level41
「…」
オーデンヴァルトは茫然としていた。
目の前の獲物の言動が、全く理解出来なかった為だ。
数瞬の後、ハッと我に返り、慌てて無礼者の居た筈の場所を確認する。
「チィッ!!」
そう言って舌打ちする擬龍蜂。
先程まで獲物の居た場所は、平らな地面のままであり、穴等は開いていなかった。
もし穴が有るなら、斥候を走らせ追う事も出来たが、これでは追跡は不可能だ。
恐らくは、有物干渉である地系統と、存在率減少を主とした闇系統の魔術を併用したオリジナルスペルであろう。
そこまで把握し、彼は理解した。
―獲物を逃がしたのだと。
「フフフ…」
擬龍蜂の口元から、笑い声が漏れる。
「フハ!ハハハハハハハハハハッッ!!ハァーッハッハ!ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!」
ひとしきり笑い終えた彼は、大きく息を吸いこみ叫ぶ。
「おのれ虫けらがァァァァァァァァァァッッ!!」
今だかつて無い程の屈辱に、オーデンヴァルトは激昂していた。
ここまで彼を虚仮にした存在は、今まで一度たりとも居なかった。
彼の力は強大であり、例えどんな強者であろうとも侮られた事等無かった。
それを、文字通り虚弱な劣化吸血鬼ごときにここまで侮辱されるとは、思っても見なかったのだ。
「殺す!!いや、只では殺さん!!あらんかぎりの屈辱と苦痛を与え、絶望の内に殺してやるッッ!!」
そう言って怒れる擬龍蜂は、ふと無礼者の最後の言葉を思い出した。
―巻き込まれたくない―
確かそう言って―
そこまで考えた彼の目に、火を放つ金属片が写った。
―ドゴォォォォォォォッッン!!!―
大地を割る様な轟音と衝撃波が彼を襲う。
“粉塵爆発”
空気中に飛散する可燃性の粉塵に火が付き、連鎖的に燃え広がる事で起きる爆発現象である。
ユーリは、この現象を利用する事を思い付き、この場所を選んだのだ。
密閉空間での爆発は、その気密性の為に圧力が高まり、威力を増す。
その知識の無いオーデンヴァルトは、あらかじめ用意された小麦粉と着火材によって、かつて経験した事の無い程の爆発をその巨躰に受ける事と成ったのだった。
しかし―
「…フン…下らん。あの生意気な態度の根幹が、この程度の罠だったとは…」
ゆっくりと煙の間から見える巨影。
そう言ったオーデンヴァルトには、さしたる痛痒も見られ無かった。
龍と言う種族は、強靭な肉体とアストラル体を持ち合わせており、並の規模では、例え密閉空間での粉塵爆発でも致命傷には成り得ない。
そして、オーデンヴァルトは龍の能力と耐性すら模倣する擬龍蜂。
ユーリ達の罠は、有効打とはならなかったのだ。
―だが、全くの無傷とも言えなかった。
「…“耳”が使えん…」
自身の異常に気付いた巨龍は、そう呟く。
“耳”とは、オーデンヴァルトが放っていた斥候達の事だ。
彼等は互いの羽音を伝搬し、周囲の状況をオーデンヴァルトに知らせていた。
しかし、先程の爆発による衝撃波で近隣に居た耳達は死滅。
直近の中継地点を失った情報網は、一時的に機能不全を起こしていたのだ。
忌々しい…。
彼はそう思った。
しかし、先程の爆発で、逆に冷静さを取り戻す事が出来た。
そう、状況は変化していないのだ。
彼は狩る者であり、無礼者は狩られる側。
確かにこの爆発には驚かされたが、ただ、それだけに過ぎない。
再度斥候を放ち、“耳”を回復しようとした擬龍蜂だが、自身の聴覚に入る音を聞いて止めた。
遠方から何か轟音が響いていたのだ。
恐らくは先程の爆発の反響音であり、今斥候を放っても、音の伝搬は上手く成立しない。
そう考えた彼は、その音が止むのを待つ事にした。
だが、その直後、彼の脳に直接響く不愉快な声が聞こえた。
『ちょりーっす!オーちん元気?
こんにちは、今晩は、貴方の私です。ごきげんよう!』
それは、無礼者の声だった。
「…下郎か…」
低い声でそう呟く。
『ああ、正解だ。後で連絡するっつったろ?
今は俺の友達の種族技能で話し掛けてんだ。どうだった?俺のサプライズは。
気に入ってくれた?』
そう言って気色の浮かぶ声で話す無礼者。
精神感応…。
確か妖精が使う術だった筈…。
彼は自身の持つ知識で状況を把握し、そして無礼者に答える。
「ああ。逃げ足の巧みさには驚かされたぞ?
その後の花火には、なんの痛痒も感じなかったがな」
そう言って余裕を見せた彼だったが、次の一言に言葉を失った。
『“耳”は潰れただろ?』
「―!」
彼を驚愕が襲う。
何故奴が耳の事を知っている?
それに、あの爆発の狙いは自分では無く、まさか“耳”を狙っていたのか?
そう思った彼に、無礼者は更に続けた。
『今、お前の居る地点。
そこに行くまでには、其れなりの距離の一本道が有った。
お前は気付かなかったみたいだが、その道にも薄く小麦粉と石炭の粉を撒いて有ったんだ。
爆発の衝撃波は、その道を抜けた筈だ。
お前の斥候を飲み込みながらな』
「…!」
その通りだった。
半ば直線に近い一本道は、余すこと無くその衝撃波を“耳”達に伝えていた。
そこまで見越していた無礼者に、初めてオーデンヴァルトは恐怖を感じた。
しかし、彼は王なのだ。
内心の動揺を抑え、オーデンヴァルトは無礼者に言葉を紡ぐ。
「…目論見が外れたな。
既に余は耳を回復し、貴様を捕捉しておる」
そう言って無礼者の動向を見ようとした彼だったが、その目論見は斜め上から外された。
『…ユーリ…ボク…もぅイきそうっ…!!』
響き渡る静寂。
いや、爆発の反響音はまだ続いていたが、場の空気は沈黙していた。
茫然とするオーデンヴァルト。
『…まだ駄目だ。イクな。』
『でも…ハァ…ボク…限界なんだよ…おねがい…イかせて…!』
『駄目っつってんだろ!!
まだ早い!!まだ我慢しろ!!』
『アァ…!アッ!アッ!イきそう…!!』
『変な声出すなァァァァァッッ!!
なんもやらしい事してねぇだろッッ!?
これで18禁食らったら、只でさえ少ない閲覧数が更に減るだろォォォォォォォ!!』
「貴様ら何をしているッッ!!」
そう叫ぶオーデンヴァルトに、無礼者は慌てて返す。
『やましい事はなんもしてねぇよ!!
今は、ただひたすら地下水から逃げてんだよ!!』
…地下水…だと!?
その可能性に気付き、焦るオーデンヴァルトに、無礼者は告げる。
『オーデンヴァルト。
てめぇは確かに強ぇ。
だがな、決して不死身なんかじゃねぇ』
『アッ!アッ!…凄い…もぅ…!』
『今俺が格好いいところなの!!
静かにしてて!!』
『…んッ…ッ…アッ…!』
『努力は認めるけどぉぉぉぉおおおぉッッ!!』
ふざけた態度の無礼者達だが、オーデンヴァルトはそれを気にする余裕は無い。
先程から響いていた反響音が近付いているのだ。
そう、それは反響音では無く、大量の水が此方に向かっている音だった。
『爆破の目的は二つ。
お前の“耳”を潰して、状況把握を遅らせる事。
そしてもう1つは』
『イックゥゥゥッッッッッッ!!』
「ま、待てッッ!!」
慌てて声を出す擬龍蜂に、敵対者は告げる。
『てめぇの真上の馬鹿デカイ地底湖の底に、穴を開ける事だ』
次の瞬間、オーデンヴァルトの視界は崩落する天井と、大量の水で埋め尽くされた。




