冷たく青い肌の秘めた熱1
纏まった力を得ると口にするのは簡単だが、しかし実際にどうするのかを考えれば、その道はとても険しい。
俺が望む力は自分が強くなれば手に入る類の物でなく、人を集めて得られる部隊、軍としての力だ。
するとどうしても必要となって来るのが、まず金だろう。
兵を集めるのにも、兵の武装を整えるのも、集めた兵を喰わせて行くのにも、どうしたって金は掛かる。
手っ取り早く金を用意するなら、最も簡単な手段はグルンブラス商会の長であるマイルズに借りる事だ。
俺が必要となる金額を算出する為にマイルズに相談した時、彼もそうするべきだと勧めてくれた。
当然纏まった額の借金には対価が必要となるが、それは今後俺が部隊を抱えた際、武器防具や食料を優先的にグルンブラス商会から仕入れる約束と、マールリへの紹介状を書く事で良いらしい。
これは非常に良い話だろう。
俺だけにでなく、マールリにとっても。
何故なら俺がマールリを伝手として使えば、俺は確かに利を得るが、彼女もまた知己を得る。
するとマールリが何を成すにしても、今居るドワーフの地下王国に頼る以外の選択肢が彼女に生まれるのだ。
例えばマイルズを紹介すれば、マールリは彼を通して望む物を購入出来るだけでなく、他のドワーフの地下王国とだって手紙のやり取りなどを行えるだろう。
マイルズはその手紙を届ける事で、ドワーフの貴種と近しい商人と言う信頼が手に入る。
ドワーフの地下王国から動けないマールリは、俺が紹介するより他に、そう言った知己を得る手段が今はない。
だからこれは、マールリにとっても決して悪い話じゃなかった。
けれども俺は、その話には首を横に振る。
マイルズに、マールリを紹介する事は別に良い。
それが為になると言うなら、今後も彼女に利になりそうな人材には、紹介状を書くだろう。
でもそれを借金の対価にすると言うのは、まるで友情を切り売りする様で嫌だった。
自分でも青臭い感傷だとわかってはいるが、それでも気持ちはどうしようもないのだ。
ならばもう、金を用意する方法は他にたった一つだけ。
そう、真っ当な手段、……俺にも出来そうな冒険者として働いて貯めるより他になかった。
恐らくは、ごく小規模な小隊を組織する金の準備だけでも、年単位の時間がかかるだろう。
しかし決して、それは悪い事ばかりでもない。
まずこの東側で強者とされるのは、神秘の力を使いこなせる者だった。
あの地下王国に所属していた、やたらと強いドワーフのガードランも、身体強化と言う技を使うらしい。
つまりあの時、もう少しばかり東側で襲撃を受けて居れば、武技のみでさえ勝てなかったガードランが、神秘の力迄行使したのだ。
故に、そう、西側では兎も角、東側での俺は強者ではない。
勿論その力は、目的通りの力を得て西側に攻め込めば使えなくなる。
だが東側の兵を統率するのなら、神秘の力を得て強者として認められる事は、多分必須になるだろう。
ならば冒険者として働き、金を溜めながら、神秘の力を行使する術を身に付けるのは、必ずしも遠回りとは言えない筈。
俺の選択を聞いたマイルズは、考えの青臭さに少し苦笑いをしていたが、大きく頷いた。
「大きな事を成すなら、手段を問わぬ貪欲さも必要ですが、足場を固める慎重さもまた必要。貴方は間違っていませんよ。但し、私も商人なので支払いもなしに紹介は頼めません。ならば伝手の対価は伝手で支払いましょう」
……どうやら俺が冒険者として活動する際、割りの良い仕事が巡って来る様に、色々と手助けしてくれるらしい。
伝手の対価は伝手で。
あぁ、それならばまぁ、受け入れるべきなのだろう。
そうして始まった冒険者としての生活だが、傭兵として生きてた頃や、闘技場での生活に比べれば格段に危険は少なかった。
確かに手強い、或いは対処の難しい魔物は居るが、事前の情報収集と準備を怠らなければ、大体の場合はどうにかなる。
そしてどうにもならない場合は、どうにもならないと察し易いので、逃げを打つのに迷う必要がない。
戦場で敵に密かに包囲されている事を知るのは困難だが、目標とする魔物が事前情報と食い違う場合は、付近に多くの痕跡が残されてるのだ。
例えばゴブリンと呼ばれる小鬼の魔物を退治に向かった際、既にゴブリン達が別の魔物、大熊の化け物の餌となって腹に納まっていた時は、付近の木々に爪や背を擦り付けた跡や、糞や足跡、僅かな血臭が漂っていた。
だから俺はすぐさま、木々にへばり付いた毛と糞の一部を採取して帰還し、それを冒険者ギルドに提出して報告し、同じ条件のままでは依頼の続行は不可能だと告げている。
数名の冒険者が俺の行動を臆病だと嗤い、代わりにとばかりに出て行ったが、結局は帰って来ず、後日大規模な討伐隊が編成されて大熊の化け物が討ち取られた。
まぁ俺はその討伐隊にも関わらず、別の依頼をこなしていたが、結構な被害が出たそうだから、多分俺の選択は間違っていない。
俺が西側から来た人間だと知ると、敵意を向けたり嫌がらせをして来る冒険者もそれなりに居たが、それも大した問題にはならなかった。
何と言うか、結局彼等は悪意が薄いのだ。
余程に俺が気に入らなくても、精々酒をぶっかけたり、殴り掛かってきたりする程度で、真っ当に殴り合いの相手をしてやれば、後は妙にスッキリとした顔で謝罪して来る。
実に単純な相手だと思う。
これが闘技場なら、表面上は笑顔で相手の出方を伺い、浸け込む隙を見付けたなら徹底的に複数で叩きに来るのだけれど。
確かに冒険者達は個人の戦闘力は高いけれど、俺が見る限り、戦場でも闘技場でも生き残れない者達ばかりだ。
あぁ、他にも冒険者としての活動の危険度を下げている要因はあって、古き神々を祀る神殿に行けば、多少の怪我や欠損は神官が癒しの奇跡で治してくれる。
俺は専ら森の女神に仕える、ドリュアスのベランザーナ神官に癒しの奇跡を受けていたが、彼女の齎す癒しの効果は凄まじい。
部隊の編制が成ったなら、どうにか付いて来てはもらえないだろうかと、本気で思う。
西側ではベランザーナ神官の奇跡は使えないだろうが、応急手当で命を繋いで境界線を東側に戻れば、直ぐに回復が施せる。
町に戻らずとも癒しの奇跡が受けられるなら、部隊の損耗は大きく減る筈だ。
まだ部隊が出来上がってる訳でもないのに、今からその損耗を心配するのもおかしな話だが、人材の確保は早いに越した事がない。
そう言えば人材の話だが、一人、とても優秀な冒険者に知り合えた。
彼女、冷たく青い肌の下に滾る熱を秘めた魔族の女、ララディーナとの出会いは、大猿の魔物が大量発生した時の事。