謎生物と図書館制覇。
俺の横に10冊×10列の本が積み重なる頃には、窓の外は日暮れが近くなっていた。
もしこれが向こうの世界なら、10冊×2列で俺はオーバーヒートでギブアップしているだろう。だが、完全記憶のおかげで全然負担にならない。いや、負担にはなるな。俺の頭の中に第二の図書館ができてるんだから。
ちなみに、モフ太は全然起きてくる気配がない。
それに、あいつが俺の頭の上にいるという感覚もほとんどないくらいだ。
………………ん?
同時進行していたもう一つの思考が、とある一文でストップする。
今読んでいるのは【応用魔法学】。そして、俺が気になった文……というか魔法がこれだ。
【共有】
マナを使用しない魔法技能の一種。共有相手と体が接しているときにのみ発動することができる。
共有者の記憶・マナを発動者に送ることができる。共有の干渉能力を上回る魔法か、発動者の解除がなければ解くことはできない。
呪文「共有」
へえ。
マナ…MPを使用しない魔法、ねぇ……………それもう魔法じゃない気がするけれど、まあいっか。
少し試してみたけど、俺には魔法適正ないっぽいけどこれなら発動できるんじゃないか?
そう思った俺は、ついでに試してみようと思い、今俺と体が触れている「やつ」を思い浮かべながら言った。
「共有」
すると、俺の中に文字じゃない、映像の記憶が流れてくる。
それは、この世界のあらゆる場所だったり、地下だったり、雲の上だったりしていて、これが今までモフ太が見てきた景色なんだ、と改めて実感する。
その時。
流れていく記憶の中で、俺は立ち止まった。
……………これって……俺?
眼鏡をかけ、呆れた目を向ける俺。
背景は…元の世界だった。
…………違う。ここは路地裏じゃねえ。
学校………だ。
俺が通っていた、高校ん中じゃねえか……………
それに、なんで俺だけじゃなく、桜や夏樹もいるんだよ…………?
しかも、なんだ?喋って……る?
呆然とする中、再びフィルムが動き出す。映ったのは、小さい時の俺だった。
まだ、父さんが生きていた頃の、俺だ。
…………っどういうことだよ…………!?
俺は早く先が見たかった。
どうして……どうして、モフ太の記憶の中に、人間界にいた、それも小さい時の俺の記憶があるのか。それが、必ずあると感じた。
刹那
突然、辺りが真っ暗になった。
はっ、と気が付くと、元の図書館に戻ってきていた。
そして、目の前にはモフ太がいた。
真っ黒な体毛を逆立て、非難するような視線を俺に向ける。
思わず、椅子を蹴って立ち上がった。
『……………………どこ、まで……』
その声は、怒りをにじませていた。
『……………リュウ。勝手に人と共有をすることはほとんど犯罪なんだよ!?プライバシーっていうものが、向こうにもあったでしょ!それとお・ん・な・じ!!!』
「ご、ごめん……………」
こわっ…………
さっきまでの温かな丸い瞳には、深い怒りと悲しみがにじんでいた。
それが、まるで深海を思わせるような寂しさを含んでいて、俺は思わず口をつぐむ。
『………とりあえず、ボクの許可があるとき以外共有しなければいいんだ。今度やったら暗黒魔法で地獄に送るからね。』
「暗黒魔法はマジ勘弁だから了解。」
暗黒魔法とは、闇魔法の上位魔法のこと。まさに、暗黒にふさわしい恐怖の魔法らしい。全部呪文と効果は暗記してある。だけど使うことはできない。俺にはマナがないからなぁ……あ、他の魔法も同様。
ようやく落ち着いたモフ太は、毛の色が元の白色に戻っていた。
どうやら、モフ太は感情の変化で毛の色が変わるっぽい。あとは魔法の発動時に、その魔法に対応した色に変化するらしい。
『それにしても、まさかあのリュウが共有を使うなんて………気を付けないとなぁ………』
「おーい、全部聞こえてんぞー。」
『………で、本全部読めた?』
こいつ、バカか?
この短時間でこれだけの本全部読めるわけないだろ。
呆れた目をモフ太に向けると、拗ねたようにモフ太はそっぽを向いた。
「まあ、あと一日あれば半分はいきそうだな。」
『へぇ……じゃあしばらくは図書館に缶詰め状態?』
「そうなるな。」
我儘を言えば、このまま図書館に泊まって読み続ければ三分の二ほどいけそうだけど、さすがに閉館時間があるだろうからな。
そんなことをポツリとモフ太に愚痴ると、謎生物はにやりと口角を上げて言った。
『そんなこと、お安い御用だよっ?』
「?!マジで!?」
ふっ、ふっ、ふっ!とやけにイラつく笑い声を上げて、モフ太は魔法を発動する。
……あれ?毛の色が変わんない…………?ってことは、無系統魔法か?
『はい!これでOKだよ』
「………は?どういうこと?」
確かに、なんか薄いベールみたいなのに包まれてる感じがあるけれど………
すると、モフ太はにっこりと笑って説明してくれた。
『これは、無系統魔法の【隠蔽】だよ。他者からの認識を阻害するの。ボクのマナなら一年くらいは持たせれる。動いても大丈夫だし、明かりをつけても漏れないから安全なのさっ!』
ほぉ………
VRMMO系のラノベでよく主人公が持ってるスキルみたいだな。しかも万能かよ(笑)
俺は苦笑いしながらもモフ太に感謝を伝えた。すると、モフ太の毛が薄ピンクに染まる。
…………っぷ、照れてんのか?案外面白いやつだなぁ、こいつも。
『っ!ちょっと!なんで笑ってるんだよっ!』
「い、いや……お前も意外に人間らしいなって思って………」
くすくすと笑っていると、今度は毛の色が赤っぽくなった。
『あ、あんまりからかうなら今すぐ隠蔽外すよっ!』
「ごめんって!それもマジ勘弁だしっ」
『むぅ…………』
ぶすっと膨れるモフ太は、今度は頭の上に乗らず、俺が本を置いている前で寝ることにしたらしい。
モフ太は、寝る直前に言った。
『…………ボクがいるときはぶつかっても解除されないけど、いないときは、何かにぶつかったら解除されちゃうから。魔法大図書館には夜中は地獄の番犬が巡回してるからきおつけてね。』
「おす。」
まじか。
地獄の番犬って……あの三つ頭の犬、ケルベロスのことだよね?そんな化けモンが図書館をうようよしてて大丈夫なのか?
あまりに気になったのでモフ太に聞こうかと思ったが、もうすやすやと寝ていたのでそっとしておくことにした。
そうして、俺はたまに立ち上がって本を交換しながら図書館で一夜を明かした。
確かに、三つ頭のヤツは図書館を巡回していたけれど、それは二、三時間に一回のことで全然大丈夫だった。真っ黒で超絶怖かったけどな。
ーーーーー
そうして、次の日の朝。
残り少なくなった本の山を見て、俺はほっ、と息をついた。
すると、もぞもぞと視界の上の方で白い毛玉が動くのが見えた。
『う………おぉ?』
「お、おはよう、モフ太。」
可愛らしくあくびをすると、モフ太は言った。
『まさか………一晩ずっと起きてたの?』
「ああ。おかげであと五冊で読了だ。」
『…………化け物か。』
一晩起きていて気が付いたけど、この国の時間の流れは向こうと全く同じみたいだ。
だから、大体今は朝の五時後半といったところだな。
俺は再び本に目を落とす。
頭の負担はそこまでじゃないけど、さすがに眠くなってきた。転移してきたのは朝だった。しかも転移する前は夜だ。一晩俺はスキップしていることになる。それから不眠不休で本を読み続けているわけだから体の負担はやばい。
「これ全部読んだらちょっと寝るわ。お前こそ魔力大丈夫?」
『ボクは全然大丈夫だよ。リュウこそ体壊さないでね。』
「はいはい。」
俺はふわぁ、とあくびをしてから読みだす。
所々言語が全く違うところもあったけど、全然読める。さすが、神様のスキルは違うな。
ーーーーー
っああぁ~!
終わったぁ……………
最後の【薬術・錬金術学】を読み終えると、俺は椅子の背もたれに体重を乗せて背伸びをした。
あっという間に日は昇り、壁掛け時計を見ると時間は九時を指していた。どうやら時間の表記も同じっぽい。
「おーい、モフ太?」
そして気が付いた。あの白い毛玉がいなくなっていることに。
っち。どこ行ったんだよ………
俺は鑑定眼を発動させてモフ太を探す。
鑑定眼はその人の個人情報を知ることもできるけど、その人がどこにいるかを探すこともできる。なんだこのストーカー設定。
まあ、その人自身が見えるわけじゃなくて、魔力の塊みたいな感じでシルエットに色が付く感じだけど。
白黒の世界で、俺は白い小さな毛玉みたいな魔力を二階の棚で視つける。
急いでそこに向かうと、モフ太は器用に棚を行き来していた。
「おい。何やってんの?」
『………!?な、なんだ、びっくりした………』
びくりと体を震わせると、モフ太は俺のほうに走り寄って体に上ってきた。
そして腕のところで止まって言った。
『ちょっと探し物してたんだ。ごめん。』
「いや、それは構わないよ。本全部読めたから、これからどうするか決めよう。あ、探し物あった?」
『ホントに全部読んだんだ…………それと探し物は大丈夫だよ。』
モフ太は右手を目の前に差し出す。あ、サムズアップか。
『とりあえず衣食住をどうにかしなきゃね。いつまでも図書館にはいられないし。』
「そうだな。どっかホテ……宿屋みたいなところ探さなきゃな。」
『だね。』
モフ太が肩のところまで移動してくると、俺達を包んでいた薄いベールみたいなのがさっ、と消える。
どうやらモフ太が隠蔽を解除したらしい。
まだ図書館の開館時間は来ていないので、大きな正面扉が開いていなかったけどモフ太ががちゃりと鍵を開けてしまった。こいつは確実に犯罪者になれるな。
「あてはあんの?」
『ないなぁ……ギルドになら情報があると思うよ。』
そんなことを話しながら外へ出ると、人々の喧騒が俺たちを迎える。だけど全然俺達には気が付いていないらしい。みんな忙しそうに行ったり来たりしているか、誰かとおしゃべりをしたりしている。
すると、突然俺達に話しかけてくる声があった。
「…………あの。すみません。」
「旅のお方、どうかこの子の家庭教師になっていただけませんか?」
その二人の親子は大階段を下ってきた俺にそう言った。
…………か、カテキョ?!
絶句する俺と反対に、モフ太は少し考えるふりをしてから意地悪く口角を上げていた。