level30
ゆっくりと俺に向かい沈む冷気の太陽。
その動線に有る全ての物は、絶対の静寂に包まれて行く。
触れるどころか、近付くだけで“死の静寂”を与えるその太陽は、もはや目前にまで迫っていた。
セシリアの顔には、“意外だ”とでも言う様な顔が浮かんでいる。
―素直に死を受け入れるなんて―
そう思っているのだろう。
最早手を伸ばせば届く距離にまで近付いたその静寂に俺は手を伸ばし、そして――
「………そんな……馬鹿な!?」
セシリアの顔に驚愕が浮かぶ。
その目に映っていたのは、太陽を受け止めている俺の姿だった。
「なんで…なんで私の術を受け止めているの!?」
俺はセシリアの魔術に介入し、術の対象から俺を外す様に改竄。
そして、続けてその位置情報にも手を加る事で、一時的に受け止めたのだ。
――しかし――
「ちっ!!」
俺の両手が凍り始める。
俺とセシリアの存在力に差が有りすぎて、術式の掌握が完璧には出来ていないからだ。
無論、師匠ならば完璧に掌握しているだろうが、未熟な俺にはこれが限界だろう。
だから俺は位置情報の改竄に力を入れる。
この太陽を空へと跳ね上げる為に。
「……ふざけないで……!!
なんで劣化吸血鬼が私の術を止めるのよ!!」
そう言って再度、冷気の太陽への干渉を始めたセシリア。
「ッ!!!」
冷気の太陽が重くなる。
セシリアの吸血鬼への憎悪に合わせて。
「私は負けない……吸血鬼なんかに負ける訳にはいかない!!
母さんの為に私は負けない!!」
そう叫び力を込めるセシリア。
――しかし――
「……母さんの為?
お前の為だろ?」
「!」
セシリアに動揺が走り、太陽が僅かに軽くなる。
「……お前は自分が許せないんだ…。
母親を見捨てた自分が、どうしても許せないんだ……。
その重みを受け止めれないから、吸血鬼を恨む事に逃げた。
逃げ出した自分を、吸血鬼に置き換えているんだろ?
そうしたら楽だからな」
「黙りなさい!!」
その声と共に、太陽が放つ冷気が強まる。
俺の術式干渉による位置情報と対象の改竄は、ほぼ終えている。
それを理解した彼女は、俺が掌握しきれない影響力を高める事で、俺にとどめを刺そうとしている。
正解である。
流石は師匠の孫だ。
「……薄汚い吸血鬼がッ!!
あんたに何が分かるのよ!!
私達がどれだけ幸せだったか!!
私達が母さんを失いどれだけ苦しんだか!!!!
お前達が……!!
お前達が母さんを殺したんでしょう!?
私達から母さんを奪ったんでしょう!?
返してよ!!お母さんを返してよ!!」
彼女は叫んだ。
嗚咽を漏らし、泣きながら叫ぶその姿は、歳相応の、一人の少女のものだった。
「……悪いが、俺にはお前のお母さんを返してやる事は出来ない…。
だけど、お前のお母さんは、お前に復讐なんて望んでないと思うぞ…。」
「あんたにお母さんの何が分かるのよ!?」
彼女は更に怒気を増し叫ぶが、俺は怯まずに続ける。続けなければならない。
「…確かにお前のお母さんの事は何も知らない。
師匠の娘だって事も知らなかったくらいだからな。
…だけどな、お前がどれだけ母親の事を大切に思っているのかは分かるつもりだ。
…お前の母親もそうだったんじゃないのか?
セシリアの事を想い、大切にしてきたんじゃないのか?」
「!?」
セシリアの顔に動揺が浮かぶ。
しかし、彼女はそれを飲み込む様に言葉を続けた。
「……だったら!!
だったらなんなのよ!?
そんな事…、そんな事一番私が分かってる!!
奴等に捕まった母さんは、自分の顔を吹き飛ばしてまで、私に声をかけてくれた!!
命を投げ捨ててまで私を逃がしてくれた!!
私は……!!!
私はそれに報いなければならないのよォォォォッッッ!!!」
彼女の泣き声と共に、冷気が更に増す。
俺の腕は、二の腕に迫る程に凍りついている。
しかし、俺は続けなければ成らない。
自分の命を救う為に。
――そして、彼女の心を救う為に。
「…だったら報いてやれよ!!!
俺は知らない!!
でも、お前なら分かるだろ!?
お前の母親が何をお前に望んでいるかを!!!」
「…!」
太陽が揺らぐ。
その冷気を弱めながら。
「許してやれセシリア!!
お前の為じゃなく!!
お前の母の為に!!
母の為に自分を許してやれッッ!!!セシリア!!」
「!!」
太陽が傾く、ゆっくりと。
―――――ラファガ流術式戦闘術―――――
――――――――螺旋掌――――――――
俺の声と共に、振り上げた両手は、冷気の太陽を何も無い空へと導いた……。




