level43
「“大地よ我を受け入れよ”」
そうして俺はその場から姿を消した。
無論、実際に消えた訳では無いが。
“大地よ我を受け入れよ”
シンプルな地中移動の魔術である。
しかし、実際に穴を開けている訳では無く、地系統と闇系統の魔術を併用し、自分と、自分の周囲の地面の現実世界での存在率を希薄にし、すり抜ける様に移動する術なのである。
その為、移動した後の地面は元通りに成り、奴も追跡は出来ない。
この通り便利な術なのだが、制限もある。
まず、方向が分からない。
周囲にあるのは音を伝搬しにくい土か岩。
よって当然潜る前の目測でしか方向は分からない。
次に制御の難しさ。
この魔術はシンプルだが、有物干渉と存在率減少の二つの術を同時に行使する必要があり、一歩間違えると死んでしまう。
希薄に成った現実世界の肉体は、極端に存在力が下がった様な状態であり、他の様々な干渉に弱い為だ。
最後が移動距離である。
周囲は地中。つまり空気は無い。
当然、術者の肺活量で移動範囲が変わってくるのだ。
「ッブハァッ!!」
俺は移動先で、久方ぶりの空気を胸一杯に吸い込んだ。
ここは先程の空洞から訳30メートル程の距離にある脱出ルートだ。
少し上の位置に有るため、浸水までの時間に多少の余裕はあるが、遊んでいる暇は無い。俺はここで待機していたビィに話し掛ける。
「ビィ、大丈夫か?」
現状、4ヶ所同時に魔術で崩落を防いでいるビィには、結構な負担を強いている。
だから心配に成った俺は、そう訊ねたのだ。
『うん。大丈夫!
今の所安定してるからそこまでキツくないよ』
そう言ったビィに安心し、俺はビィを血操術で胸元にくくり、移動を開始する。
脱出ルートには、あらかじめビィに支点に出来る石柱を作ってもらっている為、かなりの速度で移動が出来る。
しかし―
『うっ!?』
ビィの様子が変わる。
どうやら爆発が起きたらしい。
「ビィ!大丈夫か!?」
『うん…でも結構…キツい…』
爆発の衝撃。更に、施術箇所から遠ざかる事で大きくなる負担にビィはしんどそうだった。
「よし、ビィ。空洞に続く道は崩落させて良い!
恐らくこのタイミングなら、爆破の反響音に紛れる筈だ!」
『分かった…んっ…!』
ビィの声と同時に、俺達の直ぐ後ろに有った崩落予定地点が崩れる。
俺は高速で移動しながらビィに訊ねる。
「…あそこはまだだよ…?」
『ゴメン、二ヶ所同時に解いちゃった。』
「次から気を付けてね?」
『頑張る』
迫り来る濁流、俺は更に加速して逃げながら、ビィに精神感応の使用を頼む。
奴と会話して状況を把握し、そして足止めする為に必要なのだ。
『…了解…アッ…だけど…思ったより空洞の維持がキツいから、…んっ…!
駄目に成っちゃうかも…』
「俺がOKするまではどうにか耐えてくれ!
奴が手遅れになるタイミングまで会話を引き延ばしたい!
ヤバそうなら言ってくれ!」
『分かった…!“精神感応”!』
ビィがそう唱えると、奴と繋がった感覚が俺に来る。
余り持ちそうに無いが、数秒でも奴の対処を遅らせたい。
「ちょりーっす!オーちん元気?
こんにちは、今晩は、貴方の私です。ごきげんよう!」
俺はそう言って挨拶する。
どんな時でも挨拶を忘れない俺のイケメンぶりは、既に到達不能極にまで到達しているだろう。
スキル越しに奴の声が聞こえる。
『…下郎か…』
低く冷徹な声。
…不味いな、もう少し激昂しているかと思っていた。
軽く挑発してみるか。
「ああ、正解だ。
後で連絡するっつったろ?
今は俺の友達の種族技能で話し掛けてんだ。
どうだった?俺のサプライズは。
気に入ってくれた?」
軽く喜びを交え、おどけた様に語りかける。
しばし逡巡し、オーデンヴァルトは声を出す。
『ああ。逃げ足の巧みさには驚かされたぞ?
その後の花火には、なんの痛痒も感じなかったがな』
良し!
奴はまだ状況を理解してない。
粉塵爆発を俺の切り札だと誤認している。
それを潰した事で余裕を取り戻しているのだ。
なら、今度は焦らせてやるか。
「“耳”は潰れただろ?」
『―!』
精神感応越しに奴の動揺を感じる。
そう、奴は俺が何故“耳”を知っているのか知らない。
この話題を出せば必ず俺の話に集中する筈だ。
…それが自分の首を締めるとも知らないで。
「今、お前の居る地点。
そこに行くまでには、其れなりの距離の一本道が有った。
お前は気付かなかったみたいだが、その道にも薄く小麦粉と石炭の粉を撒いて有ったんだ。
爆発の衝撃波は、その道を抜けた筈だ。
お前の斥候を飲み込みながらな」
『…!』
奴に更なる動揺が走った。
恐らく、この一連の流れの目的が、“耳”を潰す事だったと思い、俺の意図を掴めなくなっているのだろう。
『…目論見が外れたな。
既に余は耳を回復し、貴様を捕捉しておる』
分かりやすい嘘である。
この濁流押し寄せる洞窟内に蜂等放っても情報の伝搬は成立しないし、そもそもこの状況を知ったらとっくに逃げ出している筈だ。
俺はそれを踏まえ、更に挑発しようとしたが―
『…ユーリ…ボク…もぅイきそうっ…!!』
響き渡る静寂。
いや、迫り来る濁流の音は響いているが、場の空気は沈黙していた。
「…まだ駄目だ。イクな。」
後、一ヶ所。
まだ俺達が通り抜けていない崩落予定地点がある。
そこまで崩落してしまったら、俺達も沈んでしまう。
『でも…ハァ…ボク…限界なんだよ…おねがい…イかせて…!』
息も絶え絶えにそう言ったビィ。
最大の崩落予定地点であるあの地下空洞からかなりの距離を空けた為、限界が来たのだろう。
しかし…なんかエロい。
「駄目っつってんだろ!!
まだ早い!!まだ我慢しろ!!」
恐らく、もう擬龍蜂は手遅れだろう。
空洞までの道に作った崩落地点と、空洞との距離を考えれば、もう目前まで水が来ていてもおかしくは無い。
そして、それと同時に崩落させた地点は既に水没しており、奴が通れるルートは全て潰せたと言える。
とは言え、先程間違って複数ヶ所解除してしまった事も考えると、今術を解除されるのはヤバい。
『アァ…!アッ!アッ!イきそう…!!』
「変な声出すなァァァァァッッ!!
なんもやらしい事してねぇだろッッ!?
これで18禁食らったら、只でさえ少ない閲覧数が更に減るだろォォォォォォォ!!」
『貴様ら何をしているッッ!!』
閲覧数の更なる低下の危機に、声を上げ抗議する擬龍蜂。
だが、それは誤解なのだ。
「やましい事はなんもしてねぇよ!!
今は、ただひたすら地下水から逃げてんだよ!!」
何も言わない擬龍蜂。
やっとその可能性に気付いた奴に、俺は言う。
「オーデンヴァルト。
てめぇは確かに強ぇ。
だがな、決して不死身なんかじゃねぇ」
“擬龍蜂オーデンヴァルト”。
蜂にして龍たる強者だが、蜂も龍も殺せるこの罠なら、奴の命を奪えるのだから。
『アッ!アッ!…凄い…もぅ…!』
「今俺が格好いいところなの!!
静かにしてて!!」
『…んッ…ッ…アッ…!』
「努力は認めるけどぉぉぉぉおおおぉッッ!!」
更に色っぽい声を出すビィだが、俺は必死に気を取り直す。
「爆破の目的は二つ。
お前の“耳”を潰して、状況把握を遅らせる事。
そしてもう1つは」
『イックゥゥゥッッッッッッ!!』
『ま、待てッッ!!』
慌てて声を出す擬龍蜂に、俺は最後を告げる。
「てめぇの真上の馬鹿デカイ地底湖の底に、穴を開ける事だ」
超絶カッコいい俺。
瞬間、かろうじて後方に抜けた崩落地点から、大量の水が溢れ出した。




