謎生物とお金
「………逃がさない。」
そんなかっこいいセリフを、低音ボイスで一度でいいから言ってみたかった。
そんな思いが、高1の俺にはある。
誰だって、言ってみたいセリフぐらいあるだろう。たぶん恥ずかしくて言えないけど。
だが、セリフと実力が伴うことはあまりない。
そう。俺も、そうだ。
なんせ、剣なんて振ったことがないんだから。
「オラオラオラオラオラァ!!」
「うわぁ、こいつ力任せに振ってるぞ!」
「こんなの滅多にいないぞ!」
そんな皮肉にも取れる叫びを聞きながら、俺は思った。
母さん……ほんと、今まで苦労かけた………
だけど、今俺はこんな山の中の洞窟で剣を振り回してるよ………
母さんの言う通り、剣道でも……習っておけばよかったよ…………
自嘲めいた笑いがこぼれる。
とりあえず、横に斬ってすぐに縦に降ろす!剣の振り方なんぞ、あとでモフ太にきくわい!
ゲームの技、俺が再現してやるよっっっ!
ま、そんな器用なことはできないんだけど(笑)
「ああ、ベック!」
「デリーもやられた!みんな急げ!」
「こいつ、ただ木を振り回してるだけなのに超つええ!」
ふん!俺は物理20万だからなっ!って、木じゃなくて木剣だ!確かにちょっと剣に見えないかもしれないけど、そんなことモフ太に言ったら世界滅ぼされるぞ!
「っ、モフ太!足止めできるかっっ!?」
『…たぶんー!!!』
よかった。聞こえたんだ。
俺はまた剣を一閃させる。
まさに力づく、って感じで戦ってるけど、着実に数を削れてるからよしとしよう。
ってか、こいつらどんだけいるんだよ!きりがねぇ!
「くそっ、い、入口に結界が!」
「武器だ、武器をとれっ!」
え、今頃!?
確かになんか逃げ腰だなーって思ったけど、今頃?!今頃なの?!
残り少数になったゴブリン達が、一斉にこっちに向かってくる。
ゴブリンの背丈は小さい奴でだいたい俺の腰辺り。大きい奴でも胸辺りだ。なんか、子供が走ってくる気分。
そんなことを悠長に考えていたら、ゴブリン達がもうすぐ近くまで迫っていた。
よーし。せーの
「よいしょー!」
掛け声とともに、俺は剣を横一文字に薙ぎ払う。
そしてさらに折り返し。
気が付いた時にはゴブリンは全滅していた。
俺は入り口にいたモフ太と合流して、ドロップアイテムの回収を始めた。
「それにしても多いな。何体ぐらいいたんだろ。」
『だいたい一つの集団で100、200はざらだから、それぐらいじゃないかな?』
「ってことは、今受けてるクエストはちまちまと外に出ているはぐれゴブリンを倒していく感じだったのかもな。20体分ギルドに提出するとして、残りはどうするんだ?売るか?」
『愚問だね、リュウ。』
「…………ああ。」
ふっ、と不敵な笑いが足元から聞こえる。
さすがお金の亡者。
………いや、まてよ。
「モフ太。どうやってドロップ品とってんの?まさか、アイテムボックス的なのでもあるの?」
『うん。普通は有限のアイテムボックスだけど、ボクには【想像】があるから。』
確か、思い浮かべたものを作れる固有スキルだっけ?万能だなぁ………。
って、ちょっと待てよ?
「それって、幾つでも作れるの?」
『それは無理。アイテムボックスの存在自体伝説級だからね。でも、リュウ用になら作ってあげられるよ。ボクの想像で作った物は、ボクが命令するまで消えないけど、ボクを中心とした半径50m以内でしか機能しないから。もしその距離以上離れると、全部消滅しちゃうんだ。だけど、ボクとリュウは通常いつでも一緒だからその心配はないし。』
「ほう。ってことは、もし俺がモフ太からアイテムボックスをもらって、それを例えば泥棒とかに掏られて無くし、それを見つけられなかったら?」
『中身ごと蒸発するよ。』
ふむ。
ちょっとモフ太の発言に怖い表現が合った気がするけど、これこそ貴重品はちゃんと持っておこう、だな。
『で、どうするの?アイテムボックス。作る?作らない?』
「…………よろしくお願いします。」
『了解。』
やっぱり、持ちものをたくさん持てるのはいいことだ。
結局欲に負けてしまった。
手を止めたモフ太につられ、俺もアイテム回収の手を休める。
数秒後。モフ太の周りで不可視の風が吹き始めた。
そういえば、鑑定眼は魔力も見えるとか言ってたな。俺は鑑定眼を発動させてモフ太を見る。
……………なんだ、あれ。
ステータスを見るのとは違って、なんだか黒白の世界にモフ太の周りだけ色がついている。これが…魔力?
『…………ーい、おーい、リュウー?できたよー』
「っへ?あ、おう!あざっす」
はっ、とその声で我に返り、俺は鑑定眼を外した。
にこっと笑う毛玉の前には、革製のボディバック(肩に斜めにかける一本のベルトで持つバックのこと)が一つ無造作に置いてあった。
全体が黒い革でできているけど、ほかに特徴もない、本当に普通のボディバックだった。
ついでに鑑定してみよっと。
どれどれぇ………?
【黒レザーのボディバック(オリジナル)】
レア度:SSS
ドロップ率:0%
特殊能力:アイテムボックス(無限)
相場価格:100億G
……………。
俺は何も見ていない。うん。なぁんにも見てない。
俺は記憶を抹消し、アイテム回収に励んだ。アイテムボックスのおかげでかなり時間も短縮できて、すべてのドロップ品を集めて洞窟の最深部に着いたのは、ゴブリン軍団殲滅30分後のことだった。
ーーーーー
「ここって、もとは炭鉱だったのか?」
『そうみたいだね。トロッコとかレールとかがあちこちにあったから気になってたけど。』
「へぇ………ってことは、これがあの【ミスリル鉄】か?」
俺は壁の土に埋もれながらも微量の光を放つ鉱石をこんこん、とたたいた。
ミスリルは、剣とかを作るための素材の一種で、合金みたいなもの。硬さは黒曜石に匹敵して、グレードが高くなるほど剣のグレードも比例して高くなる、かなり主要な金属だ。
すると、モフ太が突然目を輝かせて俺の腕を伝いミスリルのところまで駆け寄った。
『み、ミスリルだっ!うわぁ……しかもなかなかいい質………』
「……………ん?モフ太?大丈夫?」
『幾つで売れるだろ…………どれくらいの剣できるかな…………』
………ダメだ。とうとう頭がいかれた。
なに?こいつ鉱石マニアなの?いや………違うな。金マニアだ。
「モフ太。気をしっかり持てよ。」
『ねぇリュウ!これ掘って!!ゴブリンの魔石とかといっしょに持って帰ろう!』
「っ、はあ?!冗談じゃねえ、無理だろ!」
挙句の果てにはこの始末。
『だぁーいじょうぶ!この程度の土ならリュウにとっては歩く動作も同然だから!一定掘ればミスリルの方から出てきてくれるよっ!』
「いや、俺が言ってるのは、これは素手で掘るのためらうだろってこと………」
『早く!君の剣の材料になるんだよ!ほら、手を動かして!ボクはもうちょっとミスリル探してくるからっ!』
そう言い残して、モフ太は俺の手の上から飛び降り。ものすごい速さで洞窟の奥まで言ってしまった。
おい………まさかマジで鉱石掘りすんのか?
初モンスター討伐のあとはまさかの鉱石掘りだと?ふざけんな!
…………そういえば、ギルドのクエストボードに鉱石採掘のクエストがあったような…………まさか、モフ太のやつ、それも目当てで………?
震える両手を見ながら熟考三分。
脳内会議にて、苦渋の判断が下された。
確かに、洞窟の壁はぬいぐるみの毛みたいにやわらかかった。
ミスリルの周りの土を削り、ミスリル鉄を取り出す。だいたいミスリル一つで直径5、60cmほどの大きさで、それがゴロゴロと出てくる。
王都アスティ付近の坑道や洞窟は全て潰れていて、金鉱の街ラディ産の鉱石がクレイドールの鉱石自給率の八割近くを占めている。でも、ここまでミスリルやらその他の鉄やら銅やらが出てくるなら潰れる必要なかったと思うんだけどな。まあ、終わったことを四の五の言っても始まんないし、今は鉱石掘りに集中しよう。
モフ太のくれたアイテムボックスは最強だった。
いくら物を入れてもバックは一定の重さを保ってるし、汚れもそこまで付かない。
だけど、俺の手、そして洋服はかなり土で汚れてきた。
さすがに退屈になってきたころ、ようやくモフ太が帰ってきた。
『ただいまー、リュウ。どう?成果は。』
「もう無心で掘ってたからよく分かんねぇ。ミスリル以外にも色々鉱石出てきたから、ますますわからん。」
『じゃあ全部洗浄するから外出よ。』
………全部、洗浄する?
モフ太の言葉に若干の違和感を覚えつつも、俺はモフ太を肩に乗せると、へとへとになった足を動かして、洞窟の出口へと向かった。
ーーーーー
『よーし、それじゃあ行くよ。危ないから離れてて。』
「了解。」
洞窟から出ると、モフ太は木のあまりない野原を見つけて、そこに大きなクレーターを作った。
そこだけでも驚きもんだけど、疲れきっている俺はそれをただ黙ってみていた。
そのクレーターの中央に積み重なった山のような鉱石の量にはさすがにひいたけど、全長100mほどのぽっかりと横道ができたあの洞窟を思い出せば納得できた。
その山が二つできたところで、俺はモフ太の指示でクレーターから少し離れた。
空中には白い小さな毛玉が浮いていて、その下には泥だらけの鉱石の山。何とも言えない光景である。
疲労がどっと体を襲い、少し眠くなりかけた視界の端で、モフ太の毛が水色に変わったのが見えた。
そして、毛の色より数段濃い青色の魔法陣がモフ太の後ろで展開され、それと同じものがクレーターの数m頭上に出現した。
『【グランディアーズドロップ】!!!!』
その日、俺はモフ太の魔法の真の力を見たような気がした。
涼しげな水の爽やかなしぶきが頬にかかった。
だけど、それさえも夢のような気がして、なぜか小さく笑いが漏れた。
数十秒後クレーターの中には、ぴかぴかになった鉱石の山が二つ、静かに鎮座していた。
それを見た俺が、ふよふよとやってきたモフ太に最初にかけた言葉は、こうだった。
「とりあえず、家に戻ろう。」
『……………了解。』
いつの間にか、鉱石は全部、消えていた。
ーーーーー
俺は初めて、俺の固有スキルの一つ【瞬間移動】を行使した。
これは見たことのある場所に、まさに瞬間移動ができるスキルだ。それで裏路地の手前に着陸し、マティアさんの家に入ると、レイラちゃんが俺たちを出迎えた。マティアさんは仕事に出かけたという。
レイラちゃんは泥だらけの俺を見て驚き、シャワーを使って、と言った。
俺はそれをやんわりと断り、とりあえず荷物を部屋に置いた。
服は瞬間的に綺麗になっていた。もちろん、モフ太の魔法だ。
だいぶこのポロシャツもくたびれてきたな………お金が手に入ったら新しい服でも買うか…………
そんなことを考えながら、俺はそっと意識を手放した。
二時間後、俺は目を覚ました。
どうやらモフ太がメガネを外しておいてくれたみたいで、サイドテーブルの上に黒い影が見えたからそれを掴むと予想通りメガネだった。
枕元で寝ていたモフ太を起こして、俺はバック片手に一階に降りる。
マティアさんはまだ仕事から戻ってきていないようで、レイラちゃんは二階の自室で何かしているようだった。俺はテーブルの上に一応書き置きを残しておいて、外へ出た。
外はやや日が沈みかけていて、人通りも少なくなってきていた。
モフ太はまだ寝ぼけ眼でしきりに髪を引っ張っていた。俺はそれに小さく文句を言いながら、冒険者ギルドへ向かう。もうすっかり道を覚えたので、迷う心配もない。
昼間は人が多くて時間がかかったけど、冒険者ギルドはマティアさん宅からそこまで離れていなかった。
冒険者ギルドの中には、数人の初心者らしい冒険者と、横のテーブルで酒を飲む三人ほどの上級者の冒険者がたむろしていた。
「うわ………テンプレ起きそうだから早めに用事済ませよ。」
大概こういうギルド内では、ビギナーをいじめる上級冒険者がいる。
それを察知した俺は、なるべく目を合わせないようにカウンターへ向かった。
そこで俺は見知った顔を見つけ、まっすぐ向かう。
「マオさん。こんにちは。」
「あ………昼間の。」
ぺこり、と頭を下げるマオさん。俺もそれに倣ってお辞儀をした。
よく見るとマオさんは耳が少し長い。エルフ種かな?
「もしかして、クエスト受理ですか?」
「あ、はい。ここで受理してもらえるんですよね?」
「ええ。では、ゴブリンの核を20個、お預かりします。」
俺はボディバックを前に持ってきて、中から核を取り出す。
どうやら念じながらバックの中に手を入れれば、願い通りの物が自動で出てくるらしい。
深緑色の球体を20個ぴったり箱の中に入れると、マオさんは数を数える。
そして、ぴったりあることを確認すると、ニッコリ笑顔で言った。
「はい。確かにお預かりしました!それでは、報酬の5000Gです。」
「ありがとうございます。」
それではまたいらっしゃいませ、と言ったマオさんにつられて危うく帰る所だった。
俺は、あぶねぇ、と思いながら言葉を紡いだ。
「あ、あの、実はもう一つあるんですけど…………」