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彼の性癖1


 ポルドヌス山脈にあるドワーフの地下王国を抜けた俺は、そのまま案内のドワーフ達に連れられて町に向かう。

 どうやらその町にはドワーフが取引を行う人間の商人が居て、そこに俺が大陸の東側に慣れるまでの世話を頼んでくれるらしい。

 亜人が迫害を受けて居ないと言う一点だけで、西側と東側はもう別の世界と言ってしまって言い過ぎじゃない。


 人間と亜人は、体格も容姿も筋力も、寿命や好む食べ物だって大きく異なる。

 すると当たり前だが物の考え方だって違いがあるだろう。

 そんな違いのあり過ぎる存在が、一つの町で雑多に暮らしているなんて、俺にはその光景を想像する事すらできない。

 ましてや王が亜人である国なんて、その国で守らねばならない法、通用する常識は、俺の知るそれとは多分全く別物だ。

 

 故にそれ等を学ぶ間、誰かが後援してくれると言うのは、非常に有り難い話だった。

 何せこの東側と来たら、西側には大昔に滅んだとされる御伽噺の存在、魔物が普通に闊歩してるとすら言うのだから。

 ……正直ちょっと半信半疑だ。

 いや寧ろ、この目ではっきり見るまでは、疑いが八割で勝ってる。


 そしてドワーフ達からの支援は、その商人の紹介だけではなかった。

 今俺が身を固める装備、各所に金属板を貼り付けて防御力を増した鎖帷子、円形の小盾、短槍に小剣等の俺の望んだ装備一式を、彼等の中でも一流とされる鍛冶師達が寄って集って直々に作ってくれたのだ。

 しかしまぁ、それはとても嬉しかったが、その際にあのガードランとか言うドワーフが、

「テメェ、得意の得物も持たずに俺に挑んだのかよ! 舐めてんのか! 装備が揃ったらもう一片殺り直しだ!!」

 なんて風に言って突っかかって来たが、俺からアレに挑んだ覚えはない。

 寧ろ勝手に奇襲してきてえらい目に合ったのだが、アレの記憶は一体どうなってるんだろうか。


 勿論殺り直しとやらは丁重に断ったし、他のドワーフも結構必死に止めていた。

 流石にアレが、一般的なドワーフと言う訳ではないらしい。

 ドワーフの地下王国に残ったマールリが、次に会った時にアレの影響を受けてなきゃ良いなと思う。 


 町に向かう道中、案内のドワーフは東側で旅をする際の注意点を教えてくれた。

 特に念押しされたのが、俺が西側で良くやってたような、一人で森に入っての野宿は絶対に厳禁だと言う事。

 西側なら精々が狼や猪、よっぽど運が悪くても熊が出る程度だが、こちらで野宿なんてすれば間違いなく魔物に襲われるそうだ。

 幾ら腕に自信があっても、キチンとした対処法を知らなければどうしようもない魔物もいると言う。


 その対処法の多くは火による物が多いが、魔術を使わなければ倒せない魔物も極稀に居るらしい。

 詳しい事が知りたければ、冒険者になれば冒険者ギルドが蒐集する魔物の資料を参照出来るとか。

 実に冗談みたいな話だった。


 魔術って言葉は一応知ってる。

 魔物と同じく御伽噺に出て来たから。

 他にも噂では、ドルドギア聖教が密かに魔術師を抱えており、その力でエルフの森の結界を壊したなんて噂はあった。

 つまり眉唾物の存在なのだが、東側には普通に一般的に広まって存在してるらしい。

 本当に別世界なんだなと思う。


 冒険者に関しては、魔物を相手に戦う傭兵の様な物だと教えられた。

 成る程、それなら俺にも出来そうだ。

 ドワーフからの援助で、すぐに仕事を探さねばならない程に困窮してる訳じゃないが、先の事も考えるなら冒険者ギルドには顔を出してみよう。



 旅をする事一週間程で、俺とドワーフ達は最寄りの町、ドールデンスに辿り着く。

 彼等は最後まで丁寧に、そして親切に俺に色々と教えてくれた。

 それは勿論マールリ、ドワーフ達にとっての貴種を届けた件が大きいが、それ以外にもガードランと真っ向から戦った事も理由の一つらしい。

 ガードランは直情的で短気だが、それでもあのドワーフの地下王国では有数に腕の立つ戦士らしい。

 そんな戦士と不利な条件でも退かずに戦った俺は、ドワーフからすれば敬意に値するんだとか。


 まぁ、何と言うか、実に理解し難い価値観だった。

 彼等は俺が勇気と誇りから退かずに戦ったとでも思ってるのかも知れないが、マールリの身柄を浚われて居たから突破しようと戦っただけで、もしそうでなければ一目見た時点で一目散に逃げている。

 わざわざそれを言って自らの評価を下げる気はないが、あんなの相手に逃げないのは、傭兵としては失格だ。

 ……尤も今の俺は、別に傭兵ではないのだけれど。


 グルンブラス商会。

 俺がドワーフ達に案内されたのは、非常に規模の大きな商店だった。

 魔物の存在が当たり前な東側では、物を運ぶと言うのは非常に危険が伴う行為だ。

 まぁ西側だって野の獣や食い詰めた野盗が出たり、傭兵が盗賊として襲ってきたりはするけれど、魔物の脅威はそれを上回る。

 故に大きな流通路を持つグルンブラス商会は、このドールデンスの町にとってなくてはならない存在なんだとか。


 ドワーフ達はここで、食料や酒を仕入れて持ち帰ると言う。

 彼等はグルンブラス商会の長であるマイルズに俺を紹介すると、大切な客人だからくれぐれも頼むと何度も告げて、持ち帰る品の仕入れに向かった。

「えぇ、勿論です。御安心ください。ドワーフの皆さんには何時も武具を卸して貰ってますから、その客人とあれば最大限の便宜を図らせて貰います」

 そう言い、マイルズは俺の手を取って握手を交わす。

 その手は商人と言うには些か硬く、嗜みではなく武器を必要として握っている者の皮の厚さをしていた。

 多分、槍と弓だろうか。


 まさか商会の長ともあろう人が、必要に迫られて武器を振っているとは、少し驚愕する事実だ。

「はぁ、成る程。素晴らしい腕をお持ちの様ですね。もしかすれば不要であったかも知れませんが、ドワーフの方々からの頼み事を引き受けれる機会は貴重なのです。何卒、私達にお世話をさせて戴ければと……」

 そして商会の長と言う立場のみならず武力までも持ち合わせているのに、マイルズの物腰は実に丁寧だった。

 俺の今までの人生で接した事のない類の人間で、どうにも読めない。

 あまり油断しないように接しようと考えて、ふと気付く。


 案内のドワーフ達に対しては疑りを向けなかったのに、同じ人間であるマイルズに対しては、考えが読めないと言うだけで警戒してしまっている事に。

 今の東側では、何者でもない自分に、利用価値なんて恐らくはない。

 であるなら、疑う事自体が自意識過剰である。

 万に一つ、仮に何らかの裏があったとするならば、マイルズを紹介したドワーフ達ぐるみの裏だろう。

 なのに俺は、ドワーフ達には何も思わず、マイルズに会って初めてそんな風に考える。


 どうにも大分と自分が歪んでる事に、気付かざるを得なかった。

 思わず苦笑いを浮かべた俺に、マイルズは首を傾げ、

「どうされましたか? これから宿泊いただく宿にご案内して、その後は我が家の夕食に招待しようと思っていますが、あぁ、えぇ、自慢の様で恥ずかしいですが、妻は中々に料理上手でして。娘も遠方の地からの客人とあれば喜びます」

 そんな言葉を口にする。

 商人が、傭兵崩れの俺を夕食に招待して、妻や娘を紹介するなんて、あぁもうそんな事はあり得ないと思い込んで怪しく感じる自分に、嫌気がさす。


 必要な警戒ではあるのだろう。

 心の隅で何時も警戒をしなければ、傭兵としては、闘技場でも生き残れなかった。

 ただ自分が人間であるにも拘らず、人間だけを特別視して疑う自分自身に、俺はズレと気持ち悪さを感じてしまう。

 そして何となく、その理由にも気付いているのだ。


 何故なら今まで、亜人は戦場では敵になっても、町等では人間を害する事が出来る存在じゃなかったから。

 町に居る亜人は皆奴隷で、人間を騙せるような立場じゃない。

 故に人間を騙すのは、人間だけだった。

 だから俺は、人間のみが疑わしく思えてしまうのだろう。


 今日見たこの町、ドールデンスでは、人間も亜人も区別なく普通に町を出歩き、或いは道端で語らっていた。

 俺の感覚はここでは異端だ。

 疑うなら双方を、信じるもまた、双方を。


 どうしてもすぐには難しいだろうけれども、ここでの過ごし方を考えながら、少しずつ慣れていかねばならない。


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