level35
『…小鬼…勝負ダ…』
そう言って俺を見つめるアイゼン。
その顔には、ハッキリとした死相が浮かんでいた。
「ハッ!
血塗れで死にかけの奴が何言ってんだよ?
俺は超絶イケメンだぞ?
今のお前じゃ相手に成らねぇよ!」
俺はいつもの調子で軽口を叩く。
―泣きそうになる自分を、必死に抑えて。
『フン…一度ダリドモ小鬼二負ゲダゴド等ナイダロウ。
相手二ナラナイノハオマエダ。』
「バッカ、俺はいつも手加減してやってんだよ!
お前なんて俺が本気を出したら片手でホイだぜ?」
『ガッバッバッ!ゾレハ怖イナ…』
そう言って笑い合う俺達。
いつもの日常だ。
…そして、俺達とアイゼンとの最後の日常でもある。
「…静かに見送られるってのも有りなんだぜ?」
俺はすがる様にアイゼンにそう言った。
―しかし―
『…小鬼…』
アイゼンはそう言って俺をじっと見つめるだけだった。
こうしてる間にも、アイゼンの体からは生命が流れ続けていた。
アイゼンは話ながらも時折フラついている。
…もう、長くは無いだろう。
俺は覚悟を決め、アイゼンに向き直る。
「…いいぜ、来いよ。
俺とお前との格の違いを教えてやる。」
『ゾウガ…楽シミダ…!』
アイゼンは笑みを浮かべ、棍棒を大上段に構えた。
“大地割り”
文字どおりに大地にヒビを入れる程の破壊力を持つ、アイゼンの武技だ。
これまでの付き合いで、一度だけ奴にこの技を使わせた事がある。
6メートルを越える巨石を奴に仕掛けた時の事だ。
アイゼンはこの大地割りを使い、その巨石をいとも簡単に叩き割った。
あの時は見逃してやったが、今回はそうは行かない。
…次なんて無いのだから。
俺はアイゼンの間合いに無遠慮に入り込んだ。
『イイノガ?ゾゴハオデノ間合イダゾ?』
「ハッ!だから来たんだろうが!!
正面からお前を倒して、今度こそ食ってやるよ!!」
『…感謝ズル…。』
アイゼンはそう言って軽く笑うと、少しだけ空を見上げた。
俺も続けて空を見上げる。
つかの間の静寂。
木々の間から挿す木漏れ日が心地よい。
―本当に穏やかな静けさだった。
やがて、ゆっくりとアイゼンは俺に向き直り、そして奴の棍棒に上位構造世界帯から精神干渉が巻き起こる。
荒々しくも、それでいて洗練された力の奔流。
幾度となく繰返し、修練を積み上げた者のみが到達出来る“武”の結晶。
“武技”。
この優しきオーガの必殺の一撃。
―大地割リッ!―
掛け声と共に、上位構造世界帯からの干渉が現実世界へと降り、棍棒が振り下ろされる。
その力は凄まじく、直撃すれば俺は容易く砕けるだろう。
だが―
「大地の槍ッッ!!」
俺の魔術がアイゼンへと伸びる。
正確には、アイゼンが降り下ろそうとした棍棒、その握りの部分へだ。
確かにアイゼンの大地割りは、大地を割る程の破壊力を持つ。
しかし、その力が最大に成るのは降り下ろした瞬間であり、発動直後である今の段階ならば、俺の魔術でも対抗出来る。
『!』
アイゼンは素早く右手を下にスライドさせ回避する。
驚異的反応速度に舌を巻くが、それが俺の狙いだ。
握りの甘く成った状態では、本来の威力は出せない。
大地の槍がアイゼンの棍棒の握りの部分と接触し、振り下ろされる速度が弱まる。
同時に、俺は二本目の大地の槍を放つ。
今度は棍棒のその突端へ。
二本目の槍が接触した瞬間、アイゼンの目に驚愕が浮かんだ。
恐らく、これ程迄に自分の武技の威力を殺されるとは思わなかったのだろう。
しかし、それでもアイゼンの武技は止まらない。
二本の槍を砕きながら、棍棒は俺に迫る。
だが、こう成る事は分かっていた。
アイゼンの武技は、俺の魔術だけで止める事は出来ない。
だからこそ、利用するのだ。
奴の武技の力を。
「螺旋掌ォォォォッッッ!!」
俺は迫る棍棒へと両手を振り上げる。
奴の大地割りは、シンプルな強化術式だ。
速度、強度、干渉力の三つを強化し、そして打ち付ける。
俺は術式干渉で、奴の術式の対象を自分の両手へと移し替え、強化された掌打を奴の棍棒へと叩き込む。
ここまでは俺の思惑通りだった。
しかし―
「ぐっ!?」
思わず声が漏れる。
確かに俺は奴の術式を掌握した。
セシリアの魔術と違い、完全に掌握している。
だが、それでも。
握りを緩め、二本の大地の槍を間に挟み、術式を逆利用しても。
それでも奴の棍棒は俺に耐え難い圧力を加えて来た。
『グルアァァァァッッ!!』
鬼神が吼える。
その様は死にかけとは程遠く、本気の殺意を俺に向けて来た。
恐怖に膝が震える。
思わず逃げ出したくなる。
…だが、逃げる事等出来ない。
俺を初めて敵として認めてくれたアイゼンの為に!
絶対に負けられない!!
「大地の槍ァァァッッ!!!」
俺は再度奴の棍棒の突端へと大地の槍を打ち込む。
今度は制御は手放さず、破壊されても伸ばし続ける。
「ウォォォォォッッ!!」
俺は両手に更に力を入れ、伸び続ける大地の槍と共に奴の棍棒を押し返す。
だが―
―ミシッ―
不意にその音が響いた。
何かが軋む様な、鈍い音が。
…耐えられる筈が無かったのだ。
例え、術式を乗せているとは言え。
例え、どれだけ強化したとは言え。
俺とアイゼンとの攻防は、負荷が大きすぎたのだ。
俺の、思惑通りに。
―バキィッ!!―
アイゼンは振り抜き、轟音と共に地面へと叩きつけられる。
―握りから先の失われた、その棍棒が。
アイゼンの顔に驚愕が浮かぶ。
その視線の先には、折れて跳ね上がった奴の棍棒が有った。
『…見事ダ…ユーリ。』
それだけ呟くと、初めて俺の名を呼んだ優しきオーガは、静かに倒れた。




