冷たく青い肌の秘めた熱2
猿と聞くと大した事ないと思うかも知れないが、実はアレは中々に侮れない生き物だと思う。
動きが素早く、爪と牙を持ち、獣の割りには知恵も回る。
何よりも複数で群れ、厳格な階級差で大勢をボスが統率するのだ。
普通の猿は体格差もあってまず人には手を出さないが、魔物として強い膂力を持ち、体格も人間を上回って狂暴化したなら、それは恐ろしい脅威となる。
多少の腕自慢程度なら、動きの素早さと数の優位であっと言う間に葬り去り、文字通りに骨までしゃぶって喰らうだろう。
そんな大猿の魔物が大量発生したとの報せに、当然ながら冒険者ギルドは大騒ぎとなった。
もはや軍と言って良い規模の大猿の群れに対抗するには、当然冒険者側も数が要る。
けれどもその数が集まらず、数が集まらなければ個々人のリスクが桁違いに跳ね上がるから、この町に居る冒険者も参加に二の足を踏む。
つまり、そう、悪循環が起きてしまう。
けれどもそんな大猿の魔物討伐の依頼に、俺は真っ先に名乗り出る。
俺が冒険者をしてる目的は、部隊を組織する為の金集めと、神秘の力を使いこなせる様に自らを鍛える為。
具体的には身体強化なのだが、その方法自体はグルンブラス商会の長であるマイルズに教わり、少しずつ鍛錬は重ねてた。
普段なら明らかにリスクが高過ぎるこんな依頼は、俺だって二の足を踏むのだけれど、漸く形になって来た身体強化を試すのに、その件は丁度都合よく感じたのだ。
しかしそんな俺とほぼ同時、要するに同じく真っ先に名乗り出たもう一人が、青い肌の魔族の女、ララディーナ。
詳しい事情は知らないが、西から来た人間である俺と同じく、彼女もまた他の冒険者からは敵愾心を持たれていたらしく、プライドが妙に高い冒険者達は、俺とララディーナに負けてられるかとばかりに次々に参加を表明して行った。
そうして無事に、大猿の魔物討伐の人員は何とか掻き集められた訳だが、俺にとって予想外な事が一つ起きる。
大猿を討伐する方法は、彼の魔物が好む香りを発して引き寄せて、冒険者が敷いた防衛線でこれを殲滅するそうだ。
当然ながら一ヵ所でも防衛線が破られればそこから大猿の魔物の魔物が後方を襲う為、参加はチームが基本となる。
勿論個人参加の者は、同じ個人参加同士で臨時チームを組むのだが、俺に割り当てられた仲間は、先程真っ先に名乗り出たララディーナだった。
どうやら彼女は、以前に他の冒険者と幾度かトラブルを起こしたらしく、ギルド側でも扱いに困り、取り敢えず俺と組ませたのだろう。
俺?
いや俺に関しては、殴り合いの後は上手く仲直りもしているから、大半の冒険者とは然程関係は悪くない。
競い合う相手としてライバル心は持たれている風だが、下らない嫌がらせも随分と減っている。
さて、東側でも、境界線に近いこの辺りでは魔族を見掛ける事は滅多になかった。
古の時代、穏健派の魔族は勇者との婚姻を以って和平の証としたが、それは故にドルドギア聖教が生まれてしまった事に責任を感じたのか、勇者の死後は国政には関わらず、東にある魔族領に引き上げたのだと言う。
交易の為に魔族領から出て来る魔族も居るそうだがごく少数で、それもこんな遠方の地まではやって来ない。
つまりララディーナはその特徴的な姿を見せるだけで、何らかの事情があって魔族領を出たのだと物語ってしまう。
ララディーナとトラブルを起こした冒険者達は、どうも無神経にその辺りを揶揄し、彼女に叩きのめされたらしい。
まぁその冒険者達を庇うなら、多分彼等に悪気はなかった筈だ。
珍しい物を見て気になり、酒の勢いも手伝ってちょっかいを掛けた。
恐らくララディーナが、その特徴的な肌の色も相俟って酷くエキゾチックで魅力的に見える事も、好奇心を煽る一因になったのだろう。
もしもララディーナが冒険者達を軽くあしらえば、話はそこで終わり、彼女は普通に受け入れられた筈。
しかしララディーナは徹底的に相手を叩きのめしてしまった。
元々苛烈な性格なのか、或いは心に余裕がなかったのか、それは俺にもわからないが、一見クールな外見からは想像も付かない程に激しく、容赦なく。
そしてそんなララディーナに、周囲の冒険者は怖れと反発心を持つ。
だが余所者の、女の冒険者に恐れは見せられないから、強く表に出るのが反発心だ。
故に彼女は孤立して、今は俺の隣で、全く俺とはコミュニケーションを取ろうとはせずに武装の点検を行っている。
あぁ、実に参った。
いや、依頼を前に相談が出来ない事じゃない。
まぁそれはそれで困りはするが、それよりも、他の冒険者に話せば趣味が悪いと言われるだろうが、ララディーナは割と俺の好みだ。
見た目も、強さも、何より放っておけないと思ってしまう辺りが。
ミスティラの様に儚くはない。
タウーニの様に寛容でもない。
マールリはそう言う目で見てないからさて置いて、これまで関わってきた女性達とは大分タイプが異なるが、やはり目が離せなかった。