第八話
ブクマの件数がいつの間にか30越えてるだけじゃなく、評価が二つも付いてる……嬉しくて涙が止まらねぇや( ;∀;)
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ーーーアリステレスの朝は早い。まだ日が昇って間もない頃から彼は活動を始める。
彼が起きてからまず最初に行うのは剣の鍛練であり、寝巻きから動きやすい服へと着替えると、部屋の隅に置いてある長木刀を持って無駄に広い土地を有した屋敷の中庭で一人黙々と振る。
一回ずつ振り方に気を付け、如何にして身体を動かせば相手よりも先に速く斬ることが出来るのか追求し、振っては考え、もう一度振ってはもう一度考えるのを幾度となく繰り返す。
何百回、何千回と長木刀を振った後、彼は直ぐ近くにある井戸から木のバケツを使って水を汲み、それを頭から被ることによって流れ出る汗を洗い落とす。
その際、着ている服が水で濡れてしまったのだが、彼は慌てる様子を一つとして見せない。
冷静沈着なまま全身ではなく右腕だけに魔力を集中し、気合いと共に息を吐き出せば右腕の部分だけが魔力の制限から解放され、白銀の光が彼の右腕を覆う。
再び制限が掛かるよりも速く、彼は一つの魔法を行使する。
白銀の光が右腕から彼の全身へと薄く伸びていき、全身を覆い隠したと同時に彼が着ていた服が徐々に乾いていく。
これは彼が考えたオリジナルの魔法。日本に居た記憶を持っているからこそ出来た魔法の一つであり、あえて名付けるとしたら『乾燥魔法』というのが妥当だろう。
本来の魔法は火、水、土、風、雷の5つの属性の内から一つをベースに発動するのがこの世界での基本なのだが、彼はそんなことなど知らんとばかりに複数の属性を同時に扱う。
この『乾燥魔法』も火と風の二つの属性を使って出来たものであり、この世界には無いが乾燥機と違って『乾燥魔法』ではどんな服でも乾かすことが出来、乾かす時間も自由自在に調整できたりする。
ただしこれは魔力の量が多い者にしか出来ず、仮に出来たとしても一枚の服を乾かすだけでヘロヘロになってしまうのだが、魔力保有量が尋常じゃない彼からしてみれば全くの無問題であった。
服を乾かし、右腕に残る痺れや痛みを我慢しつつ出していた魔力も自動的に掛けられた制限によって体内へと抑えられたのを確かめてから、彼は自室に戻って長木刀を部屋の隅の壁に立て掛け、普段着へと着替える。
そして次に行うのは領主としての仕事であり、仕事場である書斎へと移動し、ドリントの住民達から押し寄せられた苦情が纏められている報告書を読んで一つずつ解決していく。
具体的な苦情を例に上げるとすれば、道路の整備、壊れた井戸の修理、住民同士のいざこざ、税の支払い方法について等々……そのようなやるべきことが書かれている書類は山のように仕事机の上に積み重なっている。
領主である以上、住民達からの声を無視することは決してやっていけないことだと、そう思っているからこそ彼は常人ならば直ぐにでも逃げ出したくなる紙の山を前にして臆することなく立ち向かえるのだ。
そうして始まるのが紙の大群とたった一人の人間による戦争。羽ペンを持った手を迅速に動かし、書類の数を少しずつとは言え確実に減らしていく。
そして凡そ一時間の戦いを終え、ようやく一息吐けるようになった頃、彼が朝食を取るべく屋敷の中にある食堂へと向かうと、そこには厨房で朝食を作っている最中の料理人達と食器の準備をしている使用人達が忙しなく動いていた。
彼が食堂にやってきたのを誰かが気付くと、料理をしていた料理人達と使用人達は一旦手を止めて彼に朝の挨拶をし、彼もまた朝の挨拶を料理人達と使用人達に返す。
彼が席に座ってから数分後には準備が完了され、使用人達と料理人達が彼と同じように席に座ると彼の言葉と共に朝食の時間が始まる。
従者が主人と一緒に飯を食べるなど到底考えられないようなことなのだが、彼は飯を食べる時は誰かと一緒に食べた方が美味しいと考えている為、必ずこうして皆で食べるようにしているのだ。
料理を食べる傍らで彼は使用人達と料理人達から最近の調子や何か気になるような出来事があったかを一人ずつ聞いていき、表情をコロコロと変える。
彼が笑ったりすればそれにつられて全員が笑みを浮かべ、彼が悩むように首を傾げれば同時に全員が悩むように首を傾げ、彼が悲しそうにすれば全員が悲しそうに顔を歪める。
傍から見ればかなり面白い光景なのだが、これが彼らにとっての普通なので誰も可笑しいとは欠片の程も思っていない。
会話をしながら料理を食べ終わった後、残った食器の片付けは使用人達に任せ彼は自室へと戻る。
領主としてやらなければならない書類仕事を食事前に粗方終わらせた彼が次に行うのは街の警備であり、部屋の中に置いてある純白の鎧を手慣れた動作で着ていく。
鎧などは身の安全を守る為に大事な物。幼い時からそう教わっていた彼は、鎧や籠手を着る前に欠損部分は無いか入念にチェックするのを決して怠らない。
十分程の時間を使って全ての装備を完全に装着したのを確認したら、長木刀と同じく部屋の隅の壁に立て掛けてある大剣と大盾を持って部屋を出る。
そして、使用人達の見送りを受けながら街の警備へと向かうーーーというのが、ドリントの領主であるアリステレスの大凡なライフスタイルだ。
何かしらの用事とかが無い限り、アリステレスはこのライフスタイルを今まで一度も変えたことが無いのだが……その日ばかりは変えざるをえなかった。
決闘を行った日の翌日。その日アリステレスは朝から憂鬱な気分だった。
原因は言わずと知れた昨日の決闘であり、住民達に危害を加えてしまったこと、決闘を申し込んできた青年を気絶させてしまったこと、その二つがアリステレスの心に重く乗し掛かっていた。
(はぁ……どうすればいいのだろうか?)
心の中でため息を吐き、どうやって償えばいいのかベッドに寝転がりながら考える。
昨日のこともあって、今のアリステレスは何かに集中することが出来ない状態だ。
剣の鍛練もいまいち身が入らず、書類仕事をしようにも常に昨日の決闘について考えてしまって集中出来ない。
こんな状態では仕事にならないと思い、今日の書類を明日やることにしたアリステレスは、自室に籠りながらずっとどうするべきか考えていた。
(謝るのは確定。頭を下げるのも確定。必要であれば土下座する覚悟もある。だが、それだけで許される筈が無い)
日本では何か罪を犯した偉い人が記者会見で頭を下げたところで、「ふざけるな!」とか「謝って許されるなら警察は要らねぇんだよ!」と、散々叩かれていたのだ。この世界ではそれが無い、何てことはありえない。
きっと私も散々叩かれるのだろう。そして、最後は領主を自ら辞任することにーーー
(いかん!それだけは絶対にダメだ!)
まだドリントの街を平和にするという目標が叶っていないのだ。自分勝手なのは重々承知だが、ここで諦めて終わりだなんて絶対に認めたくない。
(どうする……どうすればいい……)
アリステレスが頭に手を置いて考えていると不意に部屋の扉からノックの音が聞こえ、一旦考えるのを止めてアリステレスはベッドから体勢を起こした。
「入れ」
「失礼します」
そう言って入って来たのは、マリアであった。
「おはようございます、アリステレス様。朝食の時間になられましたので御呼びに参りました」
「そうか……もうそんな時間か」
ずっと考えていたせいで時間という概念がアリステレスの頭から抜け落ちていた。
「……御様子が優れないようですが、何かございましたか?」
「あぁいや、それは……」
一瞬どう答えるべきか悩み、マリアの心配そうに見つめる視線に気付いたアリステレスは、幼なじみであるが故に信頼出来るマリアに己の胸中をうち明けることにした。
「実は、昨日の決闘のことで……」
「あぁ、そういえばそうでした。今日の朝にアリステレス様宛に昨日の決闘ことについて書かれたお手紙が幾つも来ているのです。お読みになられますか?」
マリアから告げられた言葉に、アリステレスは目の前が真っ暗になったような気がした。
「……あぁ、見よう」
「分かりました。こちらになります」
いったいどのような苦言が書かれているのか。正直に言って見たくない気持ちが強いのだが、領主として見ない訳にはいかない。
マリアが何処からか取り出した幾つかの手紙を受け取り、一度だけ深呼吸をしてから、意を決して手紙を開いた。
『昨日の決闘、面白かったぜ!』
『領主様の強さに感服致しました』
『りょうしゅさまかっこよかった!』
そこに書かれていたのは、アリステレスを責めるような言葉ではなく、昨日の決闘を純粋に楽しんだものやアリステレスを褒めるような言葉だった。
「……何だ、これは」
「昨日の決闘を見た方達の感想ですね。手紙を渡された時、皆様楽しそうに笑っていましたよ?」
無意識の内に思わず零れてしまった言葉を聞いたマリアがそう言うと、アリステレスは無性に頭を抱えたくなった。
……この街のほとんどの人間は、頭のネジを一つどころか何個も外してしまっているらしい。
そのことを改めて理解したアリステレスであった。