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犬耳のくれた安らぎ4


 天幕の外に出られる様になって数週間、拾われて助けられてからは一ヶ月と少しが経った頃、俺の身体の調子は殆ど以前と変わらぬ迄に回復していた。

 あの後、ダーンに投げ技を教えていたら、何故かジャージャーニ族の戦士達がこぞって参加して来て、今ではすっかり彼等とも打ち解けている。

 昨日は、技を教えている礼だと言って、数人の戦士が酒を差し入れてくれたから、タウーニと一緒に飲んだ。


 残念ながら、酒の勢いで起きるハプニングはなかった。

 この一ヶ月を一緒に過ごして、俺とタウーニの距離は、多分とても近い。

 もしも、万一、俺から何らかの行動を起こせば話は少し変わるのかも知れないが、俺はそれで彼女に、タウーニに嫌われてしまうかも知れない事が怖かったから。


 ……まぁさて置こう。

 犬人だけでなく、獣人全体に言える事だが、彼等は身体能力の点で人間を大きく上回る為、生のままの能力に頼った戦いに慣れ過ぎている。

 故に人間は、技を用いて獣人に対して有利に戦う。

 幾ら身体が頑丈であっても、剣が急所に命中すれば死ぬのだから。


 でもそんな彼等が興味を持って俺の技を学び、そのうちの幾つかでも身に付けたなら、戦いで命を落とす可能性も少しは減るんじゃないだろうか。

 そんな風に思ってる。

 尤も俺自身が身に付けた技も、ベテラン傭兵から学んだり、闘技場で対戦相手から見て盗んだ物ばかりだから、正規の流派程には洗練されていないけれども。


「ははぁ、つまりこの形だとこっち側には腕が回らないから、大きく捻られると自分から転ぶしかないって訳だね」

 因みに、教えた技を一番早く吸収し、周囲を圧倒しているのがタウーニだ。

 他の犬人は無手の技か、或いは自分の得意武器の技にしか興味を示さないのだが、彼女は何でも面白がって覚えたがる。

 そしてドンドンと吸収する物だから、タウーニに関してはそのうち教える事が尽きそうで不安だった。


「そうそう。だからこんな形で掴めれば、後は身体の移動だけで相手が転ぶんだ」

 俺から技の形を聞いたタウーニが、早速試す相手を探して向こうに駆けて行く。

 逃げ遅れたのはダーンで、助けを求める様な視線をこちらに送って来るけれど、残念ながら俺には彼を助ける術がない。

 首を横に振って見せれば、諦めた様に項垂れるダーンと、早く技を試したくてウキウキしているタウーニの組み手が開始された。



 けれどもそんな安らぎを与えてくれる日々が、永遠に続く筈なんてない。

 終わりの報せは、狩りの為に数日の遠出をしていたダーンが持ち帰って来た。

 即ち、『山を一つ越えた場所に、武装した人間の集団が来ている』と。

 そして意見を聞きたいと言われて呼ばれた俺は、彼が地面に記したその集団が掲げていたらしい旗章を見て、この生活の終わりを悟る。


「グヴォードのハイエナ野郎どもだ」

 俺の呻き声の意味を察した犬人は居ない。

 それは傭兵だったからこそ知る、その集団の蔑称だ。


 正式名称をグヴォード遊撃隊と言うその集団は、要するに昔の俺の同類、傭兵団だった。

 構成人数は確か六十から百名程。

 しかし同じ傭兵からハイエナ野郎と呼ばれる彼等は、あまり戦には出向かない。

 彼等が専ら励むのは、亜人の集落を襲っては財貨を奪って女子供を浚い、奴隷商人に売り飛ばす事である。

 ハイエナとの悪名は、人間と亜人の大規模な戦闘が終わった後、弱った亜人の領域に攻め込んでは奴隷を浚って来るそのやり口から名付けられた。


 そう、つまり、グヴォード遊撃隊の狙いはこのジャージャーニ族だろう。

 恐らくこの辺りに獣人の集落があると推察し、荒稼ぎにやって来たのだ。


「逃げた方が良い。相手は恐らく百名程。ジャージャーニ族は百二十名程だが、そのうち戦士は二十四名。勝ち目は薄い。皆の足なら、荷物を纏めて早朝から移動すれば、逃げ切れる」

 幸いなのは、相手がこちらを探しながら、ゆっくりと移動している事だった。

 要するに未だ、この集落の位置は知られていない。

 もし仮にこちらの位置がバレて居たなら、相手の進軍速度はもっとずっと早いだろう。


 元々獲物を求めて流離うジャージャーニ族は、天幕を畳めばすぐに居住地を移動出来る。

 勿論家財道具を丸ごと抱えての移動だ。

 幾ら頑健な犬人、獣人とは言え、あまり早くの移動は難しい。


「あぁ、そうだな。元々な、そろそろ移動の予定だったし、この辺りはどうしても人間の目を気にしなきゃいけない。いっそ東側まで行こうかって思ってる。でも、お前はどうするんだ?」

 そう問うたのは、ジャージャーニ族の戦士達のリーダー格で、言ってしまえば族長の様な物だ。

 純粋な戦闘力はタウーニに少し劣るが、一族の戦士の誰もが敬意を払う、統率力に優れた人物である。


 彼の考えは良い。

 この大陸で亜人が安心して暮らすなら、やはり東側だろう。

 あちらはドルドギア聖教なんて物が流行ってないから、グヴォード遊撃隊の様に亜人狩りを行う傭兵も居ない。

 だがその旅に俺が付いて行けるかと言えば、答えは否だった。


「いや、皆と一緒にいるのはここまでだ。……俺は別に狙われてる訳じゃないからな」

 俺は、敢えてそんな言葉を口にする。

 すぐに荷物を纏めて逃げ出しても、居住地の跡はやがて見つかるだろう。

 すると移動の痕跡を追って、グヴォード遊撃隊の追撃が始まる筈。

 そもそも別の方向に、目を逸らして時間を稼いでやる必要があった。


 でもどうやらそれは、

「ハッ、そんな目をして、思ってもない言葉を吐くなよアスィル。でもわかった。ジャージャーニ族は、戦士の決断は尊重する。お前は戦士で我等の仲間だ。何れまた会おう」

 族長にも、他の戦士達にもお見通しらしい。

 俺の肩を一つ叩いて、皆が移動準備の為に散って行く。

 ダーンもまた同じ様に。



 そして最後に、タウーニが残った。

 早く逃げる準備をしろと、そう口を開き掛けたその時、その口は彼女の唇によって塞がれる。

 長い、長い、貪る様な口付け。

 やがて顔を離したタウーニは、爛々と光る眼で、

「するよ。アタシは荷物も少ないから、まだ時間はある。アンタはエルフの姫君みたいに嫋やかな相手じゃなきゃ嫌かもしれないけれどね。アタシがしたい」

 そう言った。


 彼女の頬が赤らんでる。

 彼女は自分の言葉に、言ってて少し傷付いてる。

 

 だから俺は、

「嫌じゃない。タウーニが欲しい」

 今度は自分から彼女の唇を求めた。




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