level33
“大桷足長蜂”
体長30㎜程の蜂の魔獣で、軍勢王ノヴゴロドの最下位の眷属の一種である。
眷属とはいえ、大桷足長蜂は通常の肉食性の蜂と大差は無く、女王蜂を中心としたコロニーを形成し暮らしている。
しかし、この蜂には他の蜂には見られない特徴もある。
それが、“王の婿入り”と呼ばれる、繁殖形態だ。
通常の蜂の繁殖は、雄蜂と女王蜂の交尾後、雄蜂は死に、女王だけが生き残り、産卵を行う。
しかし、この大桷足長蜂の雄は、交尾後も死ぬこと無く、女王と連れ添うのだ。
“死が二人を別つまで”
これ程この言葉が相応しい魔獣は、この大桷足長蜂を置いて他には居ないだろう。
そして、“彼”もこの大桷足長蜂の雄だった。
彼は幸せだった。
女王蜂と、自分とで築き上げた巣の中で、沢山の兵隊にかしずかれ、人生を謳歌していた。
彼のコロニーも、彼と女王の指揮の下に繁栄を極めていた。
彼自身、この当時は自覚出来ていなかったが、彼の知性が大桷足長蜂の領域を遥かに凌駕していた為だ。
…しかし、その栄華も長くは続かなかった。
彼の妻である女王蜂が死んだのだ。
生涯の伴侶の突然の死に、彼は悲しんだ。
彼は彼女の為ならば命すら惜しまない程の愛を捧げていたのだ。
その絶望は、計り知れなかったろう。
しかし、彼を更なる絶望が襲う事となる。
兵隊が自分を追い出しにかかったのだ。
大桷足長蜂は、女王が死んだ後、巣の中に居る女王候補が、新たなる女王として君臨する。
そして、その時に先代女王の番である王を追い出す。
近親での交配を避ける為の種の生態であるが、それを理解するだけの知識を当時の彼は持っていなかったのだ。
―このコロニーは私の指揮で無くば維持出来ない!
新たなる女王と、その伴侶では不可能なのだ!―
彼は必死に訴えたが、彼の兵隊も、新たなる女王も、決してそれを受け入れなかった。
彼はその時に初めて理解したのだ。
同種の存在がどれほど低い知性しか持たないのかを。
そして、自分がどれ程“特別”なのかを―。
通常の大桷足長蜂の雄は、巣から追い出されると獲物を獲る事が出来ずに死に至る。
しかし、彼はその高い知性でもって狩りを行い生き延びた。
そして、狩りを成功させる度に、彼はより強靭な力を得る事が出来た。
そんなある時、彼に更なる転機が訪れる。
彼が狩りをしている近くを、数匹の大桷足長蜂が飛んでおり、彼は戯れにかつてコロニーを指揮していたのと同じ方法で彼等を指揮してみたのだ。
通常、別のコロニーの大桷足長蜂の王が指揮をしても、その微妙な差違を感じ取り、何一つ意味を成さない。
彼自身も、本能的にそれを理解しており、本当にただの戯れで行った事だった。
しかし、その数匹の大桷足長蜂は彼の指揮に従ったのだ。
彼は驚愕した。
狩人となったはずだった自分が、まだ“王の力”を持っていた事に。
そして、かつて味わった事の無い、その感覚に。
彼は、彼に従った数匹の大桷足長蜂の感覚を、理解する事が出来たのだ。
まるで、実際に自分があの場で飛んでいるかの如くに感じ、そして手足の様に自在に動かせた。
そう、それが彼が初めて種族技能を認識した瞬間であった。
そこからは早かった。
その力の有用性を理解した彼は、その力を磨いていったのだ。
初めは数匹しか操る事は出来なかったが、その力を使い、狩りを成功させる度に加速度的に操れる数を伸ばした。
種族技能を用い、増大した知覚でもって、今まで狩る事が出来なかった獲物を狩る事が出来る様になった。
彼が支配下に置いた同族は、既にかつてのコロニーの比ではない。
こうして彼は、再び“王”となったのだ…。
―そして今、彼はかつての自分を思い出し、その顔に笑みを浮かべる。
愚かだった。
弱者だった。
そんな過去の自分を嘲笑してだ。
彼は既に弱者ではない。
数億の同族を支配し、知覚し、かつて見上げていた獲物達を見下ろしている。
“彼”の名は“オーデンヴァルト”。
“擬龍蜂”とも呼ばれる、この世界の強者である。
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「その、擬龍蜂って、そんなにヤバイの?」
セシリアがそう尋ねて来た。
俺達は今、“秘密基地”に向かっている。
秘密基地は、俺とビィとで作った森の中にある拠点で、簡易的な避難場所であると共に、各種実験・訓練を行う研究所であり、訓練場でもある。
正に秘密基地なのだ。
「ああ。大桷足長蜂の雄が、変異と進化を繰り返す事で生まれる魔獣なんだが、同族を支配して周辺の動物や昆虫、魔獣なんかを食い荒らし、爆発的に増殖する。
王に支配された兵隊達は、薔薇のトゲに似た突起が胸部に生えるから、通常の大桷足長蜂とは見た目が変わるんだ。
さっき見せたのはその変異後の姿だ。
そこから更に進化すると…」
『ちょっとユーリッ!!』
俺の話を遮り、ビィが突如声をあげる。
突然の事に驚いたが、俺はビィに聞き返した。
「…なんだよビィ。いきなり声をあげるなよ…」
そこまで言って、俺は言葉を止めた。
彼の支線の先に、先程の声の答えが映ったからだ。
「…アイゼン…!」
アイゼン。
優しきオーガにして、この森の王者。
そこには、血溜まりに倒れ伏した、彼の姿があった…。




