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第七十二話【おきらく、芸術はじめました】


「なんだティグレいたのかよ」

「ちょうど図書館に本を返しに来たところだ」


 プラッツがティグレと呼ばれた虎獣人につまらなそうに反応したのじゃ

 聞いていて気付いたのじゃが、ティグレ殿は大量の本を抱えていたのじゃ。


「のじゃ!? 本を盗んだのか!?」


 重罪なのじゃ! 良くもそれを陛下の前でのたまったのじゃ!


「ん? ああ、辺境伯の……。俺はティグレ・グオ・タイグーだ。よろしく頼む」

「ぬ……アイーシャ・ベステラティンじゃ」

「アイーシャだな。アイーシャ、この国の国民なら、図書室の本は自由に借りられるんだぜ」

「……のじゃ……のじゃ!?」


 よ……読めるだけでなく……貸出……じゃとぉ!?


「おう。ここの学園生も学園証を出せば借りれるぜ」

「本を……借りられる……し……信じられんのじゃ……」

「ま、写本の終わってる奴だけだけどな」

「あ、当たり前なのじゃ」


 この国の常識に頭がおかしくなりそうなのじゃ……。


「とにかく!」


 びくぅなのじゃ!


「ミレーヌとデートなら俺も行くに決まってるだろ!」

「別にデートじゃないわよ」

「くっそ……どうしてこのタイミングでティグレが湧いて出てくんだよ」

「人をボウフラみたいに言うんじゃねーよ」

「まぁ、別に断る理由もないですし、一緒に行きましょうか」

「おう! 俺がいれば安全だぜ!」

「わたしがおりますから安全は万全です」

「ブルーは相変わらずだな! ぐははは!」


 こ、怖いのじゃ。

 よくみんな平気で話せるのじゃ。びっくりなのじゃ。


 わいわいと騒ぎつつ、美術館なる場所へ移動したのじゃが……。


「な……なんなのじゃここは……」


 絶句して言葉が出ないのじゃ。

 隅々まで細かい意匠が施された、石造りの巨大建造物が目の前に現れたのじゃ。

 荘厳にして繊細な門柱が並び、庭には都の王城にでも飾られていそうな立派な石像がいくつも並んでおるのじゃ。


「ここは美術館よ。貴重な芸術品なんかを保存、貯蔵と、芸術の普及を目的とした建物ね。今日は有料日だから、人は少なめね」

「ここも普通の庶民が入れるんか!?」

「庭までならいつでも無料よ。館内は有料日と無料日があるわ」

「この整備された庭へか!?」

「ええ。外にあるのは昔……ある程度お約束の複製物ばかりだから、基本くらいしか学べないけれど」

「いやいや! あそこで子供が遊んでおるのじゃ!」

「普通に公園みたいなものですからね」

「芸術そっちのけなのじゃ!」

「それはそれで良いのよ。幼い頃から身近にあることが重要なんですから」

「あ……相変わらずミレーヌ陛下の考えはすっ飛んでるのじゃ」

「それは俺も思うよ」


 プラッツに賛同されても嬉しくないのじゃ。

 美術館の館内に入ると、正面にミレーヌ陛下の石像が設置されていたのじゃ。

 アイーシャにはわかるのじゃ。あれは凄まじい出来なのじゃ。

 ただ立体造形に優れているだけではなく、肌の柔らかさまでもが、表現され、冷たい石のはずなのに、暖かさすら感じ取れるのじゃ。


「うーん。やっぱりこの辺り(・・・・)のボリュームがちょっと足りない気がするのよねぇ」


 ぼそりと呟いたミレーヌ陛下は、自らの胸の辺りを見下ろしていたのじゃ。

 むしろ石像の方が……のじゃ!?

 なぜか寒気を感じて振り返ると、青髪のメイドがアイーシャに絶対零度の視線を向けておったのじゃ!

 なぜじゃ!?


 こ……これ以上このことを考えるのはやめるのじゃ……。

 すぐに謎のプレッシャーは消えたのじゃ。

 お……恐ろしかったのじゃ。


 奥から館長がすっ飛んでくると、ミレーヌ陛下を先頭に案内を始めたのじゃ。


「……というわけで、今日から新しい展示を始めまして」

「楽しみだわぁ」


 どうみても国宝級の絵画が並ぶ廊下をすすむと、広い部屋に出たのじゃ。

 すると、エルフの騎士が呆然と立ち尽くしておったのじゃ。


「にゃんという屈辱……」


 エルフの眼前に広がっていたのは、そのエルフがモデルであろう芸術品の数々だったのじゃ。

 ふむ。本人は恥ずかしがっておるが、出来はどれも素晴らしいのじゃ。

 むしろ胸を張っても良いと思うのじゃ。


「増えたわねー」

「ええ。エルフが珍しいというのもあるのでしょうが、ミレーヌ様が喜ぶというのもあるようでして、芸術家たちがこぞって作っております」

「あら、少し控えた方がいいかしら?」

「いえ、同じ題材ですので、出来の善し悪しがわかりやすく、技術力の向上に大きく貢献していますので、このままで良いかと」

「そうなのね。でもそうしたらリンファさんだらけになっちゃうわね」


 すでにリンファ殿だらけなのじゃ。


「ううう……なんできょんな事に……」


 アイーシャがちょっと視線を動かして気づいたのじゃ。


「のじゃ!?」


 そこには、アイーシャとプラッツがあられもない格好でポーズを取っている石像が飾られておったのじゃ!

 のじゃーーーーー!?


「あら、もう完成してるのもあるのね」

「たまに驚くほど製作速度のはやい者がおりますからねぇ」

「のじゃーーーー!」

「ごわーーーーー!」

「ぶはははははははははは!!」

「皆様、美術館ではお静かに。ミレーヌ様の芸術鑑賞を邪魔するのであれば消しますよ?」


 怖いのじゃ!

 虎獣人のティグレまでピタリと口を塞いだのじゃ!


「……そこのエルフの気持ちがわかったのじゃ」

「くちゅじょく……」


 アイーシャとエルフとプラッツがその場に崩れ落ちたときだったのじゃ。


「賊だ! 美術品が盗まれたぞ!」

「くそ! そっちだ! 警備は何をしている!」

「絶対に逃がすな!」

「よりにもよって、一番貴重なリンファさんの限りなく全裸に近い絵画が!」

「なんだって!? ぶち殺せ!」

「馬鹿! 殺しは御法度だ!」

「死んでも捕まえてぼっこぼこにしてやる!」


 全ての美術品が手の届くところに飾ってあるのじゃ、こういう事はおこるのじゃろうな。

 しかし、この警備が厳重な場所で盗みなど、外まで出れるわけないのじゃ。


「……み……みんな。下がって」


 賊は猫獣人らしく、警備兵を躱しながらこちらに走ってきて追ったのじゃが、ミレーヌ陛下が、地獄の底から響いてくるような声でぼそりと言ったのじゃ。


「!! 皆様! 伏せてください!」


 青髪のメイドが叫んだのじゃ。

 ミレーヌ陛下が片手を突き出したのじゃ。


冥層氷獄牢(コキュートス)


 今でも忘れられんのじゃ。

 その冷たい声音を。

 あんな静かでおっそろしい声を聞いたのは初めてだったのじゃ。


 きっかり。

 絵画を抱えていない側、半身が、巨大な氷柱となったのは。

 美術館のど真ん中に突如現れた、奇妙な氷のオブジェ。

 賊の獣人にゆっくりと歩み寄るミレーヌ殿下。


「……いい? 芸術は楽しむものよ? みんなで。いい?」


 賊はそのまま気を失ったのじゃ。

 うむ。アイーシャもちびりそうなのじゃ。寒さのせいだけでは無いはずなのじゃ。


「み……ミレーヌこええ」

「な、なるほど。ミレーヌの怒りのツボだけは押しちゃダメだな」


 プラッツとティグレ殿が呟いたのじゃ。うむ。同意なのじゃ。


「流石です。ミレーヌ様」


 青いのだけは平常運転じゃな! 



この後一週間飾られた犯人\(^o^)/

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