level44
『…見事に洞窟が水没したねぇ…』
「あんだけ大きな地底湖に穴空けたからな。
まぁ、暫くしたら水も引くだろう」
俺とビィは、脱出ルートの出口の前で話をしていた。
あの後どうにか出口まで辿り着いたのだが、なんと地下水は出口から吹き出す程に迫っていたのだ。
具体的な事はまだ分からないが、恐らくは地底湖の広範囲が崩落し、その圧力で水が押し出されたのだろう。
…ここまで大事に成るとは流石に思って無かった。
『にしても懐かしいね。
突撃猪の時もこうやって話したよね』
「そうだったな…」
そう言って当時の事を振り返る。
巨躯の突撃猪を二人で追いかけ、そして仕留めた時の事を。
…あの時初めてアイゼンに会ったのだ。
強く、そして優しいこの森の王者に。
それを思い出し、少しだけ声が小さくなった俺に、ビィが話題を振る。
『…あの時はユーリお漏らししてたよね。
今回はしなかったの?』
そう言って笑うビィ。
しかし、その笑顔は少しだけ大人びて見える。
ビィも辛い筈なのに、俺を元気付ける様にそう言ったのだ。
俺は、ゆっくりと視線を返し、この小さな友人の気遣いに応えた。
「いつまでもお漏らしなんて子供みたいな真似するかよ。
今回はちゃんと○精したぞ?」
『そっか…』
「ああ」
そう言って俺は空を見上げる。
この世界に、あの世なんてものが在るのかは分からない。
自己満足かも知れない。
しかし、なんとなくだが、アイゼンは喜んでくれてる。
俺はそう感じていた。
…仇はとったぞ、アイゼン…。
俺が感傷に浸っていると、ビィが話し掛ける。
『……今、射○したって言わなかった?』
「…ヘヘッ」
『何、“よせやい、照れるぜ”みたいに鼻の下こすってんの!?
散々ボクの声を叱ってたのに、完全にNGワードじゃん!!』
「仕方ないだろ!!
マジで死ぬかと思ったんだ!!
死にかけの生物にはよくある反応なんだよ!!
お前がイクイク言うからイッたんだろ!!
大体なぁ!!どう考えてもこの流れまでの振りだっただろ!!」
『それを聞かされても反応に困るよ!?
マジでイッたの!?』
「嘘だ!!」
『良かった!!』
そう言って喜ぶビィを見ながら、俺はこの濡れたパンツの処理方法を考えていた。
すると此方にビィが向き直った。
『セシリアからだけど、終わったみたいだよ』
俺達は脱出して直ぐにセシリアと精神感応で作戦成功の連絡を入れたのだ。
セシリアには、予定通り向こうの片付けを頼み、終わったら教えてくれる様に頼んでいたのだ。
「そうか…良かった」
『結構ヤバかったみたいだけどね。
もう、割と近く迄来てるみたい』
とりあえず、これで一安心だろう。
今回はマジでヤバかった…。
擬龍蜂オーデンヴァルト。
圧倒的な格上相手の勝負だったが、奴の油断と俺のチートのお陰でどうにかなった…。
もう、あんな奴とは戦いたく無いな…。
そんな風に思い、もう戦う必要が無いと言う事実に、胸を撫で下ろす俺。
…俺はこの時、完全に油断していたのだ。
“奴はもう死んだ”
そう思い込んでしまっていたのだ。
『“蜂散弾”』
その声が聞こえた瞬間、俺の脇腹に衝撃が走った。
『ユーリッッ!!』
叫ぶビィ。
俺は自分に何が起こったのか、彼に遅れて理解した。
「グハッ!?」
口から出る苦痛の声。
そして傷口からは、大量の血が溢れ出していた。
そう、俺は撃たれたのだ。
目の前に浮遊する、一匹の雄蜂に。
『“蜂散弾”』
再度俺に向かい突進してくる蜂。
俺は滑り込む形でかろうじてかわし、奴に向き直る。
「グ……っ!
…テメェか…!…糞蜂野郎!!」
『……ブブブ…フハハ!良イ顔ダ…!多少、…ブブブ……溜飲ガ下ガッタゾ?』
羽音が交じる声でそう言うと、奴は俺から距離を取る。
そしてそのまま大きな羽音を立てると、周囲の森から黒い濁流が押し寄せて来た。
やがて、濁流はゆっくりと奴を形作る。
『フム…少しばかり縮んだな…』
強靭な肉体と知性を誇る魔獣。
“擬龍蜂オーデンヴァルト”を。
「テメェ…どう…やって…。
死んだ……んじゃ……ねぇのか!?」
俺は息も絶え絶えに奴に疑問をぶつけた。
いかに龍でも、この短い時間であの罠を抜けられる筈は無い。
勝利を確信していた俺に、奴はゆっくりと種明かしをした。
『貴様の魔術だ』
「!?」
困惑する俺に、奴は続ける。
『貴様の魔術を模倣し、兵達を全方位へと飛ばしたのだ。そして、内部に残された移動出来る空洞を探し、段階的に外を目指した。
…犠牲は大きかったがな…!』
そう言って自分の体を見るオーデンヴァルト。
確かに一回り小さくなったが、逆に言えばそれだけの犠牲であの死地から抜け出したとも言える。
恐らくは、あの時奴を形成していた大半の蜂達は死んだのだろうが、森に放っていた蜂達を肉体とし、既に龍へと回復していた。
「…しつこい男は…嫌われるぞ…!
明らかに強大な敵を倒した……祝勝ムードだった……ろ!
空気読め…や…!!」
俺は痛みに耐えながら、怒りの声を上げる。
不味い…かなり回復が遅い。
俺の回復チートは極めて優秀に俺の負傷を治してくれるが、マナと魔力の消費は傷の具合に比例する。
各種魔術に使用した分と、血操術に使用した血、渓谷で受けた傷とこの傷の治療。
そして、セシリア相手には強がったが、彼女との戦闘で、俺は既に結構な許容量を削ってしまっていた。
端的に言えば、ピンチである。
『フン。生憎と余が惚れた女は既に死んでおる。
…それ以外の女に嫌われた所で、何の痛痒も無い』
そう言って少しだけ遠い目をした奴は、俺に向かいこう聞いた。
『貴様、名は?』
「…は?」
俺は一瞬呆けてしまった。
このオーデンヴァルトは、極めて高い自尊心を持って俺を見下していた。
そんな奴が俺の名に興味を持ったことが意外だったのだ。
「…俺なんかの…名前を聞いてどうすんだよ…?
“虫けら”なんだろ…?」
治りが遅い。まだまともには動けない。
『…かつてこれ程までに余の事を追い詰めた者等居なかった。
名も聞かぬまま殺すのは惜しい。
貴様は紛う事無く余の“敵”であった』
瞬間、周囲に大量の蜂が散開し、淡く光を放つ。
これで決めるつもりなのだろう。
確かにこのままなら、俺には“死”以外は何も残されていない。
俺は奴に向かい、こう言った。
「…俺の名はユーリ=ネルタナス。
タナスアート=ラファガの一番弟子だ。
…最後に一つ良いか?」
『構わんぞ、我が敵。
ユーリ=ネルタナス。
最後の言を聞こう』
俺はゆっくりと息を吸い、奴に向かって告げた。
「もう少し周囲に気を配った方が良いぞ?」
『“砂塵よ舞え”!』
力ある言葉と共に、俺を中心に強大な砂嵐が舞い起きる。
『ユーリ!大丈夫!?』
「ああ、助かったぜ…」
我が友ビィである。
ビィは奴が龍へと戻る途中で上位構造世界帯へと逃げ込み、この術を用意していたのだ。
地妖精であるビィが、時間を掛けて作り出したこの魔術は、結界としての役割も果たし、周囲の蜂達を寄せ付けない。
が―
『また目眩ましか?』
強靭なその爪で奴は砂塵の竜巻を引き裂き、俺にそう告げた。
しかし、俺は答えない。
答えるのは彼女だから。
「“炎よ眼前の全てを灰とせよ”!!」
『!?』
瞬間、俺の視界を炎が埋め尽くす。
炎を背に、ゆっくりと俺の前に歩いて来る彼女は、俺を見ながらこう言った。
「…女の子としては憧れるシチュエーションだけど…残念ながら立場が逆ね…」
「…今度は俺がそっちやるから、俺の超絶イケメンな女子力に免じて、今はヒロインさせといて…」
「イケメンと女子力は符合しないわよ?」
緩やかなウェーブを描く金髪と、白地に獅子をあしらった仮面を着けた少女。
仮面魔獣マスクドへルカイザーこと、セシリア=アルバーンである。




