幾ら合法でもロリは流石に5
マールリとポルドヌス山脈に踏み込んで一日後、俺は窮地に陥っていた。
「っぉぉぉぉぉおおおおおおおっらっい!」
裂帛の気迫と共に振るわれるのは、巨大な長柄斧。
触れれば身体なんて簡単に両断されそうな一撃を、俺は地を転がるように何とか避ける。
「ちぃっ! 粘りやがる。中々やるじゃねぇか。人間よぉ!」
誤解だと、敵意はないと、言葉や態度に出して示したかったが、相手のあまりに強い気迫に、言葉は喉にへばりつき、身体は戦闘態勢を崩せない。
だが例えまともに戦う事を前提に相手を観察しても、目の前のドワーフに勝てる要素はなさそうだ。
そう、俺に長柄斧を向けているドワーフは、久方ぶりに出会う完全な格上だった。
尤も幾ら格上でも、ドワーフはドワーフだ。
つまり短躯短肢であり、足は決して速くない。
逃げるだけなら幾らでも能うだろうが……、すると連れて行かれたマールリを置いて行く事になる。
俺とマールリを分断を目的として行われた奇襲は実に鮮やかで、二人組のドワーフの片割れは、手早く、まるで保護するかの様にマールリを抱えて逃げて行った。
そして残ったのは、足止めでなく、俺を仕留める気が満々の格上の戦士。
誤解を解く為にも、今は逃げた方が良いと理性は言う。
しかし感情が、確実に安全だとわからない以上、マールリの身柄を取り戻せと叫んでた。
「良い目をしてやがる。西から来た人間じゃなきゃ、名乗り合ってから打ち合いたかったがよぉ!」
まるで嵐の様に振り回される長柄斧を、俺は必死に掻い潜って剣を叩き付ける。
打ち合いなんてとても出来ない。
武器の放つ輝きから見て、あの長柄斧はドワーフ製の逸品だ。
……まぁドワーフが持ってるのだから当たり前だが、俺の持つ量産品の剣とは質があまりに違い過ぎる。
仮にあの攻撃を剣で受け止めたなら、ドワーフの腕、武器の鋭さと質量が相まって、圧し折られるどころか軽々と斬り飛ばして俺の身体も両断されるだろう。
だからこそ、一度詰めたこの間合いを容易に手放す訳には行かない。
長柄斧はそのリーチ故に、相手にぴったりとくっ付かれれば扱い辛い武器だ。
俺は息を吸わずに、剣をドワーフに叩き付け続ける。
呼吸をすれば一拍の間が生まれ、相手に反撃を許すだろう。
その結果間合いを開けられでもすれば、今度こそばっさりと真っ二つされて死にかねない。
俺の決死の猛攻に、顔を顰めて防御に徹するドワーフ。
けれども俺も、彼を殺す訳には行かなかった。
今は話し合えずに刃を交えているが、このドワーフはマールリの同胞だ。
退く訳には行かないが、殺せもしない。
無力化出来れば一番良いが、残念ながら格上相手にそんな器用な真似も出来ないだろう。
では残された道は唯一つ。
俺は叩き付ける剣をわざと手放してすっぽ抜けさせると、空いたその手でドワーフが持つ長柄斧の、その柄を掴んでグイと引く。
勿論、この行為は無謀以外の何物でもない。
人間が、人間よりもずっと力の強い種族であるドワーフ相手に、武器の奪い合いをして勝てる筈はなかった。
だけど咄嗟に引かれた力に逆らって、長柄斧を引っ張り返したドワーフに、俺は素直に手を離す。
反発する力が消え、自らの引っ張る力に意表を突かれ、ドワーフは僅かに体勢を崩してたたらを踏む。
あぁ、狙った千載一遇のチャンスが訪れた。
俺はすぐさま全力で駆け、ドワーフの横を抜ける。
重ねて言うが、ドワーフの足は速くない。
故に俺を排除、足止めしていたこのドワーフさえ躱せれば、そう易々とは追い付かれないし、また連れて行かれたマールリもまだ見付けられる筈。
それが俺の狙いである。
でもそれは、あぁ、相手を格上だと認識していたにも拘らず、他に手がなかったとは言え、相手を些か軽く見積もり過ぎていたのだろう。
だからそれは、下された罰の様な一撃だった。
「舐めんなァッ!」
体勢を崩しながらも、強引に無理矢理身体を捻って振り回された長柄斧が、俺の背中にぶち当たる。
人間には不可能な、ドワーフの桁外れの腕力だからこそ成せる無茶苦茶。
幸い、当たったのは刃の部分ではなかったが、それでもその破壊力は尋常ではなく、俺は吹き飛ばされて地面を転がった。
肺の中の空気が全て吐き出され、駆け抜けた衝撃に身体の力が萎え、ピクリとも動けない。
「俺を、無視して、どこに行こうってんだ!」
だが怒りに震えるドワーフが俺の状態を意に介す筈もなく、ズンズンと長柄斧を構えて近付いて来る。
その動きが、少しばかりぎこちないのは、やはり先の一撃には無理があり、捻った身体を痛めているのだろう。
けれどもそれは、今の動けぬ俺には何の慰めにもなりはしない。
間近に、確実な死が迫っていた。
振り被られる刃。
実に間抜けな真似をしてしまった物だ。
しかしこの後に及んでも、俺はあの時逃げるべきだったと思えない事に、我ながら少し呆れてしまう。
この間合い、相手の実力、動かぬ身体。
今の俺に出来る抵抗は皆無だろう。
なのにそれでも、まだ何とか動き、どうにかこの場を切り抜けてマールリを追う事は出来ないかと、俺の頭は考え続けてる。
多分最期の瞬間まで、或いは首が胴を離れても、きっと、まだ。
「止まれガードラン! 止めるんだ!!」
その声は、長柄斧が振るわれた瞬間に響き渡った。
仮に目の前のドワーフが、俺が完全に格上だと認める程の実力の持ち主でなければ、多分手遅れだっただろう。
でも彼は本当に恐ろしい程の実力者だったから、長柄斧の刃は、俺の首にほんの少しだけ食い込んだ所でピタリと止まる。
皮と、その下の肉をほんの少しだけ切って、後もう少しで喉の太い血管に届いただろう場所で。
「あぁん?! 何で止めた。俺に敵を嬲らせんじゃねぇ! コイツは俺が殺り合った戦士だ。捕虜の辱めなんて受けさせねえぞ!」
ガードランと呼ばれたドワーフが、後から来て彼を止めたドワーフに怒鳴り返すが、その度に俺の喉に食い込んだ刃が震えて少しずつ食い込んで来る。
このままなら、二人が会話を続けるだけで俺は死ぬ。
身体は未だ、動かない。
「捕虜じゃない。客人だ。頼むから武器を引いてくれガードラン。その男は、人間に囚われた亡国の姫君を助け出し、わざわざここまで連れて来たんだ。害する事があってはならない」
あぁ、どうやらマールリは、やはり連れ去られたんじゃなくて保護されたのか。
そしてマールリは、急いで自分を保護したドワーフに事情を話したのだろう。
やっぱり話し合いは大事だったんだなぁと、思う。
……安堵に力が抜け、くらりと眩暈が起こる。
喉元から、慌てた様に長柄斧が遠ざかるのと、俺が前に倒れ込むのは殆ど同時。
「アスィル!」
地にぶつかる寸前、マールリの声を聞いたけれども、一度抜けた力は戻らず、俺は意識を手放した。