エルフスキー2
彼女の後を追おうとする二人、弓使いに向かって短槍を投げ、狙い違わず頭部を貫通するのを確認しながら、駆ける。
まさか残る三人に背を向けて自分に突っ込んで来るとは思わなかったのか、慌てて向き直って攻撃してくる鈍器使いの一撃を避け、引き抜いた小剣をその喉に滑らせた。
……が、同時に背に走る衝撃と痛み。
残る弓使いに背を射貫かれたのだ。
皮の鎧を貫通し、背に刺さった矢。
痛みはあるが、……大丈夫、問題はない。
命中した位置が良く、肩甲骨に当たって止まってる。
位置が悪ければ肺腑に当って死んだだろうが、肉が裂けて骨が削れた程度なら、俺は止まらないし死にもしない。
横に倒れ込むように転がって、残る二人からの追撃を避ける。
そう、これ位は何時もの事だ。
実力のある傭兵であっても、闘技場での戦いは戦場のそれとは大きく異なる。
別にどちらがより危険だとかって話じゃない。
命のやり取りをする場なのは変わらないから、どちらも等しく危険だろう。
但し戦場で重要なのは個人の武力よりも寧ろ動き方だ。
味方の動きを見、敵の動きを見、自分が出来る事を常に考えるのが、戦場での生き残り方だと思ってる。
どんなに強くても、たった一人では敵軍を壊滅させるなんて不可能だから。
けれどもそれに引き換え、闘技場での戦いは個人の武力が大きく物を言う。
闘技場では味方は居ない。
自分と、敵だけが存在する場所が闘技場だった。
例えタッグ戦等で組んだパートナーであっても、決して味方とは言えないのだ。
これは俺の経験だけれど、タッグ戦のパートナーが金で転んでいて、飲食物に薬を混ぜようとしたり、戦闘中に後ろから刺そうとして来た事がある。
ゲラルド伯の子息であるジャーチルが、ミスティラを得るには俺が邪魔だと、密かに排除しようとして来た時の話だ。
戦場では味方の力を活かす様に個人の力を振う事が求められるが、闘技場では他人に足を引っ張られないように気を付けながら、個人の力を最大限に振るう事を求めれる。
こんな風な言い方をすると、俺は個人的にしっくりと来る。
勿論これは俺の経験上の話で、別の誰かは全く別の考えを持ってるかも知れないけれど。
あぁ、そう、思えばジャーチルは、あの頃からミスティラを狙っていた。
多分他の闘技場参加者がチャンピオンになれば、大金と引き換えに彼女をジャーチルに譲っただろう。
そしてそうなってしまえば、例え父親であるゲラルド伯ですら、ミスティラの扱いに関して口は出せない。
奴が貴族でさえなければこの刃も届くだろうが、……残念ながら当主でなくとも、貴族の持つ権力は絶大だ。
幸いゲラルド伯が余興を白けさせるなとばかりに動いてくれたから、どう足掻いても乗り越えられない様な障害にはぶつからなかった。
幾ら頑丈な俺でも、戦いを重ねれば傷は負うし、それでも戦い続ければ傷は悪化する。
貴族の権力を以って百日間でも毎日試合を組まれ続ければ、流石に途中で死んだだろうと、そう思う。
戦って戦って戦って、あらゆる手を使って敵を倒して、俺はチャンピオンの座を手に入れる。
一年と言う時間は闘技場を制覇するのに短過ぎたから、毎日ではないにしても、俺はかなりの頻度で戦いに出た。
そのペースに、古参の闘士からは狂ってるなんて風に言われたが、戦いは日常だったから、これが狂ってるとするなら、多分闘技場に来るずっと前から俺は狂ってたんだろう。
当然その最中に、それなりの数の相手を殺してる。
そして約束の日、俺は遂に手に入れた彼女を、ミスティラを抱いて、心に決めた。
彼女を森に、仲間のエルフの所に帰そうと。
俺にとってミスティラを手に入れる事は、全てだったと言っても決して過言じゃない。
けれども彼女にとっては、単に所有者が変わったに過ぎない。
優しいミスティラは、俺との再会を喜んでくれたし、これまでの無茶を叱ってもくれた。
勿論その半分は、彼女の優しさと以前からの知り合いである気安さが故に出た言葉であり、行動だろう。
しかし残る半分は、人間に囚われ続けた諦観と、新しい所有者に気に入られて少しでも身の安全を図ろうとする奴隷としての処世術から出た言葉に思えてしまったから。
……俺は彼女に笑顔で生きて欲しいなんて、そんな感傷を抱いてしまった。
「ば、化け物か?! 何でその傷で、何で五人掛りで死なねえんだ!!」
残る敵は剣を使う、傭兵達のリーダー格のみ。
実に間抜けな言葉を吐いている。
死なない理由なんて一つしかない。
その攻撃が、命に届いてないからだ。
相手を殺す時は、その命に届く様に武器を振るえ。
俺はそう教わったし、そうやって他人を殺して生きて来た。
お前達だって傭兵ならば、そんな事は今更だろうに。
確かに矢は、数本受けた。
やっぱり数に勝る相手に、飛び道具を使われるのは非常に厳しい。
剣での攻撃も、幾度か受けた。
この傭兵達のリーダー格は、割合に良い腕をしている。
勝利の秘訣は、槍使いが相手に混じって居た事だろうか?
突くだけなら兎も角、森の中で振り回すには、槍は些か扱い辛い武器だろう。
そして俺は、闘技場で生き残る為、大体の長さの槍は投げて当てれる。
この槍がなければ、弓使いに手間取った挙句、剣で斬り殺されていた可能性は充分にあった。
だが五人の傭兵の内、四人は既に殺し、もう時間だって充分に稼いだ。
そう、つまりは俺の勝利である。
「もう、彼女は結界に入った。追い付く術はないだろうさ。……でもさ、ついでだからお前も死んでろよ」
俺は小剣を振って、戦意が萎えてる最後の一人の首を刎ねた。
放った配下が帰って来て報告を受けるより、全員が死んで行方不明になる方が、ジャーチルだって警戒するだろう。
切った傭兵の首を町の中にでも放り込んだなら、万一にでも次は自分かと考えて、身を守る事を優先するかも知れない。
もう結界を越えたミスティラを追う術がないとしても、ほんの僅かでも彼女に対する脅威が減るのなら、俺は喜んで剣を振る。
ただまぁ、もうあの町には、首を放り込む用事以外では帰れないし、帰る理由もない。
姿を見せないからこそ、ジャーチルだって見えない敵として俺を警戒するだろうし。
でも俺は、ならば一体どこへ行けば良いのだろうか。