亜人である彼女達を苦しめる元凶だと、ドルドギア聖教を憎く思う。

 だから本来はこんな説法なんて不愉快になるだけだから聞かず、さっさとその場を去るべきだったのだけれども、俺の足を止めさせたのは、僧侶の隣に立たされた一人の少女。



「では皆さんに、亜人がいかに狡く劣等な存在であるか、その証拠をお見せしましょう」

 そう言い、僧侶が握った鎖をグイと引くと、枷を嵌められ、その鎖に繋がれた少女が一歩前に出る。

 ボロボロの貫頭衣のみを着せられた彼女は、十歳から十二歳程度の年頃に見えた。

 けれどもその見た目は、全くアテにならないだろう。


「どうですか、皆さん。あどけない少女に見えるでしょう? でも騙されてはいけません。先ずこの耳を見て下さい。おぞましく尖っていますね? これが、この生き物が人間でない証拠です」

 そう、何故なら彼女は亜人。

 それもドワーフと呼ばれる種族だから。


「実はこの亜人の雌は、既に二十歳を迎えております。そしてこの見た目は、四十、五十を迎えて老化が始まるまで、変わりません。……では一体何の為に、そんな幼い外見のままでいるのでしょうか?」

 ドワーフは力が強くて頑健で、酒と鍛冶を愛し、地下に暮らす種族だ。

 男は豊かな髭を蓄え、背は低いが筋肉は隆々として、良く樽にも例えられる。

 だが女は人間の少女に良く似てて、確かにあの僧侶が言う様に、尖った耳位でしか見分けられない。


「それは我々人間を騙す為です。皆さん、この亜人の姿を見て、可哀想だと思いましたか? 思ったならば、それこそがこいつ等の目論見です。同情を買い、人間を油断させる為に、この亜人は少女の姿を模しているのです」

 まぁこの僧侶が言ってるのは、滅茶苦茶も良い所の暴論であるのだけれど。

 あぁ、成る程、何がしたいのか、見えて来た。

 これから行われるのは、実に醜悪な見世物だ。


 手伝いの信者達が、周囲の人々に石を配り始める。

 少し小さめだが、小石と呼ぶには些か大きいサイズの石を。


「ならば皆さん、この悪しき者に罰を! 何心配は要りません。コレは人ならざる生き物。実に頑丈で、少々の事では死なないのです。寧ろ我々が罰を与える事で、この者の悪しき性根は洗われるでしょう」

 つまり配られたこの石で、あの女ドワーフを打てと言っているのだろう。

 確かにドワーフは頑丈だから、この位の石なら、多少ぶつかっても死にはしない。

 これは恐らくだが、集団心理を利用して、敢えて罪悪感を抱く行為をやらせる布教の仕方だ。


 俺は不信心者だったけれど、傭兵の中には熱心にドルドギア聖教を信じる者も居た。

 昔、俺はその傭兵に『一体あの宗教の何がそんなに正しくて、どうしてそんな熱心に信じるんだ』と尋ねた事がある。

 するとその答えは『馬鹿な事聞くな。ドルドギア聖教の教えが間違ってたら、誰が俺を許してくれるんだ』と言う物だった。

 そう、つまり彼は、自分のしている事を悪いと思って、救われたいから熱心にドルドギア聖教に縋っていたのだ。


 今回のこれは、全く同じでないけれど、悪いと思う気持ちを利用する点が良く似てる。

 あの女ドワーフに石をぶつけたとしよう。

 するとどうしても罪悪感を抱く。

 まぁ実際に悪い事をしたのだから、それは当たり前の話だろう。

 しかしドルドギア聖教の教えを信じるならば、それは罪ではなく、善き行いとなる。


 誰だって自分が悪い事をしたと思いたくないから、ドルドギア聖教の教えを信じ、あれは善き行いだと思い込む。

 そして他人にそれを否定させない。

 だってそれを否定される事は、お前は悪い奴だと言われるも同然だから。



 ……そう言ったやり口であろう事は、理解が出来た。

 でもそれでも、それはあまりに悪趣味だ。

 敢えて罪を犯させる事で、人の心に食い込むなんて。

 その為に、女一人を晒し物にして、集団で寄って集って石をぶつけて傷付けるなんて。


 だが元々、集まった人々の中には熱心なドルドギア聖教の信者が混じっていたのだろう。

 石は投げられ、女ドワーフにぶつけられた。

 投げ終わった隣の誰かからの圧力に、嫌々ながらも次の石が投じられ、少しずつ石の数は増え、やがて雨となる。


 彼女は黙って耐えていた。

 ドワーフは頑丈だから、この位の石がぶつかっても、早々死にはしないだろう。

 だけどそれでも、強く石がぶつけられれば血は流れるし、痣だって出来る。

 勿論酷く痛いだろうし、それ以上にこれは心を削る行為だ。


 呻き声すら上げずに、ただ黙って耐える彼女。

 けれども俺は、見てしまう。

 彼女の肩が小さく震えているのを。


 そしてそれからの俺の行動は、殆ど反射的だった。

 二度、三度と、配られた石の感触と重さを確かめて、そして放る。

 但しそれは、彼女にじゃない。

 彼女にぶつかりそうな軌道を描く、他の誰かが投げた石を目掛けて。



 投石は、実は意外に戦いの場でも役立つ技だ。

 例えば戦場で敗北し、武器を失って逃げ惑っていたとしよう。

 必死に逃げたが数人の兵士に執拗に追われる。

 幸い相手は速度を重視した軽装だから素手でも殺れなくはなかったが、弓を持っているから安易に近づけない。

 そんな時、地面に手頃な大きさの石が幾つも転がっていたならば、或いは投石で相手を散々に打ち殺すのも、時にはやってやれない事もないのだ。


 ……と言うより、一回それで生き延びた。

 故に決して、投石を侮ってはならないと俺は思う。

 スリングとして使えそうな布でもあれば、威力は更に跳ね上がる。


 だから俺の投石は狙い違わず、石と石がぶつかって、弾けた二つは軌道を逸れる。

 片割れは地に落ち、またもう一方は、離れた場所で自らが作り出した悪趣味な光景を眺めて笑っていた、僧侶の顔面に吸い込まれた。

 大きな悲鳴と共に、盛大に血が舞う。

「誰だ!? 私に石をぶつけたのは! 不信心者め! 貴様かっ!?」

 次に怒声、罵声。


 あぁ、運の良い奴だ。

 頑丈なドワーフなら兎も角、人間がまともに投石を顔に受ければ、当りどころによっては死ぬ事もあるのに、あんなに怒鳴れるのだから。

 鼻は曲がり鼻血が出てるから、折れてはいるのだろうけれど、それでも僧侶は随分と元気に怒ってる。


 ドルドギア聖教の僧侶は、それなりに身分のある権力者だ。

 その怒りが我に降り注いでは堪らないと、集まっていた民衆は、散り散りに逃げて場を離れて行く。

 俺も一先ずは、それに紛れて逃げるとしよう。


 あんな醜態を晒した以上、この悪趣味な見世物も、暫くは行えなくなっただろうから。



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