明けない夜、その1
セシリアの母。
シェリス=ラファガ=アルバーンは冒険者であった。
冒険者とは、この世界に於いて未知を探求し、既知とする者であると同時に、魔族や敵対的な光の民から民衆を守る守護者でもあった。
無論、後者の側面は国が負担する比率の方が高いのだが、突発的な魔獣災害等に対応しきれる程の自由度は国軍には無く、その自由度を持つ冒険者組合と協力して人々を守って来たのだ。
シェリスがセシリアの父、ルイスと出会ったのは、そんな冒険者をしていた時の事である。
彼はアルバーン侯爵家の次男として生まれて来た男だったが、貴族社会に馴染めず、半ば家出するかの如く実家を離れ冒険者をしていたのだ。
『実家は優秀な兄が継ぐ。俺は好きに生きる。』そう思い冒険者をしていた彼は、偶然同じ依頼を受ける事に成ったシェリスと出会った。
最初は気に入らない女だと思った。
女の癖に自分と同じく信託者で、かつ同じ炎使い。
その上自分になびかないのである。
女に困った事の無いルイスにとって、自分を袖にする女等許せるものでは無かった。
しかし、自分の中でどんどんと大きくなるシェリスの存在に気付き、それが恋だと理解するまでそれ程時間はかからなかった。
やがて二人は結ばれ、一人の娘が生まれる。
それがセシリアだ。
三人は幸せだった。
冒険者として優秀で、生活にも困らず、何不自由無く暮らす事が出来ていた。
しかし、4年前。
後に“好血姫の乱”と呼ばれる、“混沌王ゼーランディア”率いる吸血鬼達の侵攻によって、その幸せは儚くも散る事と成った。
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「お母さん!!行かないで!!」
セシリアはそう叫んだ。
ここは、オールドランド大王国王都“エル・フェルダン”。
冒険者として活動する両親が拠点としている街で、平時ならば例え夜でも歓楽街からの賑わいが止まない大都市である。
しかし、今は全く違う喧騒が聞こえている。
悲鳴だ。
何十と言う悲鳴が、どこかしこから聞こえて来る。
混沌王と、その眷族である吸血鬼達が侵攻して来たのだ。
本来ならば国軍が動くべき有事ではあるが、現在は竜人族達の国家、ユングフラウとの軍事的緊張状態にあり、その軍事的比重を、ユングフラウと隣接するポートメリ辺境伯領に大きく傾けていた。
その軍事的空白を狙っての侵攻であった。
―後に、この軍事的緊張を招いた幾つかの事柄が、吸血鬼達の手によるものだと判明するが。
無論、国軍もこの事態に手をこまねいている訳では無い。
動かせる範囲の兵力は全て動かし、事態の鎮静化を図ってはいるのだが、吸血鬼達はこの街の住人や、鎮静化に当たっている国軍の兵達を使って、大量の劣化吸血鬼達を作り出し、数で持って侵攻を進めていたのだ。
兵力の減少と敵の増加は反比例する様に増減し、オールドランド大王国は窮地に立たされていた。
そして、冒険者組合に依頼が出されたのだ。
敵吸血鬼、主力たる4体の真祖血族の討伐依頼が―
「お母さん!お願いだから行かないで!!」
セシリアは再度叫ぶ。
しかし、シェリスは諭す様にセシリアに語り掛ける。
「…セス、お願いだから聞き分けて…。」
「嫌よ!!お母さんまで居なくなっちゃったら私…!私…!」
セシリアの父、ルイスは国軍に協力し、住人を吸血鬼達から守り、安全の確保出来ている幾つかの拠点へと誘導する任務に当たっていた。
シェリスは自宅周辺の偵察を行い、住人を発見し次第、自宅へと連れて来ていた。
ここは自分の養父である、最強の神託者、タナスアート=ラファガが施した結界が張り巡らされており、下手な要塞よりも対魔獣の籠城性能に優れていた為だ。
そうして集められた住人達は50人を越えていた。
そして、再度偵察に出る為に準備していた際に、冒険者組合からの依頼が来たのだ。
敵真祖血族の討伐を求む、と―。
「セス、お願いだから聞いて?」
シェリスは再度セシリアを諭す。
「嫌よ!!聞かない!!真祖血族は凄く強くて危ないから、絶対に戦っちゃ駄目だって、じぃじが言ってたもの!!
お母さん、死んじゃうんだよ!?
絶対に嫌!!」
しかし、愛娘は頭を振り、必死に自分を止める。
シェリスはセシリアをそっと抱き締め、そして話し掛ける。
「セシリア、お母さんが死んじゃうのは嫌?」
「嫌!!絶対に嫌よ!!」
頑なに自分の身を案じる娘に、胸が熱くなる。
しかし、自分は行かなければ成らない。何故なら―
「セシリアが母さんの事を大切に思ってくれるのは本当に嬉しいわ…。
だけどね、お母さんが行かないと、セシリアみたいに大切な人を救って欲しいと願う人達を助ける事が出来ないの…。
きっと今も、あなたみたいに不安を抱えて助けを待ってる人達がいる。
そんな人達にも大切な家族が居るのよ…。
私達と同じ様に。」
「…!」
セシリアは黙る。
『そんな人達はどうでもいい!私は母さんに居て欲しい!』
そう叫んでしまえればどれだけ楽な事か。
しかし、セシリアの自慢の母はそれでも助けを求める人達を見捨てないだろう。
そして、セシリアはそんな母が何よりも大好きだった。
やがてセシリアは、右手を母に差し出し、小指を立てた。
これは二人が約束をする際にする決まり事なのだ。
それを見たシェリスは、セシリアに右手を差し出し、小指を絡める。
「約束するわ、セシリア。
私は絶対に無事に帰ってくる。
悪い吸血鬼なんて、みんなやっつけて来るわ。」
「…絶対…絶対に帰って来てね…!」
セシリアは泣きながら声を出す。
シェリスはセシリアを強く抱き締め、もう一度約束した。
「絶対に帰ってくる。だがら、お母さんを応援してくれる?」
「う゛ん…お母さん…頑張って゛…!」
それを聞いたシェリスは、やがてゆっくりとセシリアから離れ、街へと繰り出して行った。




