level31
“螺旋掌”
ラファガ流術式戦闘術の武技の一つで、対象となる魔術を弾く技だ。
師匠はこの技を、手の先だけでなく爪先とかでも使えるし、俺みたいにボロボロに成ったり、時間がかかったりもしない。
俺のそれとは圧倒的に違う。
師匠の螺旋掌を分かりやすく説明すると、
ポーン!ポーン!ズビシッ!!ドゴーン!である。
我ながら分かりやすく説明出来た。
流石は超絶イケメンの俺。
しかし、俺はまだまだ未熟だ。
もう回復したが、両手は凍りついてしまったし、干渉時間はかかり過ぎ。
…その上犠牲を出してしまったのだ。
今、俺の手の上には、氷の塊がある。
40㎝よりも大きめくらいの氷の塊だが、その中には中性的な妖精が驚愕の表情を浮かべたまま閉じ込められている。
彼の名はビィ。
この世界で初めて出来た我が友だ。
あの時、俺が螺旋掌で弾いた魔術は、偶然にも上空に居たビィを飲み込み、見事な氷像にしてしまった。
しかし幸運な事に、何故かは分からないが魔術は改竄されてて、凍りついているのは、ビィの身体では無く、表面を覆っている氷のみ。
しかも、鼻の穴の周りだけは凍っていない為、呼吸にも問題は無かった。
その証拠に、さっきからビィの鼻息はしっかりと聞こえてくる。
『ンーッ!!ンーッ!!』
大丈夫、俺は翻訳チート持ち。
彼が何を言いたいのか理解した俺は、その声に答える。
「エビバディパッション♪」
『ン゛ーッ!?ン゛ーッ!!ン゛ーッ!!』
ビィが氷越しに喜んでいる。
良かった…。
俺達は通じ合っている。
俺は彼に優しく呟いた。
衆議院?
参議院?
そうだね、プロテインだね…と。
すると、上位構造世界帯から干渉が起き、地面が隆起し始めた。
ビィはどうやら文字を書こうとしているらしい。
俺がじっと見ていると、一文字目が完成した。
『コ』
“コ”だ。
昔ビィにカタカナを教えた事がある。
ビィはそれで何かを伝えようとしているらしい。
『ロ』
次は“ロ”だった。
なんだろう?
これだけでは流石の超絶イケメンの俺でも何が伝えたいのか分からない。
『ス』
今度は“ス”だった。
しかし、ビィは疲れたのか、次の文字を書かなかった。
しかし、俺とビィはマブダチである。
ビィが書きたかったであろう最後の文字を書いてやり、それをビィに見せてやった。
『ケ』
俺はビィに、俺もキテレ○派だよ…。と呟き、氷の塊と化したビィの全身を血操術で覆う。
これで割れたりしないだろう。
最後に俺達の合作が良く見える位置に置いてやり、目と鼻の部分だけ空けておいた。
『ン゛ーッ!?ン゛ーッ!!ン゛ーッ!!』
ビィが喜んでいる。
俺を置き去りにしたのに、こんなに優しい超絶イケメンぶりに驚いているのだろう。
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…セシリアはあれから地面に座り込み、ずっと泣いている。
普段なら、こういう時は肩でも抱いてやるのだが、今は違う気がして、そっとしている。
…今回は本当に危なかった。
我ながら死んだと思った。
―もし、セシリアが勝負を受けてくれなかったら。
―もし、セシリアが俺の挑発に乗らず、あのまま炎の魔術で決めに来ていたら。
―もし、セシリアが速度の遅い零下の悪夢を選ばなかったら。
―もし、セシリアが俺の逃亡を前提にせず、術の制御を手放していなかったら。
そして、セシリアのトラウマを上手く突く事が出来ていなかったら。
俺は容易く死んでいただろう。
速度が遅く、かつ制御の難しい最上級魔術である零下の悪夢は、対象の魔術を乗っとるラファガ流術式戦闘術にとって、好相性の干渉対象だ。
干渉を施す余地時間は長く、かつ相手も制御が疎かになりがちと言う魔術。
カモと言い換えても良いレベルだ。
しかも、彼女はその制御を一度手放していた。
ここまで俺に有利な条件が揃う事も早々無いだろう。
―しかし、それでも及ばない。
だからこそ、俺は彼女の心を抉った。
可能な限り動揺させ、術式の掌握を容易にする為に言葉を選んだ。
それ程の差が俺とセシリアの間には有ったのだ。
…結構な自己嫌悪である。
生き残る為とは言え、この幼気な美少女の心の傷を抉る言葉を意識的に紡ぎ続けたのだ。
超絶イケメン失格である。
……しかし、彼女にも必要な事だったとは思う。
もし、彼女の心に俺の言葉のどれか一つでも刺さらなかったのならば、この状況には成らなかっただろうから。
彼女は向き合う必要があったはずだ。
自分の心と。
「……私は間違っていたの……?
私はどうしたら良いの…?」
彼女は弱々しくそう呟く。
答えの出ない自問自答だったはずだ。
しかし、俺は答えを告げた。
「そうだ。今までのセシリアは全て間違っていた。
吸血鬼のせいにして自分の罪を擦り付けて、自分と向き合わずに逃げ回って来た最低な奴だ。
吸血鬼は被害者だ。悪くない、そっとしておけ。
お前が悪い」
驚愕に染まるセシリアの顔。
しかし、次の瞬間―
「ふざけないでッッ!!
確かに私は自分の過ちから目を背けて来たわ!!
母さんの想いに目を向けず、自分の気持ちを誤魔化し続けた!!
でもね!それでも、だからと言って吸血鬼達を放置して良い事には成らないわ!!
確かに彼等だって元々は被害者だった!!
たけど、それを理由に放置しておく事なんて出来る訳が無いでしょう!?
例え罪が無くても、彼等は人を傷つける存在なのよ!?
そのまま放置して、それでまた彼等と同じ被害者を生み出したらなんの意味も無いでしょう!!
人々を守る為には、それでも立ち向かわなければ成らない事だってある!!
誰かを助ける為には、例えどんな相手でも立ち向かわなければ成らない時があるのよ!!」
セシリアはそう言い切り、俺を睨み付ける。
しかし、その目には怒りでは無く、決意が浮かんでいた。
「ブッ!ブフッ!ブハッ!!ハハハ!」
俺から笑いが吹き出してしまう。
笑ったら駄目なのに…なんかツボに入ってしまった…。
「な、何がおかしいのよ吸血鬼!!
笑うところが何処にあるのよ!!」
当然の如く怒るセシリア。
これは仕方ない。間違いなく俺が悪いのだから。
「ブハッ!!いや、悪い!!
俺にもなんかわからんが、ツボっちまって!!
師匠に初めて会った時に全く同じ事言われて殺されかけた事があってさ!ブフッハハハ!!」
「それのどこがおかしいのよ!!
何を笑ってるのよ!!」
「わからん!!ツボっちまってんだ!!ブハハハハハハハハッッ!!」
「黙りなさいよ!!」
「…」
「急に黙んじゃないわよ!!
なんか分からないけどムカつくのよ!!」
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!」
「あ゛ぁぁぁぁぁあ゛!?」
暫くフザけていた俺だが、セシリアに向かい、切り出した。
「…なんだ。お前の中じゃ答えなんて出てたんだな。」
「はぁ!?」
怒るセシリア。どうやら意味が分かっていない様だ。
「…自分で言ってただろう?“誰かを救う為には、どんな相手でも立ち向かわなければ成らない時がある”って、…それで良いんじゃないか…?」
「!!」
セシリアは驚いた顔でこちらを見ている。
やがて、言葉を飲み込んだセシリアは、俺を見つめてこう告げる。
「…それは、“貴方が相手でも”、と言う意味でもあるわよ?」
そう言ったセシリアの目は真剣そのものだった。
…どうやら知っているらしいな…。
「“至上命題”…。
劣化吸血鬼に真祖血族が与える絶対命令よ。
劣化吸血鬼は、生み出された後、最初にこの至上命題を与えられる。
至上命題を与えられた吸血鬼は、他の全てを擲ってでも、その命に従うわ。
彼等にとって、至上命題こそが生きる意味と成るの。」
そう。そして―
「そして、至上命題を受けた劣化吸血鬼は、それ以外の事に関する思考が著しく劣化する。
目的の為だけに生きる彼等にとって、不用な感覚や感情は欠落するの。
……貴方が知性を維持出来ているのは、恐らく至上命題の内容が、通常の劣化吸血鬼に与えられる、“我に絶対服従せよ”では無いから。
…至上命題の内容は分からないけど、それでも貴方は暴走の危険性を含んだ存在なのよ。
貴方はそれが分かってる?」
そう言いきり、セシリアはこちらを見つめている。
そうなのだ。
どんな美辞麗句を並べても、俺は人成らざる異形である事に変わりが無い。
しかし―
「…分かってる。
だけど、それを理由に生きる事を諦めたりしない。
超絶イケメンは死に逃げたりしないんだ。」
「…さっき思考停止して、されるがままに成ってなかった?」
「そんな訳が無いだろう?
俺は諦める事と命乞いと嘘が嫌いなんだ」
「…あっそ」
セシリアはそう言って軽く首を振る。
どうやら俺が超絶イケメン過ぎて目眩がするらしい。
「…まぁ、一応暴走の危険性は低いらしいぞ?
師匠が俺と初めて会った時に、“血封印”を施してくれてるからな。」
“血封印”
術者の血を触媒とし、条件を満たした時に対象のアストラル体を拘束する術だ。
師匠は幾つかの戒律を破る事を条件に、この術式が発動する様にしてくれている。
その中には、至上命題の発動も含まれているのだ。
「…そう」
セシリアは少しだけ寂しそうにそう言った。
どんなに相手の事を想っていても、手放しで信頼出来ない俺と師匠の関係を思い、寂寥感を抱いているのだろう。
…やはり優しい子だ。
「…そんな顔すんなよ。
自分で自分を信頼出来ない俺が、安心して誰かと接する事が出来るのは、この術のおかげなんだ。
この術を施してくれた師匠には感謝してる」
「…私は何も言って無いわよ…」
「…そうだったな」
そう言って、少しだけ沈黙が生まれる。
数年ぶりの女の子との二人きりの時間だと言うのに、俺のトーク力も衰えたものだ…。
俺は話を切り替える様に、彼女に切り出した。
「…さて。
さっきの約束は覚えているな?」
「!!」
セシリアの顔が驚愕に染まる。
恐らくは自分の敗北を欠片程も考えていなかった為、すっかり忘れていたのだろう。
…そう、勝者は敗者に一つだけお願い事が出来るのだ…。
「……スケベなお願いとかなら消し炭にするわよ。」
「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………勿論」
「なんなのよその間は!!
滅茶苦茶不安になるでしょ!?」
そう言って鼻息を荒くするセシリア。
まぁ、冗談はこれくらいにして置こう。
「セシリア」
「何よ!?変な事言ったらかき氷にするからね!?」
今だ鼻息荒いセシリアに、俺はこう願った。
「…セシリア、俺と友達に成ってくれ」
「…ッ!」
…フッ。
軽いジャブである。
ここから仲良くなり、時間を掛けて俺に惚れさせるのだ。
まだセシリアは幼い。
しかし、大きく成れば相当な美人と成るだろう。
そして…グヘ!グヘ!ゲヒャヒャヒャヒャヒャ!
俺は紳士的な妄想に浸っていたが、ある事に気付いた。
「セ、セシリア!?どうした!?」
俺は慌てて彼女に声をかけた。
しかし、彼女は何も無かったかの如くに振る舞う。
「何よ、五月蝿いわね。
まだ何も言ってないでしょ?」
そう言った彼女の両目からは、二筋の光りが零れていた―。
『ラブコメで終われると思っているの?』
そう聞こえた瞬間、俺の股間を一筋の大地の槍が打ち抜いた。
悶絶した俺の目には、二筋の光りが零れていた―。




