謎生物と家庭教師(の前に少し金稼ぎ。)
「先ほどから、図書館でたくさんの本を読まれているのを見ました!私達はお金があまりなくて、この子を学校に通わせてあげることもできません。どうか、この子に勉強を教えてはいただけないでしょうか?」
ふむ。典型的な貧困層の家族、か。この世界でも富裕層との差はかなりありそうだな。
すると、モフ太が俺にささやいてきた。
『いいチャンスだよ、リュウ!カテキョと一緒に宿ゲット!だよ!!』
「…………はあ?!」
意地悪い笑みを浮かべるモフ太は、やや薄紫に毛色を変化させてそう言った。
こいつぅ………優しいのか腹黒いのかわかんねぇな。
だけど、宿無し、職無しの俺達としてはこの誘いはかなりうれしいな。
モフ太の言うことも一理ある。
俺はきらきらとした目で見つめる親子二人にこう聞いてみた。
「実は、俺達はこの街に来たばかりで、宿とかが見つかってないんです。家庭教師を受ける代わりに、できれば俺達の住むところが見つかるまで泊まらせていただけませんか?もちろん、お金は要りませんよ。」
「それぐらいお安い御用でございます!是非よろしくお願いします!」
さすがに無理だろうと思っていた俺は、母親のまさかの答えにかなり驚いた。
まじか、すごいなモフ太!
そう言ってやろうと思ったけど、視界に入ったモフ太が嫌になるくらいのどや顔をしていたので、人睨みしてから二人に向き直った。
「それならお受けしますね。俺はきry……リュウと言います。この白いのはモフ太。」
「キュッ!」
「私はマティアと言います。この子はレイラです。レイラ、」
「よ、よろしくお願いします…………」
三十代くらいの銀髪ミディアムのマティアさんと、十歳くらいの銀髪を三つ編み二つぐくりにしたレイラちゃんは俺に頭を下げる。
俺も同じように頭を下げると、営業スマイルを浮かべて言った。
「では、どうするか決めますか?」
「はい、そうですね。」
そうして、図書館から出た俺とモフ太は、マティアさん宅へ向かうこととなった。
早めに収入を稼がないとやばいな。いつまでもマティアさんちにはいられないからな。
マティアさんの家は図書館からまあまあ離れた裏路地にあった。
壁にドアがあって、陽の光があまり当たらないところだった。
「どうぞ」と案内されて中に入ると、そこは見事に木造建築の部屋だった。
家具も必要最低限しかなくて、暖炉の上にはマティアさんとレイラちゃんと知らないおじさんが並んで写真に写っていた。きっとお父さんだろうな。
…………父親か。
目を細めて写真の男を見つめる。
「リュウさん、どうぞこちらへ。」
「あ、ハイ。」
そこでマティアさんが俺に声をかけ、そちらへ戻った。
簡素なヒノキの四人用テーブルに、向かい側にマティアさんとレイラちゃん。反対側に俺が椅子へ、テーブルの上にモフ太が座る。
「部屋は、この二階の一室を使っていただければいいです。ご飯も私達を一緒でいいでしょうか?」
「あ、いえいえ。それくらいは何とかします。泊まれる場所を貸していただければ大丈夫ですよ。あ、キッチンは借りますね。」
「よろしいのですか?」
「はい。」
正直ご飯までごちそうになるとしたら、食費もそれだけかさむ。貧乏って言ってたし、無理をさせるわけにはいかない。最悪モフ太にどうにかしてもらおう。
「そ、そうですか………授業についてはお任せするような形でいいですか?」
「分かりました。ご要望があればお答えしますよ?」
「あ、いえとくにはありません。これからよろしくお願いしますね。」
「ええ。」
テーブル越しにマティアさんと微笑みあうと、俺は会話を終えた。
よし。これで宿+職業ゲットだな。お金の面はわかんないけど、住むところがゲットできたのは大きいかも。
ちらりとモフ太を見ると、再びサムズアップ(らしきもの)をしていた。
まずは、レイラちゃんと仲良くなることが大切かもな。これからしばらく一緒に過ごさせてもらうし。
そう思った俺は、斜め横に座るレイラちゃんを見て言った。
「俺はリュウ。これからよろしくね、レイラちゃん。」
「よ、よろしくお願いします………」
おどおどと言うレイラちゃん。
同時に俺は、レイラちゃんを鑑定眼で視てみた。
【レイラ・アプリコット】
種族:ヒューマン
年齢:8歳
誕生日:エリルの月5日
武力:100
魔力:100
知力:50
魔法特性:火・光
へえ、こんな風に見えるんだ。
ってことは、レイラちゃんは火魔法と光魔法が得意ってことか。
少し不思議そうにレイラちゃんが俺を見てくる。
さ、さすがにじろじろ見すぎたか。
俺は鑑定眼を外し、もう一度小さく笑った。
「では、お部屋に案内しますね。」
「あ、ありがとうございます。」
マティアさんが椅子から立ち上がり、暖炉横の階段を上る。
レイラちゃんがそのあとを追い、俺達は最後尾を歩く。
『食べ物どうするの?リュウ。』
「クエスト受けてお金貰う。そんで買う。」
『おおざっぱだなぁ…………』
ぼそぼそとささやいてきたモフ太に、俺はそう答える。
呆れてしまったモフ太をスルーして、二階の床を踏んだ。
二人はつきあたりにあるドアの近くに立つと、マティアさんが言った。
「では、ここをお使いください。元はアグリの部屋でしたので、一応の家具はそろっております。」
「…………アグリ?」
聞いたことのない名前が出てくる。
すると、少しだけマティアさんとレイラちゃんの青みがかった瞳が暗くなる。
やばい、きいちゃまずかったか?
頬を引きつらせて、とっさに謝ろうとすると、マティアさんが沈んだ声で言った。
「…………夫です。亡くなってから、数年ほど経ちました。」
「パパの、お部屋だったの…………」
今にも泣きだしそうな雰囲気に、俺は慌てた。
そうか、あの写真の男がアグリさんか。
「す、すみません、なんか悲しい記憶を思い出せてしまったみたいで……………」
「いえいえ……こちらこそすみません……………」
マティアさんはなぜかそう謝ってから、「どうぞごゆっくり」と言って一階へと降りていった。
レイラちゃんもそのあとに続く。
残された俺達は、顔を見合わせてドアノブに手をかけた。
ーーーーー
部屋はかなり綺麗にされていた。
さすがにアグリさんのものらしき物は見たところなかったけど、家具はそのままにされていた。
たいして何も持っていなかったから、少しくつろぎ、二、三時間ほど仮眠をとってから街へと繰り出すことにした。寝ずに本を読みたくった俺が秒で寝たのはともかく、モフ太まで寝るのはおかしいと思う。あいつは昨日(と今日の朝方)散々寝ていたはずだからな。
「なんでお前が寝てたんだよ。」
『ボクはそんなに喋るキャラじゃないからね。それに、リュウの髪の中はあったかくて気持ちいも~ん』
「また寝始めるんじゃねぇ。」
こつん、と毛玉を叩くと、小さく『いたっ!』と声がした。
あえてそれを無視してから、俺は王都の地図を脳内で展開してギルドの場所を確認することにした。
と言っても、ここがどこの街なのかもわかんないんだよな。看板みたいなのもなかったし、分かるものと言えば魔法図書館への行き方くらい。
よし。魔法図書館まで戻って、そこからギルドへ行くか。
決定事項をまとめ、髪を弱く引っ張るモフ太を安定で無視しながら、俺は薄暗い路地を出た。
くそ……地味にいてぇんだが…………
「やめろ、モフ太。」
『うるさい。』
そう言ってから、モフ太は喋らなくなった。
ったく、意地っ張りと言うか、なんというか…………
はあ、とため息をついてから、俺は再び足を進めた。
…………さて。
「…………モフ太。だから髪を引っ張るな。」
『あっかんべー!っだ』
このクソガキ!……じゃなくてこのモフモフ野郎!
ーーーーー
魔法図書館まで戻ってくると、人の賑わいがMAXに達していた。
お昼頃なのも関係しているのか、かなり人が多い。
ええっと……ギルドへの道はどこだ?
地図を展開すると、人が多くて見にくい道をなんとか見ながら道を確認する。
えっと、あの大通りを右に曲がって、それから百メートル道なりに行くと………
道順を組み立てていると、モフ太がだるーっとした声音で言った。
『リュウー、まだぁー?』
「いや、道は大体わかった。はぐれんなよ、モフ太。」
『大丈夫。リュウの髪がハゲない限り、ボクははぐれないから。』
っ、こいっつは本当に……………。
いちいちイライラさせるこの毛玉に、俺は困っている。いや、イラつき90%だな。
モフモフに向けてデコピンをすると、間違えて自分の頭を少しかすってしまった。
『やーいやーい!ざまーみろぉ!』
「てっめぇ………」
少し外して頭を押さえる俺に、モフ太が煽りに煽ってくる。
こいつはマジでイライラするタイプだ。俺が。
大階段から降りてくると、俺は人の波に流れ込んだ。
見た目によらず人の隙間はほぼないと言っても過言じゃなかった。
まあ例えるなら通勤ラッシュの満員電車のはばが少し広くなった感じだ。息をするのがきつい。時々首を出して空気を求める。
地図は常に脳内にある。
唯一の不安は、人込みで道や建物が見えなくなってギルドを通り過ぎることだ。
ただし、その不安はなんとか杞憂に終わった。
なぜなら、でかでかと【冒険者ギルド】と書かれた大きな看板が俺の目に入ったからだ。
なんとか人並みかき分けかき分けギルドにたどり着いた俺(とモフ太)。
せめてギルドの中ぐらいは人が少なくあってほしいと願った俺の声は神様に届いたようだ。
まあ冒険者ギルドだから、まあまあの人数はいたけれど外ぐらいではないからよかった。
「涼し………」
『ボクは毛があるからリュウよりもっと熱いよぉ』
はあ、とため息をつくと、モフ太はするすると体を降りて、涼しい風の発生源を探しにどこかへ消えてしまった。