拝啓。君はこれを、読んでくれていますか?
先週も、先々週も、そのまた先週も。
君は、来てはくれなかったね。
かんかんの日照りの時も、土砂降りの真夜中も。
僕は、ずっと待っていたのに。
去年も、一昨年も、そのまた去年も。
君は、来てはくれなかった。
あの頃のことを、君は覚えている?
あの、小さな公園でのことを。
夕方に、空が真っ赤に染まっていて、一日の終わりを知らせる虫が、うるさいくらいに鳴いていたね。
砂場の近くにある、埃をかぶった木の長腰掛で、流れる雲を眺めていたね。
手入れされていない植木の近くにある、錆びた遊具の上で、暗くなるまで遊んでいたね。
でも。
そんな日々は、もう戻ってこない。
そんなこと、わかりきっていたはずなのに。
僕たちは、出会わないほうが、よかったのかもしれない。
無意味だと知っていても、そんなことを考えてしまうよ。
学校の裏手にある、深い森。木漏れ日の差す細い小道をたどった先の、古ぼけた神社。汚れで真っ黒になった、濡れ縁。
それから、僕と君の、二人だけで交わした、秘密の約束。
あれからずいぶん経つけれど、君は覚えている?
僕は、もう忘れてしまったよ。
なんといっても、時間がたち過ぎた。
何年、僕は君を待っていたと思う?
数えるのをやめてしまったから、僕にはわからないのだけれど。
でも。
君になら、わかるかもしれない。
君なら、知っている。
君は、覚えている。
絶対に。
忘れてい待っていても、きっと思い出せる。
僕が保証するよ。
君のことを誰よりも理解している、この僕が言うんだ。間違いないよ。
言っておくけれども、僕は、君を理解していても、信じてはいない。
約束を反故にしたのは、ほかならぬ君自身だ。
知らなくたって、覚えていなくたって、その罰は受けてもらう。
あの時に、そう誓ったからね。
もしどちらかが忘れてしまったら、覚えているほうが、罰を与える、ってね。
ついに、その誓いを叶える時が来たんだ。
僕だって、こんなことをしたくない。
本当約束を、忘れてなんか、ほしくなかった。
いつまでも、君と一緒にいたかった。
ずっとずっと、離れたくなかった。
実のところ、もう、あんまり時間がないんだ。
君には言ってなかったけれど、僕はもうすぐ、いなくなるんだ。
家からも、神社からも、公園からも。この町からも、君の世界からも。
だけれども、君は忘れてしまった。僕との大切な約束を。
木漏れ日の中、汗をかきながら、笑いあった。
それから、二人で言葉を交わした。
そんな些細なことを、君が覚えていないのも、無理はないのかもしれないね。
思い出の順番や優劣や強弱は、君と僕では、違う。
それでも。
君にだけは、覚えていてほしかった。
君にだけ、言う。
もう一度だけ、言っておく。
僕はもうすぐいなくなる。
『もうすぐ』がいつかは、僕にもわからない。
僕は、万能でも、全知全能でも、ましてや神でもないんだから。
でも、いなくなることは、知っている。
昔から、わかっていた。
あの時から、ずっと、覚えている。
ずっと、永遠に。
決して忘れたりなんかしない。
君と一緒にいる時も、君がいなくなってからも、僕が一人ぼっちの時も。
僕は、君を待っている。
ずっと君を、待っている。
いつまでも君を、待ち続ける。
だから、ねえ。
君を待っている。
だから。
ねえ。
会いに来て。
ずっとずっと、ずっと。
待ってるから。
敬具。
追伸。
また、いつもの場所で。