level51
―ドゴォォォォォン―
森に再び轟音が響く。
巻き上がる土煙から、ゆっくりとその音の源が現れ、笑い声を上げた。
『ガッハッハ!どうやらオラの勝ちみてぇだなぁ、兄弟!オラの開けた穴さ見てみろ?オメの穴よりもずっと大きいべ!!』
『何言ってるだ兄弟?どう見てもオラの勝ちだ。オラの開けた穴さ見てみ?オメの穴よりもずっと綺麗に開いとる。オラの種族技能の方が上手い証拠だべ!!』
『なんだと!?』『なんだべか!!』
…なんだアイツ等?
木に穴開けて喜んでやがる…。
俺は奴等から30メートル程離れた樹上で様子を伺っている。
あの後、音の出所を探した俺は、木に穴を開けて騒ぐ奴等を見付けたのだ。
しかし、初めて見る魔獣だ。
確か、首領猪だったかな。
“首領猪”
突撃猪の進化種だ。
尾の先から始まり、頭部に向かう程競り上がり大きくなる鬣。
茶色の体毛に、所々入る稲妻模様の黒い毛。
更に特徴的なのは、その牙だ。下から突き上げる様に伸びたその牙は、それぞれ右側と左側が異様に発達している。
お互いを兄弟と呼びあっている事から察するに、そのままズバリ兄弟なのだろう。
兄弟なだけにそっくりではあるが、その牙で容易く見分けが付く。
…しかし妙だ。首領猪は成体ならば4メートル程には成る筈なのだが、あの二匹の首領猪はどう見ても2メートル程しか無い。
それに、何故急に二匹も首領猪が現れた?
他の地帯から来たとするなら早すぎるし、元々居たなら知ってる筈…。
…もう暫く様子を見るか…。
そう思った俺だったが、続く奴等の会話を聞いて、そうも言ってられなくなった。
『仕方ねぇ。んだば、どっちが多く木を倒すか勝負するべ!』
『それはええなぁ!よし、オラはこの森さ裸にするまで木さ倒すだ!』
『ガッハッハ!オメじゃあそれは無理だべ!なんせ、オラが先に森さ裸にすんだがらな!』
「ちょっと待てや豚野郎ども!!」
『!?』
同時に此方に振り向く二匹の猪。
…しまった…。思わず声を上げてしまった。
しかし、この森を裸には出来ないだろうが、奴等が暴れたら、森に相応の被害が出てしまう。
そう成れば、更にこの森がどう転ぶか予測が難しく成り、下手をしたら北に点在する幾つかの開拓村に類が及ぶかも知れない。…コイツ等を放置する事は出来ないのだ。
「…この森で勝手な真似すんじゃねぇよ…。
力自慢がしたいなら、岩でも砕いてろ」
俺は低い声でそう告げる。
…正直、あまりやり合いたくは無い。首領猪のランクはC+。
しかも、多くの経験値を獲得して進化した個体だけがそこに至る事が出来る進化体だ。
つまり、連中は格上の経験豊富な相手なのだ。
其なりには強い俺だが、それでも二匹同時に相手にしたいとは思えない。
『く、くく黒い目だ!!な、ななな、な、なんだべかオメは!?お、オラ達に、も、文句があるだか!!』
『く、くくく黒い目!お、オラ達をどうするつもりだべか!?お、お、オラ達は旨くねぇど!?』
…なんだ…コイツら…?
この二匹、様子がおかしい。さっきまでと打って変わって、俺を見て怯えている。
首領猪に至った個体が、劣化吸血鬼の俺に怯えるなんて、ゾウが小鹿に怯える様なものだ。
それに、記録に有った首領猪よりも知能が高い。
言葉は何故か田舎臭く変換されてるが、いつか見た突撃猪よりも遥かに流暢に会話している。
…オーデンヴァルトと同じ様に。
「…お前達がこれ以上不必要に暴れるなら、捕まえて食うぞ。大人しくしてるなら見逃してやる」
俺は更に威圧的にそう告げる。
これで引いてくれたら助かる。怯えているのが演技じゃ無ければ良いんだが…。
そう思った俺だったが、そう上手くはいかなかった。
『そ、そ、そったら事言って、油断した所を食う気なんだべ!おっかあが言ってただ!黒い目の悪い奴が居るって!!』
『じぃ様はそいつ等に食われたって!オメは嘘ついてオラ達さ食う気だべ!!』
…成る程…怯える理由には身に覚えがあるな…。
どうやらコイツらはこの森の出らしい。しかし、ならなんで俺が奴等を知らない?コイツらの事もオーデンヴァルトと同じく俺達の認識が歪められてたのか?
俺がそんな風に考えていると、奴等は業を煮やし、いきり立った。
『や、や、やっぱりオラ達さ食う気だったんだべ!!だから黙ってるんだべ!!』
『んだんだ!やっぱり嘘付きの悪い奴なんだべ!!』
「何を言ってんだ。俺は嘘と命乞いが一番嫌いなんだ。誓っても良い」
『『嘘だべ!!“突撃”!!』』
言うが早いか、奴等は同時に種族技能を使い、此方に突っ込んで来る。
チッ!人の話を聞かない奴等だ。俺は嘘をついた事と誓いを破った事は一度も無いのに。
俺は血操術で別の木に移ったが、奴等はそのまま木にぶつかった。
―ドゴォォォォォン―
轟音と共に木が倒れる。
しかし、その勢いは収まらず、そのまま次の木を貫き、そこでやっと止まった。
…大した威力だ。しかも兄弟揃ってこれだけの力があるなら、この森の中でも上位の力と言えるだろう。
『ガッハッハ!どうだべこの威力!オメの体さ細切れになるべ!!』
『ガッハッハ!どうだべこの威力!オメの体さミンチになるべ!!』
「ハッ!当たればな。お前達の田舎臭い体当たりなんて、くらう訳が無いだろ」
『『なんだとぉ!?』』
怒りに燃える二匹の首領猪は、再度種族技能を発動する。
奴等の使う“突撃”は確かに強力だ。
自身の前面に強固な結界を張り、強化した膂力で対象を貫くもので、威力の程は見ての通り。
…しかし、無敵と言う訳ではない。
『『突撃ッッ!!』』
掛け声と共に俺が登っていた木に奴等がぶつかり、その幹が轟音をたてて倒れて行く。
しかし、今回は俺は逃げ出さず、そのまま木と共に倒れこんだ。
『や、やったべ兄弟!黒い目をやっつけた!!』
『や、やったな兄弟!!オラ達やっぱり最強だ!』
俺が倒れ伏しているのを見て喜ぶ二匹の猪。しかし、当然ながら俺は受身をとっており、ダメージは無い。
…そして、仕込みも終わった。
「何喜んでんだ?豚野郎ども。俺はこの通り無傷だぞ?」
『『!?』』
起き上がった俺を、驚愕の表情で見る二匹。
…間抜けな事に、どうやら本当に倒せたと思ったらしい。
「…本当に倒せたかをしっかり確認しないと痛い目みるぞ?油断していると脇腹に穴が開いたりするからな」
挑発と受け取ったのか、そう言った俺を睨み付け、二匹は三度目の種族技能を発動する。
『『“突撃”!!』』
今度こそ俺にトドメを刺さんと迫る二匹。高速で近付く奴等だが、残念。足下がお留守だ。
『『!?』』
ビィンと、縄が張り積める音がする。それと同時に二匹の首領猪が盛大にスッ転び、辺りを撥ね飛ばしながら転がって行く。
そう、奴等の突撃は、正面には滅法強いが、下からの干渉には滅法弱い。
俺は倒れている間に、枝に紛れさせて血操術のロープを仕込んでいたのだ。
そして奴等が通った時にそれを張り積め、その後ろ足に絡めたのだった。
『い、ててて!縄を使うなんて、なんて卑怯な奴だ!』
『あいててて!縄で転ばすなんて、なんてズルい奴だ!』
そう言って起き上がる二匹。
あのスピードで盛大に転んだ割には、大したダメージは無さそうだ。進化種なのは伊達じゃないな。
…しかし、間抜けである。
『もいちどだ兄弟!!今度は足下に気を付けるだ!!』
『もいちどだ兄弟!!今度こそやっつけるだ!!』
そう言っていきり立つ二匹だが、決着は着いている。
「…悪いけど、“次”なんてのは無い。俺の勝ちだ」
『『なんだとぉ!?』』
「…足下見てみろ」
そう言われて視線を下ろす二匹の目に、後ろ足に絡み付いた血の縄が映る。
『『!?』』
その瞬間、二匹の首領猪は木の枝に吊るし上げられるのだった…。




