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犬耳のくれた安らぎ2


 結局、俺がまともに立ち上がれる様になったのは、それから数日後。

 その数日間、時折天幕の外にタウーニを呼び出し、『人間は危ない』だの『若い女が簡単に人を拾うな』だのと叫ぶ男がいた。

 あぁ、タウーニと言うのが、俺を助けてくれた犬耳の彼女の名前だ。


 タウーニに文句を言ってる男の名前は知らないが、その意見には俺も九割は賛同しよう。

 彼女は些か、否、それ以上に無防備過ぎた。

 自分の天幕だからと、俺が居ても全く気にせずに着替えるし、薄着のままでうろうろするし、目の保養ではあるのだが、邪心を抱くよりも寧ろ心配になり、申し訳ない気持ちにすらなる。

 だからと言って俺が彼女に何かをするかと言えば、それは全く別の話だ。


 そもそもが、情けない話ではあるのだけれど、今の俺は彼女に簡単に押さえ込まれる程に身体が弱ってる。

 それこそ本当に情けない話ではあるのだが、この数日間は下の世話すら彼女の手を借りる羽目になった。

 あぁ、いや、意識を失っていた時期を加算すればもっとだろうか。


 最初は俺も抵抗しようとしたのだが、……まぁ実に手際良く抵抗を封じられて、世話を受けた。

 そんな事が二度、三度とあれば、流石の俺も色々と諦めはする。

 要するに、名も知らぬ彼が心配する様な事は、起こり様がないのだ。


 けれども下の世話はさて置いても、彼女の、タウーニの看護は献身的だった。

 彼女の食事は穀物ではなく、肉類が中心だったが、俺が意識を取り戻すまでは柔らかく煮たそれを、彼女が噛み砕いて飲めるようにして、与えてくれていたらしい。

 熱にうなされれば扇いで風を送り、逆に寒気に震えれば彼女は柔らかな毛と身体の熱で温めてくれる。

 まるでそれは、母犬が子犬の世話をする時の様で。


 身体の調子が上向き始めた日、タウーニは俺の身体に付いた無数の傷を眺め、何故傷だらけなのかと問うた。

 到底隠せる気がしなかったので、俺はポツポツと全てを正直に話し出す。

 幼い頃から戦場に居て、傭兵になってからは人間だけじゃなく亜人とも頻繁に戦い、恐らく彼女の同族も手に掛けただろう事。

 エルフのミスティラに出会い、剣闘士となり、チャンピオンになって、最後は森に帰して、町を離れた話。

 恐らくはその時の戦いの傷が原因で、今の様な状態になった不甲斐無さの訴え。


 最初は仕方なしに話し始めたのに、タウーニがずっと静かに頷きながら聞いてくれる物だから、次第に俺は吐き出す様に全てを語った。

 話し終わった後に、何て言われても構わない。

 ただ俺がした事を、全て余さず聞いて欲しくて、興奮した俺の目からは何時しか涙も零れてて。


 全てを話し、これ以上は何一つ出て来ない、俺と言う人間は簡単に語り尽せる程度なのだと曝け出した後、

「そうかい。凄いね。頑張ったじゃないか。だったら今はゆっくりお休み。アンタはずっと精一杯に走り続けて来たんだから」

 そんな風に、とても優しくタウーニは言った。

 ……驚いた。

 思わず、何も思わないのかと問うてしまう。

 だって俺は、自分の欲の為に戦場に出て、彼女の同族だって手に掛けて来たのに。


 なのにタウーニは、

「なんだい。まだ褒めて欲しいのかい。アンタって意外と子供なんだね」

 そう笑って、俺の頭をぐしぐしと撫でた。

 俺の方が、身体はずっと大きいのに。



 だから俺は、立ち上がれる様になった事に、寂しさを覚えてしまったのだ。

 だって傷が治ったら、旅立てるようになったなら、俺はここを離れなければならないから。

「何て顔してんだい。なんだい、アタシに下の世話をされなくなるのが、そんなに寂しいのかい?」

 おどける様に言う彼女に、俺は首を横に振る。

 寂しいのは確かだが、それは下の世話に関してじゃあ、決してない。


 ……ないよな?

 多分、まだ大丈夫だ。


「違う。……いや、下の世話は違うけれど、タウーニに世話をして貰えなくなるのは、あぁ、寂しいさ」

 彼女の軽口につい出てしまった、俺の弱音で、本音。

 タウーニは少し驚いた様な顔をして、それから笑った。

「ならゆっくり身体を治してから、助けた恩返しをしてから出て行けば良いよ。アンタに付きっ切りで狩りにも出てなかったから、食料も目減りしたし、薪割りだって溜まってる。して欲しい事は沢山あるからね。期待してるよ」


 本当に、情けなる程に今の俺は格好悪くて、そんな俺をタウーニは甘えさせる。

 ついこの間まで、あんなに格好を付けようと頑張って歯を食い縛ってた筈なのに、今の俺は一体何なんだろうか。

 なのに、今のこの時間が、あまりに心地良くて、暖かい。 


 それから更に数日、俺は天幕からは出ないで身体を少しずつ動かしながら、良く食べ、良くタウーニと話し、穏やかな時間を過ごした。

 あぁ、もう復調したとしても、彼女から離れられる気は全くしなかったけれども。



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