level50
「…これは…とんでも無いな」
俺は思わずそう口にした。
目の前に広がる光景は、恐らくだれが見ても驚愕するだろう。
俺の眼前には、無数の蜂の巣が並んでいる。整然とし、等間隔に置かれたその蜂の巣は、周囲約500メートル近くにも広がっていた。
一つ一つの大きさは2~3メートル程で、蜂の巣が枯れ木と蜂の唾液を材料として作られる事を考えると、正にとんでも無い量の餌と木材が必要に成っただろう。
ここは俺達の家が有った地点から、約15キロ程南西に離れた場所にある密林地帯。
18年前に“繁殖王ドゥブロヴニク”が神滅された、魔王の残滓がまだ残る場所だ。
“魔王の残滓”
それは魔王が死に際に放つ莫大な経験値に汚された物や場所、そして、その経験値自体を指す言葉だ。
前にも話したが、通常の生き物はその魂が肉体から離れた時に、アストラル体が四散して経験値と成る。
そして、その存在を維持しようと周囲の存在の魂と結び付き、その魂の持ち主はより強い干渉力を得る事が出来るのだ。
この時、アストラル体同士が結び付く為、多少成りとも獲得した経験値の持ち主の影響を受ける事があるのだが、四散したアストラル体では本来の形質を維持する事が出来ない為、直ぐに取り込まれる形で吸収される。
しかし、魔王の経験値の場合は違う。
汚されるのだ。経験値に。
魔王の経験値…これは俗に瘴気と呼ばれる物だが、瘴気も周囲の魂と結び付く。
しかしこの時、瘴気の持つ存在を維持しようとする力が強すぎる為に、弱いアストラル体しか持たない存在が瘴気を受けると、変異を起こしてしまう事があるのだ。
変異の度合いもやはり様々で、大した影響も無くゆっくりと元の形に戻る場合も有れば、原型を失う程の変異を起こし、全く別の存在に変わってしまう場合もある。
この全く別の存在へと変わってしまったものを、俗に“狂獣”と呼んでいる。
「…やっぱおかしい…」
俺はそう一人ごちる。
恐らくオーデンヴァルトは瘴気に引き寄せられた魔獣を襲って、その力を高めて行ったのだろう。
そして、この場に薄く残る瘴気と、巣の中に居る自分の眷族のアストラル体を使用し、魔王降誕を行おうとしていたのだ。
俺は蜂の巣に近付き、その壁を蹴り壊して中身を確認する。
セシリアには巣を破壊しない様に冷気の魔術で蜂達を狙って殺す様に頼んであった為、まるで眠っている様に息絶えていた。
…凄い数だ。
正にびっしりと詰まっている。最低限、巣の機能を損なわない数の兵以外は、全て眠らせていた様だ。
この蜂達を全て従えた状態こそが最強の魔獣、“擬龍蜂オーデンヴァルト”なのだが、奴が儀式の為に温存していた為、どうにか俺達でも倒す事が出来た。
タイミングとチートと運の3つが揃って初めて成立した結果だった。
「…」
おかしい。いや、異常だと言った方が良いだろう。
「まだ調べる必要があるな…」
俺はその場を後にし、森の中を調べる事にした。
ーーーーーーーーーーーーーー
「ハァ…」
そう言って溜め息をつく。
頭も痛く成るという物だ。ここまでの被害が出ていたなんて…。
あれから森の中を色々調べて回ったのだが、結構な被害だった。
森自体のダメージは思ったよりも大した事無かったのだが、生態系はかなりイカれてしまっていたのだ。
草食獣、肉食獣、魔獣、とにかく手当たり次第に殺されており、これがこの先どんな影響を及ぼすか、考えるだけで頭が痛い。
空白に成った縄張りを目指し、他の地帯から魔獣達が移動して来るだろうし、縄張り争いもかなり激化する。
今までアイゼンが居た為に来なかった魔獣達も来るだろうし、ゲルシュの森は極めて不安定な状況に成るだろう。
…アイゼンが居てくれたら…
思わずそう考えてしまった。
いかんいかん。独りぼっちで弱気に成っている様だ。超絶イケメンらしくない。
俺は自分を奮い立たせる為に両頬をピシャリと叩き、頭を切り替えた。
…確定だ。間違い無い。
今回の事件、誰かが絵図を描いてやがった。
…師匠がこのゲルシュの森に居を構えていたのは、18年前に繁殖王ドゥブロヴニクを倒した功績でこの土地を貰った事もあるが、一番の理由は魔王の残滓を警戒しての事だ。
魔王の残滓は、魔獣や狂獣を呼ぶし、それ自体が持つアストラル体を悪用する事も出来る。
師匠はそれを防ぐ為にここに住んでいたのだ。
にもかかわらず、オーデンヴァルトは平然と討伐地帯に巣を作り、そして魔王降誕の準備を着々と進めていた。
そして、先程の話の中でも師匠達はこの事実に触れていなかった。
俺だって馬鹿では無い。森の中は常日頃からまわっていたし、ここまでの被害を見落とす訳が無かった。
しかし、実際は見落としていた。
俺も師匠も、気付く事が出来なかったのだ。
…間違い無く、誰かが俺達の認識を歪めていたのだろう。
オーデンヴァルトが魔王に成るのに、都合が良い様に。
「誰が、何の為に?
オーデンヴァルト自身が?
いや、それは無いな。奴に師匠の認識を歪めれる程の力は無い。それにあの性格でこんな逃げ隠れする様な手を打っていたとは考え難い。
師匠に恨みを持つ連中か?
確かに師匠が管理していた土地で魔王降誕なんて起きた日にゃ、責任問題になり兼ねない。
しかし、俺達に気付かれ無い様にそんな術を行使する事が可能か?
術式改竄のスペシャリストを相手に、認識阻害させ続けられるか?
出来るとは思えない。…いや、或いは…」
―ドゴォォォォォン!―
俺が言葉にしながら考えを纏めていると、突如として轟音が鳴り響いた。
「…さっそく厄介事か…」
俺はそう呟くと、音の出所へと向かった。




