幾ら合法でもロリは流石に3
担ぎ上げても女ドワーフは抵抗すらしようとしなかったので、町からの脱出は割と容易だ。
ただその無抵抗は、逃げれる事への喜びでも、俺への信用でもなく、これまでの境遇から来る諦観故だったが。
後、見た目に反してその重量は結構重い。
人間の少女に似て居ても、肉質は間違いなく頑強で力強いドワーフの物なのだ。
しかしそれでも、今は彼女が大人しく荷物に徹してくれている事がありがたい。
教会に忍び込む邪魔になるからと、隠しておいた旅支度の荷を回収し、ロープを使って町の外壁を越えた。
明日になって教会の一件が明るみに出れば、町中の警備も厳重になり、脱出もこう簡単ではなかったかも知れないが、今は町を守る衛兵達も緩み切っている。
そして一度町を出てしまい、早急に出来る限り離れれば、当面の間は追手のかかる心配もない。
当然明日になればあの教会の面々は目を覚まして激怒するが、しかし追手を準備している様な暇は、多分彼等にはないだろう。
恐らく町の住民の間には、あの僧侶は酔って亜人の少女を外に連れ出し、乱暴を働こうとして逃げられた風に噂が流れる筈。
何故ならそう言う風に見える様、俺が細工をしたからだ。
細工の詳しい内容は、思い出すのも楽しくないから、もう早く忘れよう。
なので仮に追手の準備や、一体犯人が誰であるかの調査をするにしても、一日や二日は後になる。
まぁ確かに、入念に調査をすれば、俺が怪しいと言う証拠は幾つも残ってた。
何せオレや女ドワーフが着ているフード付きの外套や、潜入や脱出に使った針金とロープ、旅支度の一式だって、全てあの町で揃えた物だ。
更に町に入った記録は残ってるのに、出た記録が残ってなければ、明らかに疚しい事をして町から逃げ出したと言ってる様な物だろう。
但し俺が町に入った時に名乗ったのは偽名だから、犯人であろう流れの傭兵が実際には何処の誰なのかまでは、幾ら頑張っても辿り着けない。
故に俺は夜闇の中を、東に向かう街道を悠々と歩き、朝日が昇れば道を逸れて森に潜った。
今現在、事態は切迫していないから、今の間にこれから先の予定を、彼女に説明しておく必要がある。
それと大事な事だけれども、そろそろ互いに名乗った方が良いだろう。
「と言う訳で、今更だが名乗ろう。俺はアスィル。以前は傭兵をしていた。今は……、今は、なんだろうな。まぁ東に向かう旅人だ」
本当に今更過ぎて、何がと言う訳でなのかを問われると少し恥ずかしいが、俺は強引に名乗りを行う。
自分が一体何であるのかは、実は俺にも良くわからなかった。
元傭兵と名乗るのも、闘技場の元チャンピオンと名乗るのも、しっくりこない。
かと言って亜人の味方だなんて嘘は、もっと言いたくない。
今の俺は亜人の虐待を見たくないと思っているけれど、以前は敵として何人も殺した。
そして見たくないと思っていても、全ての亜人を助けようなんて大それたことは考えてもないのだ。
だから俺は、東に向かう旅人だなんて曖昧な言葉でしか、自分を認識、表現できない。
彼女は、俺の名乗りを聞いて、訝し気に眉を顰めた。
「私は、マールリ。ドワーフ。……人間が東に何の用なの?」
すると女ドワーフ、マールリからは、実に返答に困る問いが飛んで来た。
一体何故、俺は東に行きたいのか。
「見たくもないのに、目を逸らせない光景があまりにも多過ぎるからだよ。何も知らなかった頃は、気にも留めなかった癖にな。後は、東に行けばもう一度会いたい人に会える可能性が、少しはあるから」
つっかえながら心の内を吐露して見れば、あぁ、要するに俺は逃げたいのだ。
色々と放って置きたくはないのに、自分には手を出せるだけの力がないと言う現実から。
全くの無力なら、諦めも付いて目を閉じて生きたと思う。
或いはあのドルドギア聖教が言う勇者の様に、圧倒的な力があったら、この現状を変えただろう。
今の俺は、我が身を振り返って見て、実に中途半端に思えた。
「そう。でも、どこに行っても、貴方が人間である事は変わらないわ。……ごめんなさい。言わなくて良い事を言ったわね。久しぶりに縛られずに外に出て、浮かれているのよ。もしかしたら、万に一つでも、逃げれるかもって」
それは紛れもない真実だろう。
あぁ、確かに東に行けば良くも悪くも色々と状況は変化するだろうが、それでも根本的な問題は変わらない。
遠く離れて見難くなっても、西側の現状も、それをどうにかする力を俺が持たない事も、何一つ変わらない。
だから俺は首を横に振る。
彼女は、マールリは謝る必要は何もなかった。
だって彼女は被害者だ。
寧ろマールリが、万に一つでもと考えられたのなら、俺にはそれが喜ばしい。
なら、その万に一つが千に一つ、百に一つとなって行く様、まずは逃走経路の説明を彼女にしよう。
「この国、ゴルドリア王国の北東部の鉱山地帯には、ドワーフの地下王国がある。だから本当ならそこに君を連れて行くべきかも知れないが、多分厳しい」
俺は地に落ちた枝を拾い、ガリガリと線を引く。
歪んだ四角形の囲いはゴルドリア王国で、その右上、北東部に三角でドワーフの地下王国を記す。
ゴルドリア王国と、北東部の、確か黒鉄の要塞と呼ばれるドワーフの地下王国とは、実は意外な程に友好的な関係を築いてる。
しかしだからこそ、黒鉄の要塞の周辺はかなり厳重にゴルドリア王国が警戒線を張っており、その突破は難しい。
一体どう言う事なのかと言えば、ゴルドリア王国はパラキア公国を始めとする敵対国家に抗する為、優れたドワーフ製の武器防具を、独占して取引しているのだ。
地下に住む関係上、ドワーフの地下王国は食料自給率が低い。
にも拘わらずドワーフは大酒飲みで、大体の場合は大飯喰らいでもあった。
故にゴルドリア王国は、大量の麦や麦酒と引き換えに、ドワーフ製の武器防具仕入れて屈強な軍団を擁している。
もしマールリが黒鉄の要塞から連れ去られたドワーフだったならば、実はあの僧侶は問答無用で牢に叩き込まれただろう。
尤もあの僧侶はマールリを終始亜人の雌と呼び、ドワーフだとは一言も口にしなかったから、その辺りも承知の上だったのかも知れないが。
大体の民衆は、ドワーフと言えば髭もじゃの男しか知らないし。
だが逆に言えば、マールリは黒鉄の要塞のドワーフでないが故に、ゴルドリア王国の町で騒ぎを起こして逃げて来たと知られれば、同じドワーフの手で人間に引き渡される可能性があった。
勿論これは決してマールリには言わないが、その位にゴルドリア王国と黒鉄の要塞は、互いに取引と関係を重視してる。
「こんな感じで警戒線が張られてる。これを突破しようと思ったら、熟練の傭兵か騎士が、二百人から三百人の規模で必要だ。俺と君だけじゃ、どうにもならない」
だから俺は、北東のドワーフの地下王国、黒鉄の要塞は目指さない。
ゴルドリア王国から真っ直ぐ東に向かえば、海に面した国であるトルスタリア共和国に出られ、そこからは数は決して多くないが、東側諸国との取引をしている船が出てるそうだ。
その船に潜り込めそうならば大陸の東側に向かい、そこでドワーフの地下王国を探してマールリを送り届けよう。
しかし仮に船に乗る事が叶わねば、トルスタリアの更に隣、険しいポルドヌス山脈を越えて徒歩で大陸の東側に入らねばならない。
北に向かえば、平地を通って東入りするルートも一応あるのだが、残念ながらその辺りは西側国と東側国がぶつかり合う戦場だ。
単身なら兎も角、マールリを連れて戦場を越えるのは、流石に少しばかり無理があった。
最も良いのは船を使うルートだが、マールリの正体を隠したままの乗船は、かなりハードルが高くなる。
そもそも町に入るだけでも、フードを取って顔の確認はされるだろう。
「だから結局は山越えルートになると思う。尤も山に入れば、俺が君の足を引っ張りかねないけれど、まぁその時は別行動でも構わない」
結局今回の説明で大事なのは、近くにドワーフの地下王国があるけれど、そちらには立ち寄らない理由があるって点だけだ。
それさえ納得してくれれば、後は多分何とかなる。
運が良ければ、ポルドヌス山脈内にだってドワーフの地下王国が存在するかも知れないし。
俺はマールリが納得して頷いた事に安堵して、足で踏んで描いた地図を消す。
暫くは、距離を稼ぐ為に移動は街道を使いたい。
なので移動するのは基本的に夜になる。
地下で暮らすドワーフは闇に強いし、俺もそれなりに夜目は利く。
「今から俺は、森で食料を探すけれど、君はどうする? 水場を見付ければ、浴びれる様に呼びに来るけれど」
保存食は成るべく取って置き、町に立ち寄る回数は減らす。
幸い実りが乏しい季節じゃないから、少し探せば幾らかは食べられる物も見つかるだろう。
そんな風に考えながら問えば、彼女は首を横に振って付いて来る意思を態度で示した。
折角助けたのだから別に置いて行きやしないのだが、それでもこうやって付いて来ると言う事は、別に心を開いた訳じゃないけれど、少なくとも俺と一緒に居た方が逃げ延びられる可能性が高くなると考えてる証左で、それは少し嬉しく思う。
さぁ、ならばもっとそう思って貰える様に、先ずは食べ物を見付けて休息の準備を整えようか。