明けない夜、その3
―ゴオッ―
轟音と共に、巨大な炎の竜巻が巻き起こり、エル・フェルダンの夜を照らす。
セシリアの頬に熱風が当たり、顔には歓喜が浮かんだ。
『あれは母さんの火炎竜巻だわ!!』
数千度もの超高温の竜巻を発生させ、対象を完全に焼き払う。
母のオリジナルスペルにして、奥義たる魔術の発動にセシリアは喜んだ。
“母は生きている。あの魔術を受けたなら、真祖血族だって生きてはいない。
母は無事に帰ってくる。”
セシリアはそう思ったのだ。
これで、また幸せな日常が戻って来る。取り合えず、母が帰ってくるまで、このままここに居よう。
それで、やさしく叱られるのだ。
“そんな危ない所に登るんじゃない”、と。
セシリアはそう考えていた。
―しかし、その日常が戻る事は無かった。
「!?」
耳を劈く高音と共に、黒い閃光が炎の竜巻を席巻する。
初めは押し返していた炎の竜巻だったが、やがてその勢いは弱まり、黒い閃光に飲まれていった。
「お母さん!!」
セシリアは叫んだ。
例え母に聞こえなくとも、叫ばずにはいられなかったのだ。
セシリアは、直ぐに時計台から駆け降り、炎の竜巻が消えた街へと駆け出した。
「ハァ…ハァ…!」
セシリアは走った。
息が上がろうとも、けして足を止める事なく走り続けた。
途中、元は街の住人だったであろう劣化吸血鬼に襲われる事もあったが、神託者であるセシリアは、幼くとも容易く撃退出来た。
早く行かなくては。
母を助けねば。
セシリアは焦る。
ただただ母を助けたい一心で、セシリアは走り続けた。
そしてたどり着いた。
たどり着いてしまったのだ。
―真祖血族達の宴に。
ーーーーーーーーーーーーーー
ようやくたどり着いたその場所には、セシリアを囲む様に5人の異形が佇んでいた。
その全てから、圧倒的とも言える圧力を感じる。
“真祖血族”
“混沌王ゼーランディア”が生み出した4体の眷属。
その全てがこの場に居た。
混沌王ゼーランディアは、眷属の数でもって世界に滅びを与えるタイプの魔王ではない。
その為、他の魔王達が力を割いて大量の眷属を生み出し、支配しているのに対して、この場に居る4体のみを眷属としている。
劣化吸血鬼達は混沌王の眷属ではなく、真祖血族の眷属であり、直接的な支配は行っていない。
無論、真祖血族は混沌王の命に絶対服従であり、その支配権は実質的には混沌王が握っている事になるのだが。
セシリアは怯えながら目を泳がす。
「おや?これは可愛らしい浸入者じゃて。」
そう初めに声を出した異形。
蒼と白を基調とした神官服に身を包み、左右の腕には大量の腕輪を付けている。
身の丈は2メートルを越え、肌は薄い緑色の鱗に覆われており、頭部には背鰭の様に並んだ鶏冠が見てとれた。
大きな眼球には、縦に入った細長い真紅の瞳があり、人で言う鼻の部位には、二筋の穴が在るのみ。
“魔術神官”
ヴァイジャ=ズールー
竜人の大魔術師にして、真祖血族が一体だ。
「貴方が招いたのでしょう?ご老体。
この場の結界は貴方が張ったものなのですから。
…しかし、この様なお嬢さんをこの場に招くとは…。
少々無粋では?。」
そう言ってセシリアを見る異形。
“騎士”
彼から受ける印象は、これ以上に無い程、騎士と言うべきものだった。
翡翠色の見事な鎧を着こなし、その右腕に携えた槍には圧倒的な力を感じる。
その瞳は、真紅に染まっており、鋭い眼光は正に“猛禽”と呼ぶにふさわしい―
―否。猛禽なのだ。
鷹の頭部と翼を持つ、鳥人族の大英雄にして、真祖血族。
“守護騎士”
ルクスレシア=アケローン
『…ふん』
そう言って二人の会話から、つまらなそうに顔を背ける異形。
体躯は家屋を越える程大きく、全身を黒い鱗が覆い隠す。
その顔には、血管の如く赤い模様が張り巡り、真紅の瞳は、先の二体を凌駕する力を感じさせた。
前龍王、“暗黒龍王”にして、真祖血族。
“黒龍”
レイガルド。
「…ッ!」
セシリアは声に成らない悲鳴をあげた。
彼等は何れも伝説に吟われる程の英傑であり、知らぬ者等居ないとまで言われる存在なのだ。
そして、その力故に混沌王に取り込まれた、最強の“真祖血族”。
セシリアは、恐怖故に彼等から目を放そうとしたが、黒龍の上に佇む一人の人物に目を奪われた。
セシリアはその瞬間、恐怖を忘れて、ただ一つの感情に支配されたのだ。
『…なんて…綺麗なの…』
膝にまでかかる程の長い髪は、白く艶めき、聖別されたミスリルの銀糸を思わせる。
その顔は慈愛に溢れ、真紅の瞳はまるで、切り出したレッドダイヤのよう。
体にはシミ一つ無く、最高級の白磁器とて見劣りするだろう。
およそ、“美”と呼べる概念の全てがそこにはあった。
彼女こそ、この場に居る真祖血族の支配者にして、“好血姫”とも呼ばれる存在。
“十三柱魔王”第三柱。
“混沌王”
ゼーランディアである。




