明けない夜、その5
その場に激昂した声が響く。
「フェムト貴様ッッ!!わが君に意見するか!?」
そう声を張り上げる鳥人の大英雄、ルクスレシア=アケローン。
彼はその“守護騎士”の字の通り、今は高い忠誠心を混沌王に捧げている。
フェムトが混沌王に意見した事は、彼にとっては許せるものでは無かった様だ。
『…ルクスレシア、構わぬ。
奴は妾の道化なのじゃ。
そなたに妾の“騎士”としての役割を与えているのと同じく、奴には“道化”の役割を与えておる。
なんぞ妾が楽しめる事を思いついたのじゃろう。
のぅ、フェムト?』
「無論に御座います。わが君。」
そう答える鎧兜の真祖血族。
先程から徐々にだが、左半身の火傷が回復していっている。
セシリアが最初に見た時は気付かなかったが、あの焼け焦げた半身は、シェリスとの戦闘で受けた傷だったのだろう。
『して、“勿体ない”とはどういう意味じゃ?』
「はい。わが君。
このままこの娘をくびり殺した所で、分かりきった結果にしか成らないのですよ。」
そう言ってフェムトは、セシリアとシェリスに視線を向ける。
「まず、その娘は四肢をもがれる段階で、絶叫しながら死を迎える事に成ります。
そして、そこに居る母親は、激しい怒りに取り付かれ、わが君に仇なす事に成るでしょう。
“殺してやる!娘と同じ様に苦しみ抜いて死ね!”
などと喚き散らしてね。
無論、我が同朋達はそれを許さず、結果彼女は無念のままに非業の死を遂げる事と成ります。」
『ふむ。そうじゃ。
じゃが、それはそれで面白かろう?』
「勿論に御座います。
それはそれで楽しめるとは思うのですが、もっと長く。
そして、先読みの出来ない遊びを思い付いたのですよ。」
『ほぅ?』
そう言って混沌王は笑みを浮かべる。
その顔はとても穏やかで、初めて我が子を抱いた母親の様な美しさを感じる。
―無論、実態とは遥かに駆け離れているが。
『して、どの様な“遊び”じゃ?』
「はい。
…しかし、この場で説明させて頂いても宜しいのですが、それでは楽しみが半減してしまいます。
もし宜しければ、これから私が行う事を、わが君の名の下に御認め頂けないでしょうか?」
「フェムト!!貴様!!」
再度激昂するルクスレシアだが、混沌王はそれを遮る。
『よい。ルクスレシア。
こやつの遊びが詰まらぬものならば、こやつで遊べば良いのじゃ。
昔の様にのぅ?
なぁ、フェムトや。』
「これは恐ろしい。
しかし、きっとご満足頂けるかと。」
逡巡した混沌王だったが、やがて頷き、こう言った。
『我が名の下に認めよう。フェムト。』
「有り難き幸せに御座います。」
一礼し、そう言ったフェムトは母娘に向き直った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
セシリアは怖かった。
その場で行われている話の全てが、自分達の都合を完全に無視したものだったからだ。
四肢をもがれるなんて絶対に嫌だ。
それを母に見せて楽しむなんて理解出来ない。
人が苦しむ事の何が楽しいのか。
何故そんな事が出来るのか。
セシリアには分からなかった。
「…ひっ!」
セシリアは声を出す。
恭しく一礼をした鎧兜の真祖血族が、此方に向き直ったからだ。
彼は、その手の先から血の縄を作り出しセシリアに向け、そして―
「ア゛ぁァァァッ!?」
セシリアは余りの激痛に、絶叫をあげる。
彼の作り出した血の縄は、セシリアの左手に伸び、その指を全て折ったのだ。
「痛いッ!!痛い痛い!!うわぁぁぁっっっ!!」
セシリアは泣き叫ぶ。
彼女の母は、止めどなく涙を流しながら、セシリアに視線を向けていた。
“自分が代われたら。”
きっと、優しい母はそう思っているだろう。
しかし、セシリアは生まれて初めて味わう激痛に、ただただ泣き叫ぶしか出来なかった。
「…ヒック!ック!う…うぅ…。」
やがて、痛みが少しだけ和らぎ、嗚咽を漏らすセシリアに、フェムトはこう言い放つ。
「お嬢さん。私はこれから貴方の下に行き、その四肢をもいで殺します。」
セシリアは恐怖に顔を歪める。
彼は穏やかな声でそう告げたが、間違いなくそれを実行するだろう。
セシリアは、これから自分に起きる地獄を思い、余りの恐怖に発狂しそうだった。
彼女がギリギリのラインで正気を保てたのは、たとえ動けずとも母が側に居たからだろう。
その様子を見た後、フェムトは続ける。
「その苦しみは想像を絶し、その左手の痛みなど可愛いものと思える程でしょう。
…しかし、お嬢さんがそれを受け入れるならば、貴女の母君を無事に返して差し上げましょう。」
「!?」
母娘の顔に驚愕が浮かぶ。
鎧兜の男の意図が、全く理解出来なかったのだ。
彼は続ける。
「私の行いは、わが君の名の下に保証されています。
私の言葉に嘘は有りません。
間違いなく貴女の母君を無事に返すと約束します。
まぁ、ここまでは先ほどわが君が仰られた通りですが、ここから先が私の提案です。」
そう言い溜めて、鎧兜の真祖血族はこう告げた。
「母親を見捨てて逃げれば、貴女を見逃して差し上げましょう。」
―え?―
―今、なんて―
セシリアの混乱が修まる前に、高らかな笑い声が響く。
『ッハハハハ!!
アハ!?アハハハハハハハハ!!
アハハハハハハハハ!!
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!?』
混乱王は笑う。その美しい声で―
『面白い!面白いぞ我が道化よ!!
なる程なる程。
それならばその娘がどちらを選んでも楽しめよう!
想像を絶する苦痛を娘に味合わせて生き長らえるか!?
決死の思いで助けに来た母親を見捨てるか!?
どちらを選んでも、生き残った方がより苦しむであろうな!!
ハハハハハハハハハハハハハハ!!
褒めてやろう!フェムトよ!!』
「有り難き幸せに御座います。」
フェムトは一礼し、セシリアに向き直る。
「さて、お嬢さん。私はこれから貴女に向かってゆっくりと歩いて行きます。
私が貴女の下に辿り着くまでが貴女が選択する時間です。
…貴女が選びなさい。救うべき人間を、ね。」
そう言って絶望は歩き始めた。




