level48
―死にたく無い―
雄蜂はそう思う。
しかし彼の体は四散し、その意識も風前の灯火だった。
―死にたく無い―
彼は数え切れない程の蜂達を従える王だった。
その力は強大で、世界の覇者を目指すに足りる存在だった。
―死にたく無い―
しかし彼は不運だった。
初めはただの羽虫程度にしか思わなかった劣化吸血鬼が、その実、彼の天敵に足る存在だったのだ。
―死にたく無い―
彼の天敵は、力では無く“情報”と“策略”で彼を沈めた。
もし仮に、彼がその重要性を知っていれば、決して負ける事は無かっただろう。
―死にたく……無い………?―
しかし、“結果”には、“もしも”等存在しない。
彼は最早死するのみだ。
―…何故…?―
彼は思う。
“自分は何故死にたく無いのか”、と。
彼は確かに強大な存在だった。同族であれば、その全てが彼に傅き、そして正に命すら捧げられた。
しかし、彼はそんな事は望んでいなかった。
―……―
“同族を増やして行けば、いつか再び生まれてくる彼女に会えるかも知れない”
それこそが彼が玉座を望んだ最初の理由だった。
それはまだ未熟で、彼が愚かと笑った頃の自分の思いでしか無い。
例え、幾億の同族を産み出そうと、彼女は再び生まれては来ない。
彼はそんな事も知らなかった昔の自分を思い出し、そしてやっと理解した。
―…そうか…私…は…あの時………妻と……共に……―
雄蜂は本当の願いを叶え、ゆっくりと意識を手離した。
ーーーーーーーーーーーーーー
『ユ゛ーリ゛ィィィィッ!!』
ビィがぐしゃぐしゃな顔で俺に突っ込んで来る。
俺の余りの超絶イケメン振りに感極まったのだろう。
“鬼神装・愛染明王”
血操術で紡いだアイゼンに、擬龍化の魔術を応用して作り出した俺のオリジナルスペルだ。
オーデンヴァルトは常時擬龍化の魔術を行使しており、そしてその維持の為に羽音を媒介として使っていた。
俺は、“翻訳チート”と“選択式異常聴覚”で持ってその術構成を朧気ではあるが理解しており、自分に使用出来る形で再構成してこの術を完成させたかったのだ。
『ユーリ゛ィィィ゛ィッ…!!アイゼン……!!ウバァァァ゛ァァ゛ァァア゛ン゛!!!』
もう、何言ってんのかさっぱり分からない。
が、恐らく俺の超絶イケメン振りに感極まったのだろう。
誤字や呉表記では無い。
大事な事だから2回言った。
俺の胸で泣きじゃくるビィだが、俺は今はそれどころでは無い。
「…俺の口にひたすら蜂の死骸を突っ込んで」
『…は?』
茫然とするビィに、俺はゆっくりと理由を告げる。
「さっきの術…かなり不完全で、許容量が枯渇してるの…。
もう、一歩も動けないし、このままだと3分以内に死ぬと思う…」
完全に設計ミスである。
少なくとも今の俺に扱える術では無かった。
しかし、俺の組んだ術式はそんな事に構いもせず、俺のセーフティーネットをぶち破ってマナと魔力を吸い上げたのだ。
「…頼んだぞ……もう……意識も…ヤバイ………」
それだけ言って、俺は倒れる。
『ちょっとユーリ!?ねぇ!ユーリ!?
ヤバい!!節子先生!!とにかくそこら辺の魔獣捕まえて来て!!』
「わ、分かった!!」
『もう!最後はかっこ良く締めるもんじゃないの!?死なないでよ!!!ユーリ!!』
…その声が聞こえた直後、俺は意識を手離した。
活躍した主人公が、最後に倒れる。
これもまた、携帯小説のテンプレであった。
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ユーリ達が勝利に湧き、そしてぶっ倒れるという御約束回収をする様を、遥か上空から見つめる人影があった。
その容姿から伺える年の頃は16前後。
しかし、30と言われてもそう見えるし、40と言われても信じてしまうかも知れない。
そんな雰囲気の有る男だ。
青い髪は艶を放ち、細い目は、口元と合間って柔和な印象を見る人に与える。
「いやぁ、参りましたね…。まさか僕のお手製のオーデンヴァルトが倒されるとは…」
そう言って軽く頭を掻く男。
しかし、言葉とは裏腹にその顔はさして困った様には見えなかった。
「あの御老人へのほんのイタズラのつもりだったのに、その弟子に倒されるなんて…。
あぁ、なんて……面白い♪」
そう言って男は笑う。
その笑顔は先程までと変わらないが、受ける印象はまるで違う。
先の見えない深海を一人で進む様な。
そんな底の知れない恐怖を抱かせる笑みだった。
「まぁ、なんにせよ取り合えず報告はしなくては成りませんね。
……我が創造主、“静寂王バルモラル”様に」
それだけ言うと、男の姿は消えていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
俺達は今、師匠の自宅(後地)に戻って来ていた。
ぶっ倒れた俺は、ビィの拾って来た蜂の死骸と、セシリアが捕まえて来た毒蛇の魔獣の血を飲まされ、無事に回復。
“あぁ、師匠に怒られるなぁ”なんて話をしながら此処に戻って来たのだ。
俺が起きた時点で既に日は暮れており、師匠が言ってた半日はとっくに過ぎていた。
無論、師匠は帰って来ている。
―しかし―
「…」「…」『…』「…」
誰も何も言わない。
師匠を連れ帰ったルイス氏は、仮面を付けていない俺を一瞥すると小さく、“やはり…”と言ったが、そのまま師匠に目をやり、口を閉ざす。
ビィは必死に声を掛けるタイミングを見計らっているが、なかなか実行に移せない。
セシリアは下を向いたり、俺を見たりしているが、俺もどうしたら良いか分からない。
俺達の視線の先に居る師匠。
「…………」
師匠は膝をつき、両手を家が有った方向にむけ、ワナワナと震わせながら鼻水を垂らしていた。
ローブは軽く脱げており、肩が覗いている。
…その姿は完全に向こう側にイっていた。
「し、師匠?お帰りなさいませ…」
取り合えずそう言って反応を見る。
しかし師匠は此方を見ずにじっと家の後地を見ている。
仕方ない。
俺は取り合えず師匠の後頭部に顔を描き、皆に見せた。
「…゛」『…゛』「…゛」
皆我慢している。
…やるじゃねぇか。
俺はそのまま裏面の師匠に七三分けの髪を描いてやり、そしてまた皆に見せた。
「゛゛゛゛」『゛゛゛゛』「゛゛゛゛」
…限界が来ていた。
俺は優しく諭す様に、裏面の師匠に語り掛ける。
「…これで…寒く無いね…?」
「「『…!?…!!…!?」」』
皆苦しそうだ…。
仕方ない。とどめを刺してやろうと思ったけど、正気に戻った師匠に全員分ボコボコにされた。
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一夜明け、翌日の朝。
俺達の前には朝一でルイス氏が呼んだ二匹のグリフォンがおり、俺とセシリアは向かい合う様に立っている。
あの後、取り合えず俺達が作った秘密基地に皆で行き、一晩過ごしたのだ。
師匠は正気に戻ってはいたが、それでも余程堪えたのか時折「…どうしよう…」とか言っていた。
だが、どうしようも無い。
大体、世界最強の大勇者様が家一軒くらいで破産する訳でも無いだろうに。
…ひょっとしてなんかあるのか?
セシリアはルイス氏に目茶苦茶怒られていたが、師匠がそれをたしなめ、どうにか許して貰えていた。
本当に孫に甘い人だ。
久々にじぃじと呼ばれて鼻の下を伸ばしていた。
今度裏面の師匠を描く時に参考にしよう。
ルイス氏が次々と荷物をグリフォンに載せて行く様を見ながら、セシリアは俺に話し掛ける。
「…色々ごめんなさい…」
セシリアはそう言って頭を下げた。
「気にすんなよ。
…色々あったんだろ?それに、基本的には吸血鬼なんてサーチ&デストロイで間違い無いんだし、そんな責める様な事じゃ無いだろ?」
「でも!」
そう言って言い淀むセシリアに、俺は右手を差し出す。
「…!」
「それに、友達相手に変に気を使われるのも嫌だしな。
ここは貸し一つって事で許してやるよ」
それを聞いたセシリアは、軽く笑うと右手を差し出した。
「それなら、貴方の命を何度も救ったんだから、私の貸しの方が多いんじゃない?」
「いや、俺は自分の貸しは覚えておくけど、借りは直ぐに忘れる超絶イケメンなんだ。
だから貸し一つだ」
なによそれ?と言って笑うセシリアの右手を掴み、俺達は握手を交わす。
「…元気でな」
「貴方もね」
そう言って俺達は別れた。
口にはしなかったが、また会える事を願いながら―
「タナス様、荷物は積み終わりました」
「うむ、助かったぞルイス。礼を言おう」
「いえ、元々は娘の不始末ですから…。
では参りましょう」
『僕、人間の街なんて初めて!』
「ホッホッ!森では見れない物ばかりじゃよ。
きっとビィにとっても勉強になるじゃろうて」
そう話をしながら師匠とビィが二匹目のグリフォンに乗り込む。
「…あれ?師匠どういう話に成って「よし、行くぞ!」
そう言って、セシリアとルイス氏とビィと師匠はグリフォンと共に飛んで行った。
俺は?
―To be continued―




