level36
『アイゼン…!アイゼン!!』
ビィは泣きながら横たわったアイゼンへと近付く。
それを見たアイゼンは、優しく声をかけた。
『…ビィ…泣グナ…。
……オデガ望ンダ事ダ…満足ジデイル…。
ユーリヲ…責メテヤルナヨ…?』
『…分がっでる…分かっでるよ…。
ズルいよ、アイゼン…。
こんな時に名前で呼ぶなんで…』
ビィはそう言って嗚咽を漏らす。
俺はその様子を見ながら、アイゼンとの攻防を思い出していた。
…なんとか上手くいった。
そう思いほっとするが、それ以上に虚しさが残った。
俺はアイゼンを倒す事を目標にしていた。
この森で生活し、奴の凄さを間近に見る事が出来た。
だからこそ、越えたかったのだ。
この森の王者を。
アイゼンとの戦いを想定し、幾度と無く繰返し練習してやっと打ち破る事の出来た“大地割り”。
しかし、目標にしていたアイゼンは既に歩く事すら儘ならなかった。
―本当のアイゼンはもっと強かった―
俺の心には、その言葉がずっと浮かんでいる。
『……顔ヲ………見セデクレ……。』
消え入りそうな声でアイゼンがそう言った。
俺はアイゼンの上体を起こしてやり、木にもたれ掛けさせた。
「…ほら。これで見えるだろ。
超絶イケメンだろ?」
「………………アア……。」
アイゼンは言葉を紡ぐ。
しかしその声に先程までの力強さは無かった。
「…ったく。
お前、本気で殺す気だったろ?
俺が超絶イケメンじゃなかったらチビるとこだったぞ?」
これで最後かも知れない。
そう思いながら、俺は軽口を叩く。
『…オデハ……“子”ハ殺ザナイ…。』
「……知ってる…」
俺はそう言って下を向く。
どうやら先程までの戦闘の連発に、流石の超絶イケメンも疲れが来た様だ。
『……ダガ……“大人ノ雄”ニ、手加減ナンテシナイ……。』
「……ッ」
視界が滲む。
貧血かも知れない。
『………強グ……ナッダナ……』
「……っけん…な…!」
思わず声が出る。
静かに送ろう、そう決めていたのに言葉が止められなかった。
「お前の方が…!
お前の方がずっと強かっただろアイゼン!!
俺がした事なんて、ただの小細工じゃねぇか!!
満身創痍のお前が全力を出せない様にして、なんとか凌いだだけだろうが!!
強くなんて成れて無い!!
強くなんてないんだよ!!
なんで…なんで死ぬんだよ!?
俺はまだ……お前に……!」
そこまで言って俺は言葉につまった。
言いたい事は沢山ある。
伝えたい事も沢山ある。
しかし、自分の中で溢れてくる感情が邪魔をし、それを上手く言葉にする事が出来なかったのだ。
『………泣クナ……ユーリ…』
「…泣いて……ねぇだろうがっ……!」
俺はそう言ってまた下を向く。
ぼやけた視界の原因を、アイゼンから隠す為に。
『…“強サ”ニモ色々有ル…。
オ前ノ“強サ”ハ、ソノ“強カサ”ダロウ。
オ前ハ、強クナッタ。
強クナッタンダ…』
小さく震える俺。
唇を噛み締め、嗚咽を漏らさない様に必死になるが、目からは止めどなく溢れる何かがあった。
『……ビィ…ユーリ…今マデ楽シカッタ…』
『アイゼンッ…僕も…僕も楽しがった…!』
ビィは泣きながら応える。
その顔は涙でグシャグシャだった。
やがてゆっくりと俺に向き直り、アイゼンは告げた。
『……ユーリ…送ッテクレ…』
「…あぁ」
俺は決意を込めて短く応える。
そしてゆっくりと奴に近付き、その首に牙を立てた。
「吸命」
急速にアイゼンの血とマナが俺に流れ込む。
虚ろになっていく瞳で俺を見つめ、アイゼンは最後の言葉を紡ぐ。
『…イイ雄ニナレヨ…』
それだけ告げると、アイゼンはゆっくりと瞳を閉じた。
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「…もう良いの?」
セシリアはそう言って俺に声をかけた。
あれから然程時間は経っていない。
地系統の魔術で穴を掘り、簡素な墓をアイゼンの為に作った所だ。
「あぁ、随分な経験値とマナが手に入ったからな。
セシリアと戦った時よりも調子は良いぐらいだ。」
「いや、そうじゃなくて…」
そう言ってセシリアは逡巡し、そして首を振る。
「…ううん。何でもない。」
思う所が有ったのを押し込めてくれたみたいだ。
流石俺の嫁。
ビィも暫く泣いていたが、今は泣き止み、アイゼンの墓標に花を手向けていた。
『…それで、どうするの?』
ビィはそう言って振り向く。
その目には、悲しみではなく覚悟が浮かんでいた。
分かっているのだろう。
俺が何をするつもりなのかを。
「…決まってんだろ。
糞蜂をぶっ殺す!」
『そうこなくっちゃ!』
そう言って猛る俺達を、セシリアがたしなめる様に言った。
「具体的にどうするつもりなの?
…さっきのオーガ…アイゼンと言ったかしら。
あのアイゼンは凄く強かったんでしょう?
その彼を倒した相手なのよ?」
「分かってるさ。
正面からやり合っても、俺達じゃあ勝てない。
…いや、勝てる見込みはあるが、確実じゃあ無い。」
「じゃあ、策は有るのね?」
「あぁ、有る。
ビィ。突撃猪の時の事覚えているか?」
『アイゼンと初めて会った時の?勿論覚えてるよ!』
「あの時の作戦を、少し大規模にする。
セシリアも手伝ってくれ。」
そう言って俺は二人を見る。
二人共、異論は無さそうだ。
…擬龍蜂…見せてやるよ…!
アイゼンが認めた、俺の“強さ”を。




