level39
擬龍蜂オーデンヴァルトは怒っていた。
この、無礼な劣化吸血鬼に対してだ。
彼は王であり、そして“軍勢王”と成るべき闇の王世子。
そんな彼を指し、王の器では無いと言い放った無礼者を、看過するなど到底出来る筈が無かった。
“この世界の全ては余の物であり、余が命じれば、死すらも喜んで受け入れるべきだ。”
彼は本気でそう思っている。
しかし、目の前の劣化吸血鬼は、尽く彼の術を回避し、彼を見下す発言を繰り返す。
「U・N・K・O!
U・N・K・O!
ティーンティン!
ティーンティン!」
「グルァァァァァッッ!!」
彼は再び激昂し、その爪を無礼者へと伸ばす。
しかし、その爪は巨木をへし折るだけで、無礼者には届かない。
「止まれ!!無礼者がぁぁッッ!!」
「やぁん…!駄目…止まらないのぉ~ッッ!!」
「ふざけるなぁぁぁぁッッ!!」
彼は怒る。
怒るフリをする。
そう、彼は既に冷静だった。
如何にこの無礼者が自分を見下そうと。
如何にこの無礼者に牙が届かなくとも。
決して自分の優位は揺るがない。
この劣化吸血鬼に、自分を倒し得る有効な術は無い。
この短いやり取りで、彼はそれを察していた。
存在力に圧倒的な差が有るのだ。
確かにこの機動力は目を見張る物がある。
森の木々を利用し、時に跳ね、時に絡ませ、正に縫う様に移動するのだ。
それも、彼の巨躰が通りにくい、狭い木々の間を狙って。
この劣化吸血鬼が卓越した技能を持つ事を、彼は否定しない。
しかし、所詮は劣化吸血鬼なのだ。
気付いているだろうか?
自分が先行しているつもりでも、その実、蜂達に誘導されている事を。
気付いているだろうか?
自分の機動力が、森の木々を前提にする事で成り立っている事を。
気付いているだろうか?
擬龍蜂オーデンヴァルトは、軍勢を支配する“王”であると―
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俺は高速で森を移動する。
奴は蜂ではあるが、その姿を龍に擬態している為、動きは比較的鈍重である。
俺はその事実に安堵していた。
もし、奴の速度が俺よりも早かったなら、この作戦は破綻していたのだから。
「“蜂爆破”」
奴の声と共に、一塊と成った蜂が高速で近付く。
俺はそれを僅かな動作でかわすが、俺の前方で一気に炸裂した。
「チッ!!」
蜂達は、まるで花火の様に周囲に広がり、広範囲を破壊する。
俺は吸血鬼の霧で回避するが、次の起点として狙っていた木の枝を折られ、方向返還を余儀なくされた。
素早く体勢を立て直し、次の起点を選ぼうとした時、後ろから強烈な精神干渉を感じた。
「“龍の息吹”」
「!?」
俺は困惑する。
俺と奴との距離を考えれば、あの息吹が有効打に成らない事は理解出来ているはず。
なのに何故―
その疑問は直ぐ様解決された。
奴は周囲の森を薙ぎ払っていたのだ。
―何を考えて?
次に湧いたその疑問も、俺の前方の景色が解決してくれた。
「なっ!?」
思わず声をあげる俺。
数本の木々を挟み、前方に広がる景色。
それは、隆起した巨大な岩壁に挟まれた渓谷だった。
「クソッ!」
俺は初めて苛立ちの声を上げる。
俺の機動力は、血操術での移動に依存している。
森という環境は、そこかしこに支点に出来る枝が存在し、その機動力を遺憾無く発揮出来る。
しかし、目の前に広がる渓谷では、支点に出来る対象が極端に減るのだ。
「どうした?逃げないのか?」
そう言って、周囲の木々をなぎ倒した擬龍蜂が、鷹揚に俺に話し掛けて来た。
「…テメェ…狙ってたのか?」
俺はそう言って奴を睨む。
「無論だ。余は斥候を放ち、この周囲の地形を把握しておった。
ここで森が途切れる事も、な。
お前に先導されるフリをしながら、兵達を使いお前の移動の選択肢を制限し、ここに導いたのだ。
そして、貴様が通った後の木々は全てなぎ倒しておる。
もう、前に進むしか選択肢は残されておらんぞ。
…また命乞いでもするか?」
そう言って笑う擬龍蜂。
俺は奴に中指を立てながら言う。
「ハッ!テメェが敵を見逃す程の器も無い事は、最初からわかってんだよ!
俺が命乞いをするだと?
俺は命乞いと嘘が大嫌いなんだよ!!」
「…貴様、矛盾と言う言葉を知っているか?」
「イエスッッ!!」
何故かじっと俺を見る擬龍蜂。
…間違いない。イケメンが羨ましいんだ。
「さて、では死んで貰おうか…。」
そう言って息を吸い込む擬龍蜂だが、奴が息吹を放つ前に俺の準備が終わった。
「じゃ、また後で連絡するわ」
俺はそう言って後方へ向かって跳びはねた。
俺は奴との会話中に背後から血操術のロープを伸ばし、二本の木の間に固定。
そして、急速に縮める事でパチンコの様に飛んだのだ。
急速に移り変わる視界。
これで一旦距離をとり、そして―
そこまで考えた俺の右足を、空中で蜂が貫いた。
「ぐあぁっ!?」
痛みに体勢を崩した俺は上手く着地出来ず、転がりながら地面を進んで止まる。
「…クソッ…」
悪態を吐く俺。
それを遠くから見ていた擬龍蜂が、笑みを浮かべて話し掛ける。
「言わなかったか?斥候を放ったと。
クハハハハハハッ!良い様だなぁ?
下郎めが」
「…チク…ショウが…」
俺は再度悪態を吐き、体を引き摺りながら奴から遠ざかる。
目の前に広がる渓谷へと、ゆっくり進んだ。




