level37
森の木々を、高速で移動する二つの人影が見える。
一組の男女で、年齢はまだ10を迎えた程であろうか。
男は、肩から体に合わない程大きな弓を下げて、腰には矢筒を付けている。
白く艶の有る髪を短く切り揃え、10人女性が居れば11人が目を奪われ、残る35億人が下着を奪われる程の超絶イケメン。
つまりこの俺、ユーリ=ネルタナスだ。
そして、その俺の背中から着いてくる人物。
緩やかなウェーブを描く金髪に、白地に獅子をあしらった仮面を身に付けた少女。
セシリア=アルバーンこと、仮面魔獣マスクドヘルカイザーだ。
「…あんた、なんか意味不明な事考えてない?」
「うわぁ!仮面魔獣マスクドヘルカイザーが喋った!!」
「あんたがこの仮面を被れって言ったんでしょう!?
何意味分かんない事言ってんのよ!?」
最早様式美である。
俺は鷹揚に続ける。
「ほんのお茶目じゃないか。
君には怒った顔は似合わないよ。
さぁ、笑っておくれ?」
「笑えないわよッッ!!
ったく…。
まぁ、良いわ。調子が戻ったみたいだしね」
そんな話を続けていると、目的の獲物が見えて来た。
「…ここで止まってくれ。見えた。」
「“見えた”って、私には全然見えないわよ?」
「そうだったな。でも、これ以上は奴の警戒網に掛かる。セシリアの事を知られるのは困るから、ここまでだな」
俺はそう言ってセシリアに双眼鏡を渡した。
「…何よ…あれは…!?」
双眼鏡を覗くセシリアの顔に、驚愕が浮かぶ。
彼女の視線の先にいる者。それは正に“龍”と呼ぶべき外見をしていた。
岩盤すら噛み砕けそうな巨大で強靭な顎。
空を掴み、自在に舞う事が出来るであろう翼。
その四肢は太く、樹齢数百年の大樹を思わせた。
しかし、よく見てみると、違和感を感じる。
奴を覆うその外皮が、何故か蠢いて見えるのだ。
だが、それは見間違いでは無く事実。
一匹の王が、無数の同族を支配し、龍に擬態しているのだ。
“擬龍蜂オーデンヴァルト”
この世界の強者たる存在だ。
「あれ…全部蜂なの!?」
セシリアが声をあげる。
「そうだ。…にしても凄いな。俺も初めて見たけど、ここまで大きな龍になるのか…」
千里眼での目算だが、恐らくは8メートルを越える程の巨躯である。
いったいどれ程の蜂がいるのか想像も出来ない。
「…でも、蜂は蜂なんでしょう?
私の魔術で焼き払えば良いんじゃない?」
セシリアはそう言って此方を見る。
しかし―
「いや、無理だ。
擬龍蜂オーデンヴァルトの“擬態”は、姿形だけ模倣する自然界の擬態とは違う。
能力・耐性すら完全に模倣する龍化魔術なんだよ。
セシリア、お前は“龍”を焼き殺せるか?」
「…無理ね…」
セシリアはそう言って黙る。
龍の強さとは、それ程までに強大なのだ。
「…まぁ、とは言え、それでも蜂は蜂なんだ。
対抗する術はある。
その為の作戦だからな。」
「そうね…。分かったわ。
でも、本当に貴方の言った地点にアレがあるの?」
セシリアは不安なのか、再度確認して来た。
「間違いない。奴が時々“耳”を経由してそこの確認を行っている。
頼んだぞセシリア。この作戦はお前にかかってる。」
「…それを言うなら、“全員に”でしょう?
誰も失敗出来ないもの」
そう言ってセシリアは笑みを浮かべる。
その顔は、もう不安を感じさせなかった。
流石俺の嫁。
「じゃあ、気を付けてね。
危険度で言えば貴方が一番高いんだから」
「ああ、セシリアも気を付けろよ?」
そう言って、俺達は二手に別れた。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
『おい!豚野郎!!』
俺は樹上から擬龍蜂に声をかける。
奴を挑発して、誘導する為だ。
豚野郎…なんて嫌な悪口だ。
いくら心の広さまで超絶イケメンと言われる俺でも、自分が言われたら6時間は説教するだろう。
豚呼ばわりされた擬龍蜂は、此方を一瞥すると―
「!?」
俺は危険を察知し、咄嗟に体をひねり回避する。
直後、俺の体が有った場所に、轟音をたてて穴が空いた。
「“蜂散弾”…か。」
“蜂散弾”
擬龍蜂の種族技能の一つで、文字どおり蜂を散弾の如く撃ち放つ技だ。
破壊力は折り紙付き。
弾とされた蜂達は全身全霊を注ぎ込み、鋼鉄すらも容易く撃ち破るのだ。
…自分達の、その命と引き換えにして。
穴の空いた周辺には、数匹の蜂の死骸が転がっていた。
しかし、そんな彼等の献身を気にもせず、奴は既に移動を始めている。
「チッ…!」
ムカつく。
気に入らない。
聖人君子を気取るつもりは無いし、犠牲が必要な状況という物が世の中にある事も知っている。
だが、気に入らない。
こんな仲間の命をゴミみたいに使い捨てる奴が、この森の王を気取るのか。
「…気に入らねぇ…!」
俺は再び奴から見える位置の樹上へと移動し、叫ぶ。
『おい!童貞!!』
響き渡る静寂。
奴は呆然と此方を見ている。
…心の超絶イケメンたる俺は、ここまで酷い悪口を言ってしまうと心が痛む。
生まれて初めてだ。こんな酷い言葉を口にしたのは…。
だが、奴は気にした様子もなく、俺に背を向け、そして―
―ドゴォォンッッ!!―
その巨大な尻尾で、俺が居た大木を容易くへし折った。
「…ッ!!」
俺は倒れ行く樹上から血のロープを別の木へと放ち、素早く移動する。
ここから更に、『うんこ!バカ!アホ!デブ!!バーカバーカ!!』と続け、更に『トナカイ!』と言い放つべきか…。
…いや、必要無いな。
奴を怒らせるのは一言で十分だろう。
俺は移動せずに、その樹上でゆっくり立つと、奴の背に向かって一言告げた。
『お前は“王”には成れない』
―ゾクッ!!―
言い放った瞬間、背筋が凍りつく様な悪寒を感じた。
鍛え抜いて来た自分の体が頼りなく感じ、汗が溢れる。
まるで、自分が小さな虫になった様な気分だ。
俺に殺気をぶつけた龍は、ゆっくりと振り返り、告げた。
『虫けらが…余程死にたいらしいな…』
「!?」
俺は驚愕する。
擬龍蜂は確かに高い知性を持つが、まさか会話が出来る程の知性を持つとは…。
恐らくは、羽音を魔術で制御し、人の声を真似ているのだろう。
呆然とした俺に向かい、奴は言葉を紡ぐ。
『これで合っておろう?
貴様達の使う共用語は。
一度余を殺そうと来た、冒険者共を捉えて学んだのだ。
奴等は善き教育者だったぞ?
命懸けで余に言葉を教えてくれた。』
そう言って笑う擬龍蜂。
…大した化け物だ。
流石は“魔王候補”と言った所か。
『何か言ったらどうだ?』
そう言って此方を見る擬龍蜂に、俺は再度告げた。
「お前は王には成れない」
『…ほう…まだ言うか…』
余裕を感じさせる物言いだが、明らかに奴は苛立っていた。
『王には成れない…か、いや当たらずも遠からずか?
余は既にして“王”なのだから』
そう言って笑う擬龍蜂。
…大物ぶんじゃねぇよ…。
「…なんとも思わないのか?」
俺はそう言って、奴の足下を見る。
そこには、自身の全てを差し出した、彼等の死体が転がっていた。
恐らくは、擬龍蜂がその術を維持する為に限界まで魔力とマナを引きずり出され、息絶えたのだろう。
その視線に気付いた彼等の王は、醜い笑みを浮かべ、そして―
「!」
彼等を踏みにじった。
『ああ、これか?』
醜い笑みのまま、心底楽しそうに奴は語る。
『これはな、垢の様な物だ。
普通に暮らしていても、垢くらいは出よう?
貴様は垢に同情するのか?』
挑発する様に此方を見つめる擬龍蜂。
俺は続ける。
「…俺は昔、お前と同じく魔王候補だった魔獣、ヴェラクルスを見た事がある。
奴はまだ“魔王”へと至ってはいなかったが、それでも既に“王”だった。
無数の眷属を引き連れ、強大な力を持っていた」
『フン…余と何が違う。
余とて無数の同族を支配し、そして強大な力を持っておる。
何も違うまい』
「…それだけなら違わないだろうな。
だが、それでも奴とは致命的に違う。」
『…何が違うと聞いておろう』
苛立つ擬龍蜂。
そして、俺は奴に続ける。
「…奴はな。“仲間の為”に戦っていた。
無数の眷属を引き連れ、強大な力を誇っていても、それを自分の物だとは考えていなかった。
その力の全てを、仲間達の為に注いでいた」
『下らんな。“仲間”なぞ、弱者の群れに過ぎん。王の側に居るのは配下であり、配下は全て王の道具だ』
「この森にも王が居た。
奴は高い知性と力。
そして、何よりも優しい心を持っていた…!」
『輪を掛けて下らん。優しさだと?
王には不要な感情だ』
吐きすてる様にそう言った擬龍蜂を睨み、俺は続ける。
「わかんねぇか…。
わかんねぇだろうな!
仲間の命を何とも思わねぇ様な糞蜂野郎にはッッ!!!」
そこまで言い放ち、俺は胸いっぱいに空気を吸い込み叫んだ。
「てめぇは“王の器”じゃねぇんだよッッ!!」
瞬間、奴の目に激しい怒りが宿る。
こうして俺と奴の命懸けの鬼ごっこが始まった。




